04 君のためにできること ~2
残酷な表現が出てきます。
ご注意ください。
思わず眩暈がしそうになった。
それをさせないのはさっき自分に言い聞かせた小さな決心と、もう一つ。
敵の攻撃を避けるために、私を自分の背に庇いつつ腕を引いてくれるエイトさんの手の温もりとその強さ。
それだけで今の私はちゃんと意識を保っていられている、と思う。
漫画やドラマであるような簡単に気を失うなんてことはきっと実際には有り得ないと思っていたけど、今この状況で確かに私は気を失うこともなくしっかり立っている。
でもそれは、思っていたよりもずっとツライもので、気を失えたら、これ以上この惨劇を見なくて済むならどんなに幸せだろうと思えたりもしているのが本音で。
だけど私はさっき自分に誓ったんだ。
例えお荷物になっていようとせめて邪魔にだけはならないようにって。
だから今ここで気を失うようなことだけはあっちゃいけない。
そう自分に叱咤していると、エイトさんが私の方へ身体を向けて小さく私の更に後方を指差した。
指し示された方へと視線を向けると、そこには大きな茂みが見える。
そしてエイトさんが私の身体をそのままくるりと反転させると、トンと背中を軽く押した。
これはきっとあそこに隠れていろ、ということだ。
そう解釈して一直線にそこへと向かう。ありがたいことに身体は何とか自分の言うことを素直に聞いてくれる。
背後はきっとエイトさんが守ってくれてるだろうから、後ろは振り向くなと自分に言い聞かせてとにかく走った。
そして辿り着いた茂みの中で多少乱れた呼吸を落ち着かせようと努力していたら、茂みに向かって走って来る男が視界に映る。
何かを叫びながらナイフを手にこちらに向かってくるその男は、どう見ても逃げようとしている感じじゃない。むしろ何かを見つけてそれを手にしようと必死な様子だ。
マズイ! 私が今の四人の弱点だと判断された!!
そう理解した瞬間、目の前に迫っていた男が悲鳴を上げる間もなく、赤いモノを盛大に撒き散らしながら崩れ落ちた。
ビシャリという音と共に地面に落ちた身体は真っ二つに割れていて、赤い液体が隠れている茂みにも降りかかる。
何とか茂みのお陰でそれが私に掛かることはなかったが、至近距離でのホラー映像は恐怖映画の嫌いな私には刺激が強過ぎて。
さっきまでと違い、近くに誰かがいてくれる訳じゃない。安心感なんてある訳ない。例えゼロ騎士団のみんながこんな団体さん達に負ける訳ないと思ってはいても。
その恐怖感が身体中を駆け巡る。思わず声を出しそうになって、自分で自分の口を塞いだ。
今は隠れてるんだから声を上げちゃダメだ!!
何とかその衝動を飲み込むと、ふと向けた視線の先にキラリと光る物を見付ける。
先程目の前で死んだ男が握っていた物が倒れた衝撃で飛んできたのだろう。
怖い気持ちが湧き上がる。
夕べと今朝、エイトさんから調理の為に借りたナイフとは違う。サイズは大きくはないが、それは明らかに誰かを傷付けることを目的とした物であると一見してわかる。
…アレ、武器になるかな?
ふと心の中でそんな気持ちが湧いた。
敵を殺すことは出来ないだろうけど、もしもの時にはせめて自分を刺すぐらい出来なくちゃ。だってこれはきっと夢で、夢の中なら自分を殺したって大丈夫。
みんなの足手まといや人質になるぐらいなら、その枷になった自分を自分で始末することぐらい出来なきゃカッコ悪いよね。
二回分の食事も世話になったんだし、確か夢占いでも人を殺すより自分を殺した方が良い結果だったし。
実生活じゃそんなこと絶対に出来ないけど、夢の中ならそれぐらいやってやれないことはないはず!
自分の中で決心を付ける。
そしてそっと足を伸ばしてそのナイフを自分の方へと手繰り寄せると、ゆっくりそれを手にしてみた。
意外に重たい。
そう思って左手でナイフの柄をギュッと握り締めた時、背後の茂みがガサリと動いた。
「っ!?」
「Π@$ω#∑ッ!! %ξ△っ、ゼロ&¥$φΠっ!!」
振り向く間もなく背後から抱き付かれる格好で無理矢理立たされる。
そして脇へと移動させられて上半身を茂みから出す格好になった。
しまった!! 後ろから近付かれてるなんて気が付かなかった!!
