7話 『魔法とスキル』
「なぁ、ケン。そろそろ魔法を使ってみないか?」
「魔法ですか?」
レックは、短い雑草の生えた地面に胡坐をかきながら、深青色の瞳をケンに向ける。当たり前のように言われたその言葉に若干身を乗り出した。
前世では聞き慣れない提案であったため、ケンは少し語尾を上げて聞き返す。
ケンご一行は今、旅路の途中にあるクラルド平原と呼ばれるところに来ていた。あたり一面に丈の短い雑草が生えている場所だ。林道を抜けて、この平原に入ったときに、レックから昼休憩しようという提案があったので、ケン達は兵糧丸っぽい丸い何かで昼飯を済ませていた次第であった。
兵糧丸なんて食べたことも見たこともないが、たぶん実際にもこんな感じで丸いのだろうと思いつつ食べてみると、噂に聞いた通り、うまくもまずくもない、なんとも言えない味だった。しかし、栄養は保証するとメルとレックが勧めてくるし、他に食べる物もなかったので、仕方なく食べていたのだが、正直あんまり食べたくない。昼食でこれってことは、夕飯も同じなんじゃないかと思うと、気が沈みそうになる。
っと、そんなことはともかく。
「いや、これからダンジョンに入るだろ?その前に、簡単な魔法くらいは知っとかないとFランクの魔物すら倒せないと思ってな」
魔法。異世界ファンタジーでは言わずと知れた人知を超えた力である。確かに今のケンは、おそらく一つも魔法は使えない。異世界に来て異世界らしいことを一つもやっていないケンにとって、この提案は心躍るものがあり、自分も炎とか氷とかを自在に操ってみたいというのが本音である。
実を言うと、このクラルド平原に来る前に一度、戦闘があったのだ。もちろん、出てきた魔物はほとんどレックとライアンで処理してくれたのだが、初心者のケンはただの傍観者であり、何もできなかったことにほんの少しだけ悔しさを感じていたのである。
牙のある魔物も、毒のある魔物もまだ怖いと感じている。しかし、このままではいけない。いいはずがない。自分もかっこよく戦ってみたい。
となれば、やはりここも答えは一つ。
「レックさん、僕に魔法を教えてください!」
「おう!いいぞ!……っと言いたいところだが、教えるのは俺じゃねえけどな」
元気よく頷いて、レックの快諾を待っていたのだが、彼は少し歯切れが悪いように手を横に振った。
「え!?どうしてですか?」
「実はな、俺は魔法が使えないんだよ」
てっきりレックが教えてくれるものだと思っていたため、ケンは目を見開いて驚く。そういえば、先の戦闘でも、メルさんと違って魔法のようなものは使っていなかった。戦闘中はさほど気にならなかったことではあるが、今思えば、あれは魔法を使えなかったのからであると気づいた。
「俺のステータスを見てみろ」
レックは手首に身に着けたリストバンドに手をかざす。すると冒険者ギルドで目の当たりにした光の画面が空中に飛び出してきた。
****
[スコット・レック];雷属性
[HP];315/315
[MP];0/0
[SP];230/253
[攻撃力];210
[防御力];132
[スピード];494
[耐性];毒+弱、麻痺+無効、雷耐性+中
[呪文];なし
[スキル];雷剣、雷刃、電光石火
[特徴];スピード補正、麻痺付与
[加護];なし
[レベル];35
[ランク];B+
****
「俺のステータスの『MP』ってところを見てみろ」
ケンは言われた通りに『MP』の欄を見る。そこには0とだけ書かれている。
「魔法ってのはな。MPが0の奴には使えねぇんだ。まぁ、見ての通り俺は0だから、使えねぇんだよ」
レックは自身の金色の髪を掻き、はにかんだように笑う。そのはにかみはどこか影を潜めており、自虐ネタを披露されたケンは反応に困ったように汗を流していたが、ふと、ある疑問が頭をよぎった。
「え?でも、レックさん、魔法みたいなの使っていませんでしたか?あの剣が電気を纏う技です」
