06 フラワー ~2
直射日光は女の大敵、ってな訳で、馬を降りたオレは眠っているセツナちゃんを連れて近くの木陰で休むことにする。
流石に彼女を抱きかかえたまま座ってマジックシガーを吸うことは出来ないので、セツナちゃんの身体を地面に寝かせて頭をオレの脚に乗せた。
男の膝枕で悪ィけど、無いよりマシだろ。
そう思いながら上着を脱いで身体に掛けてやると、ん、と言いながらセツナちゃんが身体を横向きにしようと寝返りうつ。
オレの方へ顔を向けて眠っている彼女は熟睡しきっているのか、馬上で眠ってしまったまま未だに目を覚ます気配がない。
その寝顔に軽く溜息を吐いてマジックシガーを咥えると、一服しようと火を点けた。
それから一息大きく吸うと、それに比例してぷはぁ~と大きく息を吐く。吐き出した息はあくまでも白く、空気を汚しながら霞んで消えた。
「全然目を覚ます気配がないようですね」
聞こえてきた声と近付いて来る足音に目を向けることもなく、空を眺めたまま「まぁな」と答えてやった。
直ぐ傍で立ち止まった足音の主が上から彼女を覗いている。
たぶん、その瞳に哀しみだとか絶望だとか、そんな感情は浮かんでねぇんだろうけど。
どこまでも澄み切った空に一つだけ浮かぶ雲のように、ヤツの中にわだかまりは確実に存在していると思う。
「でも生きてるぜ?」
「死んでるんですか、なんて聞いてませんよ」
「あっそ。でも、いつかは必ず目を覚ますっつの」
「何が言いたいんです?」
「別に? ただセツナちゃんは生きてて、過去と今は違うって話」
「わかってますよ。アレは彼女が選んだ優しさだろうってことも、それを過去と重ね合わせてちょっと凹んでる僕が悪いってことも」
珍しく自分を分析した結果まで言葉に乗せるエイトに、多少驚きながら目線だけ向けた。
「悪いなんて言ってねぇし?」
「貴方の場合、言わないからこそ、でしょう? …わかってるんです。セツナはセツナで、カイトとは違うってことは。わかっていて、それでもやっぱり目の前でああいう行動を取られると、少し胸が痛んじゃいますね」
「いーんじゃねぇの。それがお前なんだし? それこそ過去を乗り越えて生きてる証ってヤツっしょ。それに、昔と違って今回はちゃんと間に合ったじゃねーか」
視線を元に戻して空を眺めながらオレがそう言うと、隣でエイトがくすりと笑った。
「そうですね。間一髪、ギリギリでしたけど」
「ギリギリだろうとセーフはセーフってな」
「確かに」
返事して、オレの隣に屈み込んだエイトがセツナの頭を壊れものでも触るようにそっと撫でる。
その動きに合わせるように彼女のミディアムショートの髪がさらりと流れた。
「起きたらちゃんと教えてあげなきゃいけませんね。もっと自分を大事にしなさいって」
「それをお前が言うか?」
「今の僕だから言えるんですよ。それと、エロ男爵には気を付けるようにと教えないと」
「意思の疎通もままならない相手にいきなり手ぇ出したりはしねーっての」
「じゃあ意思の疎通がままなってたら手を出してたんですか?」
「さぁ、どうだかな?」
くすくす笑いながら話しているエイトがいつもの状態に戻ったみたいだとわかった時、セツナが脚の上で身じろいだ。
「…ん…」
そしてゆっくり瞳を開く。うっすらと開いた瞼からのぞく黒曜石を思わせる黒い瞳がまだ眠そうにけだるさを醸し出している。
「…んー…?」
ゆっくりとした動作で目を擦った後、口元を押さえながらあくびを一つ。
それをシガーを咥えたままじーっと見ていたら、瞬きを何度もしながらキョロキョロ周囲を確認して、そしてオレの顔へと視線を向けて目を見開いた。
次の瞬間ガバッと体を起こすと、オレに向かって両手を合わせて拝むようにしながら何かを叫んでいる。
ああ、たぶんコレはオレに謝ってんだろな。
そう思ったら笑いがこみ上げてきた。隣でエイトもくすくす笑っている。
「いーっての、んな必死になって謝んなくってよ。別に悪ぃことしたワケじゃねんだから」
伝わらないとわかっていつつそう言って彼女の頭を軽く叩いてやると、困った顔をしながらペコリとまた頭を下げられた。
つくづく真面目なコだな。
そう思っている横でまたセツナちゃんが騒ぎ出す。
今度は何だ? と思ったら、オレの上着を踏んじまったのか、わぁわぁ何かを言いながら必死になって上着を叩いている姿が目に入った。隣のエイトはあはは、と声を上げて笑っている。
まったく、見てて飽きねぇな。
隣の男もさっきまでの凹んだ雰囲気が完全に消えている。こんな風に一緒にいるだけで和ませられる雰囲気を持つ女なら、ずっと一緒にいて貰いたいもんだとふと思った。
そうしている内に、何とか綺麗に出来たのかセツナちゃんが申し訳なさそうな顔をしながらオレに上着を差し出した。それを受け取り、再度頭を軽く叩いてやる。
「サンキュ♪」
笑顔でそう言ってやると、彼女はホッとしたように微笑んだ。きっと言葉はわからなくても伝わったのだろう。
するとセツナちゃんがまたキョロキョロし始める。そして猿を見付けるとパアッと表情が明るくなった。
だが向こうが不意に顔を背けたことで、その表情が一変して不安そうになる。困惑した顔でエイトへと視線を向けて、アーサーの態度の変化に戸惑っているのがよくわかる。
その二人の様子に苦笑しながら、エイトが腰を上げてセツナへと手を差し出した。
「さて、保父さんの出番ですかね。すみませんが、セツナを借りていきますよ」
「ドーゾ、ご自由に。オレはしがない枕ですから。お子様問題はお任せしマース。もう少しここでマジックシガー吸ってっからよ」
「問題が片付いたら呼びますよ。きっとその頃ぐらいには保護者さんが出発すると言い出すでしょうしね」
「おー、よろしく頼むワ」
ヒラヒラと手を振って二人を見送る。
差し出された手に戸惑いを見せていたセツナちゃんの手を取り、エイトが彼女をアーサーの元へと連れて行く。その後姿は本当に子供の手を引いて歩く保父そのもので少し笑えた。
そしてそれから暫くしたら、何をどうやったのか見事アーサーの機嫌を直し二人の仲を元に戻したエイトから声が掛かった。
どうやら出発するらしい。見ればアレクは既に自分の馬に乗り込んでいた。
何だかんだ言って本当はアーサーのこともセツナのこともそしてエイトのことすら気に掛けていただろう男は、今にも魔法で攻撃してきそうな様相でこちらを睨んでいる。
「ンな顔しなくたって直ぐ行くっての」
小さく呟きながら、マジックシガーを咥えなおしてみんなの元へ向かう。
ここから先の街まではいつもの空気で進めそうだ。その方が気楽で楽しく、いいンでない?