02 夜と朝のあいだに
さて。
少し落ち着いた所で今現在の状況をちょっと整理してみましょう。
その1、コンビニに買い物に行って、その帰り道にたぶん車に撥ねられた。
その2、気が付いたら何故か漫画の世界、しかも私の大好きなスレイヤーズナイトの世界に迷い込んでいた。
その3、その上、何故か都合の良いことにアーサーくんに上手く拾って貰えて、お陰で今に至る。
ま、そんなトコだよね。
しかしそれにしてもよもやまさか自分がスレナイのウェストリア国にトリップするとは思わなかったな。
確かに漫画のスレナイは大好きだ。ネットで夢小説なんてものまで読み漁るぐらい好きだ。でもって色んな作者さんのトリップものの二次創作の小説だっていくつか読ませて貰ってる。でも原作を含めたアレらはあくまでも作り物で、フィクションで、何処かの誰かの脳が作り出した幻想で。
なのになんで私は今ここにいるんだろう? うーん、謎の迷宮にはまってるなぁ…。
っていうか、これは夢だ。きっと夢だ。絶対夢に違いない。…ということで、夢に決定!!
私は今、スレナイの世界に紛れ込んだ夢を見ているらしい。そして有り難いことにアレク様御一行に会えてるんだな。うっふっふ、四人全員と会えて尚且つ仲良くして貰えてるなんて幸せねっ。…あ、アレク様に関してはまぁキャラ的にもあんなもんだろな。
そこでふと思い出す。
そういえば最初は私に関して3対1の対立関係に見えたのに、なんでその後あっさり私を受け入れてくれることになったんだろう? まぁアレク様は未だに警戒心バリバリだけど。
でもそのお陰で今は少し落ち着くことが出来てるんだから助かったよね。これも全部アーサーくんのあの必死さのお陰かもしれない。
それと突然のことだった割に、というか突然のことだったからという方が正しいのかもしれないけど、咄嗟に私がアレク様御一行の名前を呼んだりしなかったお陰で四人に余計な警戒心を与えなくて済んだんだろうな。
それに関しては自分に感謝♪
だって只でさえ怪しい存在だろう私なんだから、これ以上警戒心を持たれるようなことは避けたい。
まさか成り行きで拾った人間に「貴方達のことは漫画で読んで知ってるの♪」なんて言われて信用する人がいるなんて思えないし。いくらここが夢の中で、ある程度何でもありのスレナイの世界だとしても。
あと、困ったことにこっちの言葉は私には理解できないし、私の言葉もこっちでは通用しない。
これが今一番のネックだなー。そもそもスレナイは日本の漫画だから台詞は全部日本語だったのに、なんで日本語が通じないのよ。いくら世界観が日本じゃないからっておかしくない? 夢のくせに変な所が不便なんだもんなー。
つか私、自分の世界でだって国内から出たことないから、言葉が通じないという非常事態になんか遭遇したことなかった訳で。
ああ、そうか。
わぁ、外国にいきなり来ちゃったー! …って思ってればいいのかな、この場合。
そして、まぁ親切な人達と出会えて良かった~♪ …って脳天気に考えてる方がラクってもんか。
出来るかぁっっ!!!
思わず自分の考えにちゃぶ台返しをやりたい衝動に駆られたところで、隣にいたアーサーくんが立ち上がって何処かへ向かう。
わ、待って! 置いてかないで!!
そんな気持ちになってしまうのは仕方ないでしょう。
だって目の前には何処までも不遜な態度で絶対に私とは目を合わせないアレク様と、漫画で読んで良い人だとはわかっちゃいるけどあくまでもナンパな態度のディオンさんがマジックシガーを黙々と吸っていて。
漫画の中でも臭いと書かれてたけど、この世界に来て初めて体験したマジックシガーの煙の臭いがどうしても苦手だと判明した私としては、出来るならあまり傍にはいたくない訳で。二人が嫌いな訳では決してなくて。
ていうか、こんな臭くて更にくそ不味いらしい物を平気な顔して吸ってるこの二人ってどういう感性をしてるんだろう? いくらなんでも、本当にキャラクターが煙草を咥える絵が描きたかっただけだとしても、後付けされたこの味と臭いの設定はいかがなものかと思いますよ、原作者様…。
でもって、残る一人のエイトさんはついさっき何処かに行ってしまって今ここには不在。
で、私としては一番信用と信頼が出来て傍にいて安心なのは、私を拾ってくれたらしい上に一番最初の時点で私を庇ってくれてたアーサーくんになるんだな。
だからつい、アーサーくんが動くと後を追っ掛けるようにとてとて付いて行ってみたりして。
大の大人のすることじゃないよね…。
わかっていても居たたまれない空気に晒されるよりずっとマシだ。
そう思い直してアーサーくんの後を追っ掛け続けてる。
でもアーサーくんはそれが何だか嬉しいらしく、私が付いて来るのを見るといつもニカッと嬉しそうに笑ってくれる。
だからつい私もニコッと笑いながら付いて行ってしまっていたりもするのだけど。
あ、でも時と場合を考えないとアーサーくんのトイレにも付いて行ったりしたら申し訳ないから、そこら辺は注意しとこ。
そんなことを思っていたら、少し開けた場所に出た。
その先には小さな川。そしてその脇に立っていたのはエイトさんだった。
「アーサー、$◎Θ#*□φ%。Π∑セツナ▽Φ@ΨΩ#⊿」
「おう! ξ%@Ω△Πωっ!! セツナ▽*$∑≠Θφっ!!」
ニッコリ笑いながらアーサーくんと私が来たことに気付いたエイトさんがこちらに話し掛けてくる。それにアーサーくんが笑顔で応えて、その後アーサーくんは私に何かを話し掛けた。
会話の内容はよくわからないけど、とりあえず二人の会話の中に私の名前が入っていたことだけはわかったぞ。えーと、とりあえずこういう時は…笑っとけ!
