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8話 『授業』


「はーい。それじゃ、早速ですが魔法の授業を始めていきたいと思いまーす」


「はい!」


 相変わらず気の抜けた掛け声を放つメルとは裏腹に、期待と興奮に胸を膨らませたケンは、威勢よく返事をする。


 レックの取り計らいで、魔法を習得するための特訓をすることになったケン達は、このクラルド平原にポツポツと生えている大木のところまでやってきていた。ここに来た時からずっと降り注ぐ晴天の光を、大木の枝草が遮ってくれている。涼しい。


 ちなみに、この授業のきっかけとなったレックはというと、邪魔になるからという理由で周囲の見回りに行ってしまった。そのことについてメルは、彼が魔法音痴だからとからかっていたが、彼がどこか浮かない表情をしていたので、ケンは少し気がかりであった。まぁ彼なら一人でも大丈夫だろうし、あまり気にも留めなかったのだけれど。


「お~、威勢が良いね~。でも、魔法は強張るとうまくいかないことが多いから、リラックスも重要だよ~」


 前置きをしてから一つ咳払いをしたメルはしゃがみ込み、自前の杖を地面にそっと置く。細長い、けれども固そうな木の先端に赤色の水晶のようなものが付いた杖だ。


「その杖……使わないんですか?」


 これから魔法の授業だというのに、なぜ彼女は杖を置いたのだろうか。彼女は戦闘の時、常に杖を持って魔法を放ち、レックやライアンをサポートしていた。であれば、魔法を使うためには杖が必要だと考えていたため、ケンは納得いかない表情を浮かべる。


「杖?あぁ。魔法はね。別に杖がなくても唱えられるんだよ~」


 ケンの質問の意図を汲み、そう回答したメルは杖の方へと青淡色の視線を移し、杖先の赤い水晶を指で撫でる。ケンは眉をあげて頷いたが、それはそれで別の疑問が頭に浮かんだ。


「じゃあ、どうして戦いのとき、杖を持っていたんですか?」


 杖がいらないなら、持つ必要性はない。そんな単純な疑問をメルにぶつけるが、帰ってきたのはそれこそ単純なことであった。


「これ持ってると、魔力が増幅するんだよ。魔力が増幅すると、使える魔法の量も格段に変わってくるし、消費の激しい魔法も使いやすくなるからね~。戦闘の時は必ず装備してるの」


(なるほど、そういうことか)


 今度は納得のいった顔で頷く。そういえば、ラウル町を出発するとき、レックが武器にもそれぞれ特徴があると話していた。片隅程度の会話で、しかもぼかされて言われたことなのに、よく覚えていたなぁと自分で自分に感心する。

 おそらく魔力が増幅するというのは、その特徴の一つなのだろう。


「でも、今回は授業って言っても初心者に覚えられる魔法は限られているんだ。チュートリアル程度のことしか教えられないから、杖はいらないよ~」


 武器にも色々あるんだなとか考えていると、メルは視線をケンの方に戻し、手の平を叩いて立ち上がった。乾いた音が響く。


「話がそれちゃった。それで、今日やる内容だけど、君は確か火属性だったかな?」


「はい。そうです」


「ん。オーケー。じゃあ、今から『ファイアーボール』の練習をしていきまーす」


「ファイアーボール?」


「知らない?」


 メルは首を傾け、ケンの瞳を覗く。

 日陰だからだろう。彼女は紫色の先の尖がったハットを生い茂る草の上に置いていた。短めの青髪が揺れる。


「ファイアーボールはね、火属性の冒険者が最初に習得する基礎魔法で、主に敵を攻撃するための魔法だよ。誰でも簡単に覚えられるから、手ごろなんだ~」


「誰でも習得できる、か~。なんだかワクワクしてきました」


 内心、せっかくの異世界なのだから、自分だけにしか使えない技とか、あっと驚くような魔法とかをぶっ放してみたかったのだが、贅沢は言っていられない。まずは基本から。これは前世と同じだ。


