でもトゥデイください!!
「このN-one、オプションによりますけど、乗れるようにして180万前後です」
「ええええええっ!?」
ディーラーのお店の中で私は声を挙げてしまった。
しつこいようだけど時は2011年。
軽自動車事情を知らない(どころか車に興味がない)私は、現代を生きる者でありながら浦島太郎さんになっていた。
澤部さんもそんな私をバカにすることはなく「……はは」って苦笑した。
「トゥデイが欲しいって言ってましたから、ひょっとしてあまり現代の軽自動車のことをご存知ないかなって思いました。乗ってきたライフはご自分でご購入を?」
「いえ、父の御下がりです」
「じゃあ知らなくても仕方ないですよね」
……軽自動車が……180万。
今乗ってるホンダライフの新車価格は90~100だった。それこそオプションや型にもよるけど、だいたいそれくらいだって買った父は言っていた。
「ごめんなさい、ほんと無知で……180はちょっと払えないかもです……」
中古を探して貰う方向に話を進めていくと、ふと気づいたように澤部さんが顏を挙げた。
「あの、さっきからやたらトゥデイに拘ってますよね?」
「そ、そうですか?」
「ええ、言葉の節々に”トゥデイ、トゥデイ”と。柊さんはトゥデイに何か思い入れが?」
私はちょっと目を反らし、
「……小学生の時、CMで」
「ああ、牧瀬里穂さんの! 僕も学生の頃に観た覚えがありますよ!」
「いえ、今井美樹のCМで……歌は岡村孝子で……」
「どっちも知らないッス」
小学生だったか、もっと前だったかもしれない。
私の一家は皆が車好きで、だけど私だけは人形の方が好きだった。父や兄は仕方ないと思うけど、姉まで人形遊びは嫌って車好き。
父、母、兄、姉の会話に混じれず、そんなのがずーっと物心ついた幼少期から高校生まで続き、むしろ嫌いとも言えた。
だからこそ第一印象がすべてなのかもしれない。
『――青山育ちのハンサムです!』
これがホンダ・トゥデイのキャッチコピー。
CMで聞いたこのセリフがやけに耳に残った。
(……ハンサムさん)
子供ながらもテレビの前で心をときめかせていた。
時々デパートやスーパーで見かけると足を止めてしまった。
可愛い、丸目の軽自動車。車嫌いで自転車でも簡単に転ぶドン臭い私でもちゃんと運転できそうな気もした。
それに、
(ハンサムを名乗るのに小さくてかわいい)
当時に”萌え”という語が存在しなかったけど、私はハンサムで可愛いトゥデイに萌えていた。
ハンサムさんだから私の運転が下手でも、きっと優しく許してくれると信じていた。
よく姉が言っていたこと。
『軽自動車は安いけどボロいのよね。狭いし、乗りたくないわ』
『じゃあ私が乗る!』
多少の反抗心もあったかもしれないけど、そんなこと言う姉にハンサムは勿体無いと口にはせずひっそりと思ってもみた。
話は戻って、現在に。
「……軽自動車は安いと聞いていたのだけど」
「高騰の一途を辿ってますな。でもトゥデイは当時でも軽4の中では高い方でしたよ?」
「そうなんですか!?」
これもずっとずっと後で、つまり最近に知ったけど、ホンダの軽自動車は他社よりやや高めな設定が多いと云う。(※注2)
「あー、けどそう考えてみるとトゥデイもいいなぁ」
澤部さんはタブレットを操作しながら、一緒にトゥデイを見てくれた。
「良いでしょう! ほら『私とトゥデイは今日もいい感じ♪』っていうキャッチコピー、知りません?」
「知らないです。が、探してみましょうか?」
「お願いします! できれば30万くらいで」
「……50前後は覚悟してくださいね」
でも今思うと凄い。
軽自動車は中古でもまあまあの値段はするって知ってたけど、30年以上昔の車が50万を覚悟しろと言われるなんて思ってもみなかった。
10万とか、何だったらタダ同然に譲ってくれないかなぁとか、そんな夢を期待してやってきましたとは言えなかったり。
ともあれ私と澤部さんみたいな人の、車探しは幕を開けたのである。
で、繰り返す。
時は2011年。
AT限定で免許を取る人が急増しつつあり、さらにその10年後には自動走行なんぞが生まれる未来を控えるこの時代、赤でミッションで30万くらいの丸目のトゥデイなどと細かくほざく私の注文が叶えられることはなく、あっさり車探しは幕を下ろされるのである。
注2)素人知識だから違ってても正否は見逃して!