3話 『パーティ』
冒険者ギルドを出たレックとケンは、教会のあった方角へと向かっていた。どうやら、このラウル町の出入り口がその方角にあるらしい。
「あの、すみません」
「どした?」
「こんなこと言うのも気が引けるし、今更ではあるんですが……どうして僕をパーティに加えてくれたんですか?」
「いや、だから言ったろ?メンバーが足りないって」
「そうなんですけど。でも冒険者は、他にもたくさん居たようですし、見ず知らずの僕なんかよりも、彼らを仲間に加えた方が良かったのではないでしょうか」
疑問ではあった。
ケンは冒険者としては駆け出しである。冒険は危険を伴う仕事であるが、熟練者の方が当然その危険を回避でき、その分クエストの達成率をあげることにもなる。
こちらとしては願ってもない申し出ではあったのだが、レックにとってのメリットが見当たらなかったのだ。とりあえず話に乗ったものの、かえって不安になってきた。
「あー、そういうこと」
レックはケンの顔を見つめ、金髪の頭を掻く。
「いやね。それはあまりできないんだ」
「どうしてですか?」
「普通クエストには、その難易度に応じて最低人数が設定されてて、それより少ないとクエストが受けられないんだ。って言っても、多すぎてもいけねぇから、大体のクエストは4人って決まってるんだ」
ミーシャが言っていたところの安全対策によるところだろう。ケンは頷く。
「他のパーティも、ほとんどが4人なんだよなぁ。だから、クエスト受けるための人数が足りなくなるから、引き抜きができなくってよ。まぁそういうわけで、メンバーが足りないときは、基本的に融通がききやすい新入りを加えるんだ」
「なるほど」
「今はレオンって奴が、例のクエストの討伐隊に選ばれててな。まぁ、それで今回みたいに足りなくなった場合に備えて、少しメンバーを増やしていこうって、パーティ内で話し合ってたんだよ」
レックは再び金髪を掻いて、ケンを横目で見る。
「だから俺の方も、打算がなかったわけじゃねぇから、そんなに警戒すんなよ」
疑っていたのがばれてしまったようだ。
「すみません」
「いや、いいってことよ。こっちこそ、ちゃんと説明してなくて悪かったな。まぁお互い利用していきましょうやーーっとそろそろ着いたな。あれがこの町の出入り口だ」
レックが前方を指さす。そこには、この町を囲むようにして作られた、数メートルほどの石壁があり、出入り用の大きな門が待ち構えていた。
「おー、また出会ったね~」
「あ!あのときの」
どこかで聞いたことのある声のする方に視線を移すと、さっき冒険者ギルドに入る前にすれ違った、魔法使いらしき女性が手を振っていた。
「なんだよ、お前ら。知り合いか?」
レックは驚いた表情で二人を交互に見る。
「んー。知り合いっていうか、あなたと別れて冒険者ギルドから出る時に、すれ違っただけなんだけどね~」
彼女と目が合った。彼女は、先のとがった紫色のハットを少し上にずらし、こちらに近づいてくる。
「私の名前はウィルソン・メル。よろしくね。ええっと……」
「あっ。僕の名前はハヤマ・ケンと言います。よろしくお願いします。メルさん」
「ハヤマ・ケン。変わった名前ね」
彼女は人差し指を顎に当て、レックに自己紹介したときと同じ反応をして見せた。僕の名前ってそんなに変なのだろうか。
「珍しい目の色をしてるわね。綺麗な赤」
メルはずいっと顔を寄せ、淡青色の瞳を覗かせる。レックの瞳も青いが、彼はどちらかというと深青色であり、彼女の目の明るさとは似て非なるものであった。
前世で、あまり女性と会話をせず、免疫のないケンは恥ずかしさで顔をそむける。
「それにやっぱり君、結構イケてるよね。よかったら、今度デートにでも行かない?」
「へ?」
急なデートのお誘いにケンは素っ頓狂な声をあげる。いきなりすぎて何を言っているのかわからなかったが、理解していくにつれ、ケンの頬は真っ赤に染まっていった。
「な、な、な、なに言ってんですか!」
ケンはエビもびっくりの後ずさりをして狼狽える。そんなケンに、メルはくすくすと笑っている。
「おいおい、あんま新人をからかってやるなよ。メル」
それまで黙っていたレックは、ため息をつき、メルを嗜める。
「あはは。はは。おっかし。冗談よ、こんなんで、そんなに赤くなっちゃって。可愛い~。はぁあ、ごめんなさいね。ケン君」
謝罪をする割に、笑いをこらえ切れていないようだ。彼女は思い出したかのように再び笑い声を漏らす。ツボったみたいだ。というより、全然反省してない。
「は、はぁ」
安堵する気持ちとは裏腹に、純粋な男心を弄ばれたようで、ケンは内心、複雑な気分になった。
(そうか、メルさんっていうんだ。でも、待てよ。彼女がここにいるってことは、もう一人のメンバーっていうのは……)
「おい」
後ろから降りかかる野太い声に、ケンは肩を撥ねつかせる。見るとそこには、2mを超える巨漢が冷ややかにケンを見下ろしていた。
「おー、ライアン。どこに行ってたんだよ」
レックの呼びかけを無視して、鉄の胸当てのみを身に着けた筋骨隆々の大男――ライアンは腕を組みながら、ケンを見下ろし続けている。ケンはのしかかる威圧感に固唾を飲んだ。
「どうしたんだよ。黙りこくって。緊張でもしてんのか?」
無視されたレックは、軽口を挟む。しかし、彼の振る舞いに変化はない。
「ふん」
ライアンは嘲笑とは違う、怒り混じりの息を鼻から出して、町の外へと出て行ってしまった。
(怖かったな。不機嫌だったようだけど、何か悪いことしちゃったのかな)
ケンは自身の過失を探ろうとする。しかし、当然そのようなものは思い当たらなかった。
「なんだ、あいつ」
レックも首を傾げ、少し不満げに彼の背中を見つめている。
「あの、追いかけなくてよいのでしょうか?」
「いや、いい。ほんとは、あいつも入れて作戦の確認しようかなぁって思ってんだが、あの調子じゃ無理そうだな。まぁ確認だし、そんなに重要事項ってわけでもねえから、別に構わないけど。大方、機嫌損ねてるだけだろ」
レックは長剣をいじりながら笑う。ケンも苦みのある笑みをこぼした。
「ごめんね、ケン。せっかく来てもらったのに、こんな調子で。彼、普段はあんな感じじゃないんだけどね」
「いえ、そんな。とんでもない」
ケンは片手を振って否定すると、メルはにこっと微笑み、それからレックの方に視線を移す。
「それで、これからどうするの。レック」
「そうだな。ライアンは先に出て行ったけど、周辺の魔物退治でもしてるだろうから、その間、クエスト確認でもしておくか。ケンにクエストの概要とかも話しとかないといけないしな」
「わかったわ。ケン、こっちに来て」
「はい!」
メルに手招きをされ、ケンは二人の後についていく。
(さすが異世界。やっぱり魔物とかいるのか。あぁクエストってどんなものなんだろう。僕なんかで大丈夫なんだろうか。活躍できるかな)
そんなケンの不安をよそに、メルとレックは、作戦会議に適当な場所を選んでいる。
そして、6名ほどのスペースがある共用のテーブルを見つけ、三人はそこの椅子に腰かけたのだった。