5話 『ランク』
「ライアンの奴、どこに行ったんだ?」
ラウル町を出たケン、レック、メルの三人は、周辺の魔物退治に行っていたもう一人のメンバーであるライアンを探していた。彼はウォーミングアップと称して、いつも同じところで魔物を退治しているそうなのだが、そこにはいなかったのだ。三人は今、林道を歩いている。
「そんなに遠くには行っていないと思うんだけどね」
メルは短めの青い髪を揺らす。レックはそれに同調するように相槌を打った。
「あそこにいねぇとなると、もうこっちの方しかないな」
レックは方向を変え、林道を外れて雑木林の中へと入っていった。ケンとメルも彼についていく。
木々の間から降り注ぐ太陽の光が、地面にまだら模様を作り出している。ケンは都会っ子だったので、こういった自然に新鮮さを感じていた。
「勘弁してくれよな。こんなことしてる暇ねえってのに」
レックはそう愚痴をこぼし、雑木林の中を進んでいく。先ほど円陣組んで、いざ出発!といったのまでは良かったのだが、思わぬアクシデントに彼は歯痒そうだ。
「ま、まぁ。レックさん、そんなに慌てなくてもいいじゃないですか。ライアンさんにも何か事情があるのかもしれないですし」
「ケンの言う通りだよ~。冒険に焦りは禁物!ゆっくりいこー」
そういえば、レックに初めて物申した気がする。出会ってそんなに経っていない人に意見するのは些か怖かったのだが、メルが賛同してくれたおかげで、いくらかマシになった。
「はぁ。俺たちはライアンじゃなくて、ダンジョンを探索しに来たのによ」
基本的に思考回路が緩い二人に、レックはため息をつき、小声でそうこぼす。
「でも、ちょっと心配ですよね。怪我とかしてないと良いですけど……」
「ライアンは強いし、それはないと思うけどな~」
確かに、ライアンは身長が2mは軽く超えている巨漢である。魔物がどんなものかはわからないが、彼が負ける状況の方が想像しがたい。
「どのくらい強いんですか?」
素朴な疑問をひそひそ話で尋ねる。
「レックより強い」
「こら。そこ聞こえてるぞ」
「ごめーん」
レックに怒られて、メルは可愛らしく舌を出して謝る。相変わらず謝っているように見えない。
「たくよ。どいつもこいつも。言っとくがな。俺の方がランクは上なんだぞ!」
「へぇ。そうなんですか……確か、レックさんのランクは、ええっと、B+でしたっけ?」
冒険者ギルドで、ちらっと確認したレックの情報だ。ランクの価値がまだあまり理解できてはいないが、B+というランクは良い評価がされているみたいだ。
「おお。よく覚えてるな。そうだ!俺はB+だ!すごいだろ~」
さっきまでの不機嫌がすっ飛んだように、誇らしげな顔でレックは自慢する。
「こう見えて、レックってば結構すごいんだよ。20歳でBランク代まで上り詰めるなんて、なかなかないんだから」
(へぇ、やっぱりレックさんってすごい人なんだ)
ケンは感心したように相槌を打った。
「あの、すみません。実はあまりランクのことは知らなくて……ランクってどういうものなんですかね?」
とは言っても、やはりいまいちピンとこなかったので、もう少し詳しく尋ねてみる。
「なんだ。知らなかったのか。全く。ケン君はしょうがねえな~」
上機嫌なレックが声を浮つかせて、目を瞑る。ちょっとイラっと来たことは隠しておく。
「いいか。ランクってのはな。簡単にいえば、そいつの強さを表したものだ。下から順にF、E-、E、E+、D-、D、D+、ってな感じで付けられる。これが、A+まで続くんだ。んで、最高ランクはS、SS、SSS、って感じにSがどんどん増えていく。まぁ、エス、ツーエス、スリーエスと言ったりもするな」
「そう。それで、並みの冒険者ならCランク代で止まっちゃうんだよね~。経験を積んだ冒険者でも、Bランク代まで上り詰めるのは、かなり難しいんだよ」
「そうなんですね……」
(ランクを上げるのは大変なことなんだ。さしずめ、Eランクの僕は底辺でないにしろ、初心者って位置づけなのかな)
ケンは肩を落とす。やっぱり、異世界テンプレのチートものではなかったみたいだ。わかってたけど。
「ちなみに、このランクは、冒険者の強さだけじゃなくて、魔物やクエストの難易度にも使われてる。さっきクエストの確認をしたときに、クエスト難易度って話したろ?」
「Dランククエストですか?」