ケンは先の戦闘で見たレックの技について言及する。ケンの言う『電気を纏う技』というのは、読んで字のごとく、戦闘中の彼は長剣に雷を帯びさせたのだ。その雷を帯びた剣で攻撃された魔物は大ダメージを受けて倒れ、その衝撃音と感電音がけたたましかったため、かなり印象深い技だった。
正直彼らの戦いぶりから、そこまでする必要があったのかはなはだ疑問であったのだが、レック曰く、『こっちの方が手っ取り早い』そうだ。ともかくすごい技である。
「あー、『雷剣』だろ?でもな、あれは魔法じゃないんだ。せっかくだからもう一度見せてやる」
レックは手を地面について立ち上がり、腰の鞘から長剣を抜き出した。太陽に照らされ、鋼の刃が輝きだす。レックは鋭く光る長剣の柄を握りしめ、軽く目を閉じた。
「スキル・雷剣」
彼の言葉に呼応するように、たった一つの小さな糸が剣身を伝う。その小さな糸は、か細く弱々しいが、他の糸と絡み合い、絡み合い、絡み合い、二重螺旋を描いて鋼の輝きに集っていく。太陽の白色は雷の浅黄色に遷移し、やがてその長剣は、無数の糸を無作為に放ち続ける雷光を帯び始めた。そして、線香花火のようにバチバチと糸を放つ雷光は一層強さを増し、ついには『雷剣』と呼ばれるにふさわしく、太陽の光に劣らぬ輝きを宿す。
荒々しいのに見る者を美しいとさえ思わせるほどの、力強い輝き。
ケンは先の戦闘で目撃した光景に、今度も紅色の瞳が奪われてしまった。
「っとまあ、こんな感じだな。確かに、この技は魔法に似てるかもな。だが、実際にはその性質は少し違う……ケン、俺がこの技を発動する前、何ていったか覚えてるか?」
(あっ、そうか)
「スキル……」
「そうだ。まず、名前が違う。これは『スキル』の一種なんだ。『魔法』じゃない。
いいか。人間の体内には常に『魔素』と呼ばれる物質が生成されている」
(魔素、聞いたことがあるな。確か、魔力を生成するために必要なものだったっけ?人間のエネルギー源みたいなものかな?)
未だに要領を掴めないケンは、黙ってレックの話に耳を傾ける。
「んで、その魔素ってのが体内で変化して、『魔力』と『技力』に分かれるんだ。つまり、魔力は魔法、技力はスキルを使うために必要な物質ってことになる。そこでだ。魔素って言うのは普通誰でも持っている物質なんだが、そこから生じる魔力と技力は、人によってある奴とない奴がいる」
(ということは……)
「レックさんは、技力は持っているけど、魔力は持っていない」
「その通り。まぁ、本当は魔力自体はあるんだが、少なすぎて魔法を使えるほどのものじゃねぇ。だから今出しているこの技は、その技力を使って発動しているんだ。他にもあるぞ。見てろ」
レックは雷を纏った長剣を水平に構える。鋼の剣でかなり重たいはずなのに、そんなことを一切感じさせない軽やかな所作であった。
「スキル・雷刃」
握りしめた拳にさらに力を込め、構えていた剣先が浅黄色の一線を描く。その一線は、順次振られた剣に押し出されるように剣先から放たれ、放物線へと変化する。そして、その放物線は進むべき道を一直線に、ただひたすら真っすぐに飛んでいく。平原にポツリポツリと生えている一本の木目掛けて飛んでいく。
おそらく大木だろう。それでもここから見ると、小さく見える。それだけの距離があったはずなのに、距離など関係ないと言わんばかりの速さだ。
一瞬。瞬きをしている暇もない。ついに、浅黄色の放物線は木に到達し、途端に耳が裂かれんばかりの地鳴りがあたりを襲う。雷が落ちた時、『かっ』とか『ドーン』とか、そんな感じの音がすると思っていた。だが、違う。そんな可愛いものじゃない。男のケンでも身を竦めずに立ってはいられないほどの、全身を震撼させるほどの大きな地鳴り。そんな地鳴りをもろで体感した大木は、文字通り木端微塵――とまではいかずとも、上下に真っ二つに割れ、大きな音を立てて倒れてしまった。
「どうだー。すごいだろ?」
得意げに胸を張り、にかっと歯を見せるレック。振り返りざまに感想を求められたケンだが、あまりの衝撃に開いた口が塞がらない。
こんな破壊力のある技、ありかよ。この広く澄み渡る晴天に向かってそう叫びたかった。