「でしょ~。私も、初めて魔法を覚えた時は特別なものがあったな~。あの頃の自分が懐かしい。っとそれは置いといて……あれ?今から何しようとしてたんだっけ?」


「魔法の授業ですよ」


「あっ。そうそう。ごめんごめん。でもな~。授業って言ってもな~。何から始めたらいいんだろ。うーん。ま、口で説明するよりやってみた方が早いか」


 独り言をぶつぶつと呟き、一人で方向性を決めたようだ。

 方針決めてなかったのかよ!そして結局説明はなしかい!と突っ込みたくなったが、教えてもらう立場であるので、心のうちにしまっておくことにした。まぁ、高校の先生でもこんな感じの人いたし、そんなものだろう。


「じゃあ、早速やってみよう。やり方はまず、片手を出します。こんな感じ」


 メルはすらっとした腕を水平に、ピシッと伸ばして見せる。そして、ケンに目配せをして同じ動作をするよう促してきた。


「こんな感じですか?」


 メルと同じように大木に向けて腕を伸ばしたケンは、確認の意味を込め、メルの反応を伺う。


「おおー。なかなか様になってるね~。いい感じだよ!」


 親指と人差し指で丸を作るメル。

 それを確認したケンは、言われた通りに腕を伸ばしながら次の指示を待つ。すると、彼女は膝丈くらいあるスカートのポケットの中から、何やらメモのようなもの取り出してきた。

 ケンはもう片方の手でそれを受け取り、目を通してみる。


「じゃあ、その次に、この紙に書いてあるものを読んでください。まずは、これの練習からしましょー」


 手渡された手のひらサイズの紙に、何やら文字がたくさん並んでおり、それを読んだケンは固唾を飲んで固まる。

 沈黙があたりを包む。

 額からは汗が頬を伝い、指先は僅かに震え、紅の瞳孔が大きく開く。


 『言語理解』のおかげで、文字は読める。確かに読めるが、だからこそと言うべきなのだろうか。問題はその内容だったのだ。



『我が名は、ハヤマ・ケン。業火を操り、暗黒の夜を深紅に染める者のなり。全ての魔の源、我に眠る力よ。轟々と燃ゆる赤き輝きをもって、我が道を阻むもの、その全てを焼き尽くせ。ファイアーボール!!!!』



 いわゆる詠唱という奴だった。しかも結構ハードな感じのものだった。

 ケンはしばらくその紙とにらめっこをして、もう一度読み直してみる。そして内容を完全に把握したケンは、内心プチパニック状態に陥る。


(まじか。これを言うのか。え?ほんとに言うの?マジで!?

いや、確かに一時期こういうのにはまったこともありましたよ。でもさ。でもさ。この年になってこんなセリフ、恥ずかしいじゃん。人前だぞ。本当に言わなきゃいけないのか!?)


「あれ?どうしたの?」


 おろおろと固まるケンを見て、首を傾げるメル。ギギギと機械仕掛けのロボットのように振り向いたケンは、紙に指をさして、恐る恐る口を開く。


「これ言わないとダメなんですかね?」


「言わないといけないも何も、スキルとは違って、攻撃魔法は詠唱がないと使えないよ」


「本当ですか」


「本当だよ。嘘ついてどうするの」


「これを言わなきゃいけないんですか?」


「だからそうだって」


「本気と書いて、マジですか?」


「ごめん。ちょっと何言ってるのかわからない」


 言ってて自身でも意味の分からない念押しに、呆れられてしまったケン。メルは彼にジト目を向けている。青色の視線が刺さるように痛い。


(まじで言うのか、いやでもな~)


 ケンは葛藤する。言わないといけないといっても、こういうことは中学とともに卒業したのだ。確かに、今でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけカッコいいとは感じている。でも社会で培ってきたものがそれを阻止しようとしているのだ。二つの感情がケンの心の中で拮抗する。


「もう、やる気あるの~。こんなことも言えないんだったら、私、帰っちゃうよ~」


 立ち往生しているケンに愛想をつかし、ついには、踵を返してその場を去ろうとする。そんな彼女の振り返りざまに見せた青淡色の瞳は、いつになく真剣だった。ふざけている様子はない。


「魔法はまた今度だね……」


「あっ」


 ふざけている様子はなく、むしろ少ししょんぼりとしていた。草原を吹き抜ける風が、メルの短い髪を揺らす。


「わかりました……」


 普段と変わらない口調で、明るく振舞ってくれているけど、


(そうだよ)