思った時には後の祭りで。
目の前では四人がこちらを向いていて、アレク様が大きく舌打ちしているのが聞こえた。
ごめんなさい、と心の中で思いつつ今の状況がどうなっているのか把握しようとちゃんと前へ視線を向けたら、もう残りの敵は数える程しかいなくて、その代わりに四人の足元にはおびただしい惨状が広がっていた。
なるほど、これじゃあ人質を取りたくもなるわけだ。
そんな風に思って、こんな状況だというのに自分の頭が意外に冷静なことに気付く。
ああ、これなら出来るな。そんな確信にも似た自分の心の分析結果。
私が何もできない只の人間だと思って、私を人質に取った男は私の首にナイフを当てたまま大声で四人に向かって何かを叫んでいる。
それに対して攻撃の手を止め、蔑むようにこちらを、というよりたぶん私の後ろの男を睨みつけながら何かを答えている四人。
ごめんね、今やるから。
直ぐにこの枷を取り払うからね。
親切にしてくれてありがと。短い間だったけど楽しかったよ、うん。
今度また夢で会えるなら次は楽しい時間だけがいいなぁ。
そう思いながら深呼吸を一つして、左手のナイフをギュッと握り締めなおし「せーの」と心の中で呟いて腕を動かした。
「ぎゃああああっ!!!」
次の瞬間、悲鳴を上げたのは私ではなく後ろの男だった。
私の左手のナイフは私の左胸に届く寸前で、男の声に驚いて止まったままだ。
そして身体を拘束していた腕が緩んだことも相まって何事かと振り返ったら、男のそのまた後ろにエイトさんが笑顔で立っていた。
一体いつの間に!? と思ったけど、そういやエイトさんってそんなことも出来るタイプだったっけ。
「セツナ*@⊿#ξΘ□Ω≠Φ」
どうやら男の腕をねじ上げているらしく、エイトさんの爽やかな笑顔とは対照的に嫌な音がボキボキと鳴った。それと同時に男が絶叫を上げ泡を吹いて気絶した。
思わずその光景に私が痛そうな顔をしてしまったら、エイトさんがそれに気付いて苦笑する。
すると私の背後からまた殺傷音と断末魔が響いてきた。どうやらエイトさんが私を助けてくれたことで、戦闘再開となったらしい。
それに気付いて振り返ろうとしたら、今度はエイトさんの手が伸びてきて私の身体を彼へと向き直らせる。
何故そんなことをされたのかわからずにきょとんとしていたら、エイトさんが珍しく眉間に皺を寄せて私の左手にそっと触れた。
そしてそのことで自分の異変に気付く。
さっきまでは確かにどうもなくて頭だってもの凄く冷静だったのに、今は手が、足が小刻みに震えている。
それに触れられた左手は、未だに柄を強く握り締め自分の胸に刃先を向けて止まったままだ。
「…あ、れ?」
ナイフを放そうと思うのに上手く手が動かせない。腕も、身体も、自分の思い通りに動かない。
おかしいなぁ、さっきまでは確かに大丈夫だったのに。
そう思って首を傾げていると、エイトさんの手がゆっくりと私の左手の指を開放してナイフを抜き出してくれた。
そのことにホッとして、自分が緊張していたんだと認識する。っていうかする以外に選択肢ないし。
怖かったんだなーなんて改めて自覚してみたり。そして人間って恐怖心が身体に影響を及ぼし始めるのは、その場その時より実は緊張感が解けた後になってからだとわかった。
その後、敵の団体さんを全て片付けたことで、とにかくその場から離れることを最優先にしたらしい四人に連れられて、私は一緒にその場から離れた。
なぜかディオンさんの馬に乗せられ彼の前に座る形になった私は、さっきまでの緊張感から抜け出せたせいで気が抜けたのか、うつらうつらとしている間にいつの間にか意識を手放した。