「これが、スキル・雷剣と雷刃だ。俺は魔法が使えねぇけど、スキルは使える。だから俺みたいに魔力がねぇやつはこうやって魔物をバンバン倒していくっつーわけ」
「でも、レックさん。MPがないって話してましたけど、じゃあどのステータスを使って、さっきの技を出したんですか?」
長剣を鞘に納めたレックを横目に、塞がらなかった口がやっと閉まったケンは、顎の痛みを押さえながら尋ねる。
「良い質問だな。じゃあ、その質問に答える前にもう一度、ステータスを見せてやる」
レックは手首に付けたバンドに再び手をかざす。先ほどと同じ画面が空中に飛び出してくる。
****
[スコット・レック];雷属性
[HP];315/315
[MP];0/0
[SP];220/253
[攻撃力];210
[防御力];132
[スピード];494
[耐性];毒+弱、麻痺+無効、雷耐性+中
[呪文];なし
[スキル];雷剣、雷刃、電光石火
[特徴];スピード補正、麻痺付与
[加護];なし
[レベル];35
[ランク];B+
****
「これを見て気づくことはないか?」
ケンはステータス表をまじまじと見つめる。
ケンは記憶が苦手だ。数ある授業の中で、いわゆる暗記科目と呼ばれるものは全部嫌いだった。社会の授業も法律や、政治のこととなると先生の話が頭に入ってこなかったので、睡眠の時間に当てていた覚えがある。唯一、偉人の名前とかはすんなりと憶えられたのだが、それ以外はからっきしダメであった。
当然、そんなケンに前に見たのステータスの内容をすべて把握することなんてできないし、やりたくもない。ただ、今回は記憶なんかに頼らなくても、レックの言いたいことが簡単に分かった。といっても、ステータスの上三つの項目を見れば良いだけの話だが。
(もしかして……)
「『SP』が減ってる?」
「そういうことだ。まぁ、魔法との違いの一つで、『スキルポイント』の略だ。これを使って、スキルを発動している」
(『魔法』と『スキル』、『魔力』と『技力』、『MP』と『SP』。なるほど、これがこの世界の鍵になる言葉なのか。しっかり覚えておかないと。確かRPGだったら、威力とか耐性とかもっと具体的な違いがありそうだけど……それはおいおい知っていくか)
ケンはレックに頭を下げ、それから遠くの倒れている木を遠目で眺める。
(確かに、すごい破壊力だったな。これがスキルなのか。レックさん。相当強いって言われてたけど、こういうことだったんだ。納得したよ。でも……)
「これ、やりすぎてません?」
流れるように雷刃を放っていたので、そのまま流しそうになっていたがあの威力だ。見た感じ出火はなさそうだが、これだけ大きな音を立てたら周辺の魔物とか寄ってくるんじゃないかと心配になる。まぁびっくりして逃げる可能性の方が高いだろうけど。
「んー。ちょっと本気出しちまったがな。大丈夫だろ。それに丁度良いしな」
レックの言っていることの意味がわからず、首をひねる。最も、すぐにそれは解決する。
「ねぇ!さっき大きな音がしたんだけど~!」
少し離れたところから大きな声が聞こえてくる。振り返るとそこには青髪の魔法使い、メルがこちらに向かってきていた。
「よー、メル。丁度よかった」
レックは手のひらを広げて、メルの来訪を出迎える。しかし、それを無視して彼女は頬を膨らませ、足早に迫ってきた。温厚そうな彼女ではあるが、どうやらご立腹のようだ。
「よー、メル。じゃないよ。レック。君、また無駄に雷刃打ったでしょ。びっくりするからやめてよね」
「すまん。すまん」
開いた掌をそのままに、手刀を切って謝罪するレックに、彼女は心底深いため息をついた。いつものことなのだろうか。早々に、これ以上の追及を諦める。
「それで、丁度よかったって、どうしたの?」
語調を下げて問いかけるメル。レックは傍らにいるケンの肩を掴み、引き寄せる。意外と力が強かったので、肩と肩がぶつかった時に短く呻き声を上げた。
「メル、こいつに魔法を教えてやってくれないか?」