 何のために、彼女はここに来たのか。それはケンのためだ。


 メルはケンのためにこうして時間を作って、指導をしてくれているのだ。そんな彼女の厚意を、ケンは踏みにじろうとした。


 そうだ。恥ずかしがってはいられない。


「言います。全力で言わせてもらいます」


 これも全て、特訓だ。魔法を使っていくために必要なことなのだ。今は恥などクソくらえ。

 メルは立ち止まり、振り返り、そして微笑みを手向ける。


「良い面構えだね。はっきり大きな声で、感情をこめてすると効果的だよ」


 大きく深呼吸をする。肺いっぱいに太陽に暖められた空気が入り込んで、体が熱を帯びる。

 さあ、準備は整った。言ってやる。彼女の期待に応えてやる!


 ケンはすがすがしいほどに晴れた空を見上げ、大きく開けた口から一気に息を吐き出した。


「我が名は、ハヤマ・ケン!業火を操り、暗黒の夜を深紅に染める者のなり!!!全ての魔の源、我に眠る力よ。轟々と燃ゆる赤き輝きをもって……」


 そこまで言って、一旦ストップ。

 なぜだろう。やっぱり恥ずかしかったから?喉が詰まってしまったから?否、その理由はーー


「ちょっとー。メルさん。なぜに笑ってるんですか?」


 ぶっ、と口から噴き出すようにメルが笑っていたからだ。


 それでは、第二の質問。彼女はなぜ噴き出したのでしょうか。っとまぁ、こんな聞き方をされなくても、もうわかっている。その答えはーー


(騙されたー!)


 ケンは絶句し、赤色の頭を抱えて脳内で叫ぶ。


 どうして気づかなかったんだろう。

 言われてみれば、引っかかる点はいくつかあったのだ。そもそも、彼女は戦闘の時にこんな長い詠唱などはしていなかったし、『封印魔法』を使った時も魔法名しか言ってなかった。


「くくっぅ。ごめっ、続きをっ、どうぞ、ブフッ」


(この人、本当に教える気があるのだろうか)


 口を膨らませ、笑いをこらえるメルを尻目に、手元の紙を見下ろす。


(こんな紙まで作って。ただ困らせたかっただけじゃないか)


 紙に書いている様子はなかった。とすれば、彼女は事前に用意していたことになる。

 ケンは呆れたように吐息をして、肩をがっくりと落とした。


(彼女が悪戯好きなのをどうして忘れていたのか)


「あはっ。ははっ!もうだめ!ケン君、君最高だね!」


「帰ります」


 ケンは振り返る。そんな彼の腕を掴んで引き留めるメル。


「あー、ごめんってば!ちょっと、待って。待ってってば!」


 しかし、ケンは足を止めない。負けじとメルは体をくの字に曲げてでも袖を引っ張る。


「嫌ですよ!どうせまた変なことするんでしょ!」


「しない、しない!ほんっとにごめん!私が悪かったから!」


 ケンはそれでもその手を振り切ろうと力いっぱい踏ん張る。しかし、メルの力もだんだんと強くなっていって離さない。

 そのうち根負けしたケンはため息をついて、メルの方を向いた。


「ちゃんと教えてくれますか?」


「えぇ。次は本当に教えてあげるから。お、教えて、ブフッ」


「帰ります」


「ごめんごめん。謝るからさ!許してよ~」


 今度こそ帰ろうと、引っ張られる腕にわき目も振らずに歩き出すケンに対し、変わらずくの字の体勢で後ろに重心をかけているメルは、気の抜けた声で許しを請うた。

 ケンはため息をつき、もう一度だけ振り返ってみることにした。すると、そこには真剣な目をしたメルの姿があった。


「大丈夫。今度こそちゃんと教えるから」


「本当ですか?」


「ほんと」


「本当に本当ですか?」


「ほんとにほんと」


 メルの青淡色の瞳を見つめる。

……彼女の眼には嘘はないようだ。いや、一度嘘をつかれたのだから、あんまり信用できないが、さすがに二回も同じことはしないだろう。


「はぁ、わかりました。よろしくお願いします」


「了解しました~」


 先ほどの低姿勢はどこへやら。

 ピシッと敬礼をして明るい声を張り上げたメルは、にこやかに微笑む。


 こうして、二人の授業は幕を開けたのでした。


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