「そうだ。ひとえにクエストや魔物退治と言っても、敵が強かったり、数が多かったりすれば、それだけ危険度が増すことになる。重症や死亡を避けるためにも、こうした指標は大事なんだよ。俺たちパーティのランク調べてたのはそのためだ」
「それにね。例えばE-からE+にあげるのは比較的簡単なんだけど、E+からDランク代にあげるのはかなり難しいの。だから、ランクが一つでも高い魔物と出会ったときは、基本的に逃げが一番!戦闘は避けるべきだね」
(あー。つまり、ランクはその人の強さだけじゃなくて、魔物との戦闘の是非や、冒険の安全のためにも使われているってことかな?なるほど。大体わかってきたぞ)
「まぁランクに関してはこのくらいかな。またなんかあれば、おいおい教えてやるよ」
「ありがとうございます!ところで、メルさんのランクっていくつなんですか?」
「えっ?私?」
メルは自分の鼻に向け、指をさした。
「私はC-だね~。その辺の平凡な魔法使いでーす」
気乗りしない感じでそう述べ、唇を尖らせるメル。ケンは踏み込んではいけなかったと反省した。
「いや、Cランク代も十分すごいっての」
「Bランクの人に言われても嬉しくありませんー」
レックの励ましが裏目に出たようだ。拗ねたメルはプイっと顔を背けてしまった。まぁたぶん彼女の性格から、そんなに拗ねてはいなさそうではある。
(ランクは冒険者にとっては重要なステータスなんだな。気を付けないと)
「でも意外ですね。ライアンさんより、レックさんの方がランクが高いなんて。初見じゃ絶対わからないですね」
「なんだよ。俺が貧弱とでも言いたいのか?」
「そう言うつもりじゃ……すみません」
「いや、冗談だよ。謝んなって」
レックは笑って、手を振った。それから、思い悩むように空を仰ぐ。
「でも、そうだよな。大体初めて会う奴は、そう思っちまうんだよなぁ。どうしてだろ」
「筋肉が足りないからじゃないですかー」
まだ拗ねているメルが顔を背けたまま、そう告げる。
「おいおい。そんなに拗ねんなって。でもなぁ。筋肉ったって、あんなゴリゴリのマッチョになるなんて無理があるぜ?」
確かにレックの体つきを見ると、引き締まった良い筋肉をしている。ベンチプレス200kgくらいなら軽くいけるんじゃないかってレベルで。しかし、ライアンの筋肉はそれをはるかに超えている。体格も雰囲気も、ライアンの方が強そうだ。
「まぁ、能ある鷹は爪を隠す、だ。あからさまに強そうなやつより、俺みたいなクールなやつの方が、実際は強いってもんだ」
レックは、恥ずかしげもなく豪快に笑う。自分で能ある鷹とか言っちゃうあたり、自意識過剰な面があるようだ。
「そんなレックさんに尋ねたいのですが、そういえば、ライアンさんのランクってどのくらいなんですか?」
「ん?あーそうだな。あいつはーーっと。お前ら!隠れろ!」
唐突な指示にケンとメルはびっくりしながらも、レックに言われた通り、長い草むらの陰に隠れる。何事か、と思って草をかき分け先の方を見ると、そこには斧を構えている大男の姿があったのだ。
(もしかして、あれが魔物!)
そんな彼を囲むようにして、三体の黒い犬が牙をむいている。これがただの犬であれば、なんとも思わなかったのだが、少し、いや、かなり様子が違う。まず、犬にあるまじき鋼の角が、額に二本生えている。そして爪や牙は鋭く発達し、威嚇する様相には震えがりそうなほどの恐怖を覚える。何より体格がかなりでかい。
これが魔物と言わずして、何がそれたらしめると言うのだろうか。
「やっと見つけたぜ。こんなところにいたのか」
レックは草むらの影から、ただ双方の様子を眺めている。
「助けに行かないと!」
彼を助けようと立ち上がり、飛び出そうとするケン。しかし、その腕を引っ張って阻止したのはメルだった。
「大丈夫だよ~。そんなに慌てなくても。んー。あれは、ガルムの群れね。Eランクの魔物で、そんなに強くないし、せっかくだから見ていきなよ」
「で、でも……」
メルの言葉に、ケンは躊躇う。どう見てもあの犬たちーーガルムの群れは強そうなのだ。確かに彼も強そうなのだが、さすがに無傷というわけにもいかないだろう。
「いいから、座って」
ケンの顔色を伺い、メルはもう一度念を押す。
「ほんとに、大丈夫だよ」
メルは彼をその青淡色の瞳で見つめる。
「だって、彼はーー」
「そうだぞ。ライアンもBランクだからな」