そう思ってえへって笑ってみたら、エイトさんが笑みを深くした。
…なんか、保父さんっていうよりお母さんって感じだな。
そんなことを思っている間にアーサーくんがエイトさんの足元にあった食材の入った籠を手にしていた。
ああ、そっか。さっきの会話はきっとご飯作るのを手伝うとか何とか、そういうことだったんだな。
そうとわかれば話は早い。
私もエイトさんの傍まで近寄って自分が持てそうな鍋を手にした。
そして三人で元の場所へと戻って、アレク様達から少し離れた場所で調理開始。
アレク様御一行が旅に出た時の食事は、店が近くにあるなら庶民的な店であろうと気にせずお店で食事を取るんだけど、野宿とかで店が近くにない時はエイトさんが調理担当として腕を振るうのだ。ディオンさんも料理はできるけど、料理の腕はエイトさんの方が上という事実があるので、その辺に関してはディオンさんはノータッチを決めている、と漫画で説明されていた。
ついでに、アーサーくんは一番年下で素直ないい子なので、王子様だけど自らエイトさんのお手伝いをしている。ただしそれは、食欲旺盛な少年なので、味見目当てだったり、食事の内容をいち早く知りたいという欲求が多分に含まれているせいでもあったりする。
そんな漫画設定を私が思い出している間に、手際良く調理していくエイトさんの横でアーサーくんが鍋の火の番をし始めた。
だから私も何か手伝おうとエイトさんの左袖を軽く引っ張る。
「Θ#%@▽*、セツナ?」
たぶん今のは「どうしました、セツナ?」って言ったんだろうな。
「えーと、私も手伝う」
言葉を口にしても伝わらないのは承知でそう言いつつ、身振り手振りで必死にアピール。
すると何とかそれが伝わったのか、エイトさんが手元の野菜を少し分けてくれた。
そして自分の手元にある私の手元のと同じ野菜をいくつか切って見せてくれる。
ふむ、どうやらこういう風にすればいいと教えてくれてるみたい。
笑顔でエイトさんに頷くと、エイトさんから手渡されたナイフで私も野菜を切り始めた。
これでも一人暮らししてるんだもんね、料理ぐらいは出来るのさ!
さくさく手元の野菜を切っていたら、ふと隣のエイトさんの手が止まっていることに気付く。
「……?」
不思議に思って視線をエイトさんへと向けたら、少し驚いた表情をしていたのが笑みに変わる。
どうやら私が料理出来るのが意外だったらしい。
私って、皆の目にはどう映ってるのかしらね?
今更ながらに疑問に思えてきた。
そんなことを思っている間にも調理は進み、しばらくして御一行+私の夕飯が出来上がる。
そして目をキラキラさせているアーサーくんの隣を私が陣取ると、全員で円形になって食事が開始された。
エイトさんが私用にと取り分けてくれた皿を前に、いつものくせで軽く目を閉じ両手を合わせて「いただきます」と呟いたら、目を開けた時には全員の視線が集まっていた。
…えーと、とりあえず………笑っとくか。
そう思い、てへっ、と笑顔を見せたら、皆は何事もなかったかのように食事を始めた。
気にしないなら皆揃ってこっち見るのやめてくれ。いや、物珍しい仕草だったのかもしれないけどさ。
そんな私の気など知らず、賑やかな食事が展開される。
アーサーくんの皿からディオンさんがおかずを横取りし、それに気付いたアーサーくんが怒鳴りだし、当然のようにディオンさんがそれに応戦し、そしてお約束のアレク様による小さな衝撃魔法が繰り出され。この場合にアレク様が使う衝撃魔法は、原作者によると「ハリセン使って全力でぶん殴ったくらいの痛さを与えている」らしい。
ああ、アレク様御一行だなぁ…。
のほーん、とその光景を見ながら笑っていて唐突に気が付いた。
これってさ、漫画の中の光景と同じなんだから聞こえてる言葉はわかんないけど、その内容は粗方見当がつくよね?
ってことはヒアリングにはもってこいじゃないか?
というより、何で今までそんなことに気付かなかったんだ、私!!
注意して聞いてたら、いくつかの単語くらいは覚えられるかも。外国語は覚えるより慣れろ! だと確かTVでも言ってたし、全く言葉がわからないよりはいくつかでも単語を覚えた方が利口だろう。
そうと決まれば早速決行!!
私は意味がわからないながら皆の言葉をちゃんと聞いてみることにした。
すると、エイトさん以外の三人が使う共通の言葉があることに気付く。たぶんあれは「俺」だろうな。
そんな風に一つ理解出来ると段々面白みも増してくるというのは世の常で。
その夜、私は眠りにつくまで皆の言葉を必死に聞き取ることに専念した。
気分が乗ったのと、仕事休みのタイミングが合ったので、まさかの翌日更新できました。
次話も早めにUPできればいいな。