20話 『ボス』
冷たい石壁の遺跡の奥。ケンたちの目の前には大きな鉄の扉が立ちふさがっている。
「いよいよここまでやってきたな。みんな準備は良いか?」
扉に手をかけ、レックは振り返って最後の確認を行う。ここまで来たのだ。準備のできていないメンバーはいなかった。各々武器を構えて、全員が頷く。
「どんな敵かはわからねえが、気を引き締めていくぞ」
全員の顔色を確認したレックは扉を見つめる。
いよいよだ。いよいよ、今日最後の戦いが始まる。
レックは扉を一気に開き、中に突入する。
「おお、これはこれは。蜘蛛が中ボスってところで薄々気づいてはいたが……」
部屋の奥、暗闇から地ならしが響き渡る。
ライアンを遥かに上回る巨体。刃こぼれを起こしている粗い長剣。変色した肉体。
口から飛び出した二本の牙はあらゆるものを噛み砕くほどに鋭く、目は獲物を射貫くほどに怪しく光る。
天を貫く角を生やした鬼。
「オーガか。はっ、最後の敵に相応しい」
ケンは武者震いを起こすほどの恐怖を覚えたのに、レックは大蜘蛛を目の当たりにした時と同じように笑みをこぼし、長剣を構える。オーガを目で捉えつつ、足に力を入れる。
「メル!補助呪文を頼む」
「了解」
メルは目を閉じ、杖に念を送る。
「支援魔法・ハード、ファースト」
レックとライアンに光が集まる。
「俺が陽動をする。お前がとどめを刺せ」
そう言い残したレックは雷剣を生み出し、目にもとまらぬ速さでオーガとの距離を詰めた。
「喰らえ!」
四方八方からの斬撃が飛ぶ。切りつけられるオーガは防戦一方となり、粗い剣を盾にして身を守る。
「スキル・滅塵斬」
息を短く切り、すかさずライアンの斧がオーガの頭上を襲う。
オーガは剣でライアンの斬撃を防いだ。陥没した地面の上で、ギリギリと鍔迫り合いが続く。
「ガー!」
突然、オーガが雄叫びをあげる。そしてライアンの斧を弾き、彼の横腹にオーガの一撃が迫る。
「くっ」
かろうじて身を捻じって、オーガの一撃を躱したライアン。しかし、ライアンは体勢を崩してしまう。
その機を逃すまいとオーガは斧を振り上げ、追撃に出る。
「スキル・雷刃!」
レックの雷の刃が、オーガの足元を狙う。オーガは瞬時にそれを察知し、後方に飛んでレックの雷刃を避ける。レックの斬撃で地面が抉れる。
「ライアン!一旦引け!」
レックと体勢を立て直したライアンは、一度オーガとの距離を取る。オーガは長剣を担ぎその赤い眼でこちらを睨みつけている。
「レック、俺の刃では少し遅い。お前が切り込め。俺が隙を作る」
「いや、それだと仕留めれるか不安だ。なんせ俺は根っからのスピードタイプだからな……あれを試してみようぜ」
ライアンは目を少しだけ見開き、レックの深青色の瞳を見つめる。それから間をおいて口を開いた。
「やるのか……わかった。いいだろう」
ライアンは低い声でそう言い放ち、オーガを睨み返す。オーガは牙をガチガチと慣らし、粗い長剣を構える。
「すまねえな。少し時間がかかる。少しだけだ。だからよろしく頼むぜ」
「ふん、知れたこと。やるからには必ず決めろ」
ライアンは猛々しい身体全てに力を入れ、オーガへと突き進む。
オーガは長剣を振り上げ、猪が如く突進に応戦する。
「ガー!」
オーガは声をあげ、斧を振り下ろした。ライアンはそれを紙一重で躱し、すかさず横からの一撃をお見舞いする。
オーガはその一撃を弾き、再び鍔迫り合いを叩き込んでくる。
「スキル・土槍」
地面から先が鋭く尖った土の槍が飛び出す。槍の矛先がオーガの腕を捉え、辺りに返り血が散る。
「ガァァ」
しかし、そんなものに意味はないと言わんばかりに、オーガの力がさらに強まる。力に圧倒され押されるライアン。全身の筋肉をはち切れんばかりに膨らませ、必死に耐える。耐える。耐え続ける。
「ライアン!引け!」
終わりのない競り合いに、終止符が打たれた。レックだ。彼は体を捻じり、轟轟と鳴り響く雷を全身に宿している。
ライアンは最後の力を振り絞って、オーガの長剣を横に流し、飛んで距離を取った。
「俺らの勝ちだ……スキル・雷光一閃」
体に宿した雷が一本の光線となり、空間を切る。姿を消したレックは一瞬のうちにオーガと背中を向けあった。光を失った刃を空高々と上げている。
「ガァ……ァ」
オーガの腕が吹き飛んでいる。刃ごと腕は吹き飛んで、回りながら地面に落下する。
大量の血が一気に流れ出した。オーガはよろけ、地面に膝をつく。
「ガァァァァァ」
遺跡が震えるほどのけたたましい雄叫びをあげた。耳を塞いでいるというのに、貫いてくるその雄叫びは、長く、長く、途切れることなく続く。
「黙れ……スキル・滅塵斬」
大きな衝撃音の後、雄叫びが止まった。
あれほど大きかったオーガは血を流して、地に伏して倒れている。遺跡ダンジョンの最深部のボス。
レックは武器を収めて手を握り、その拳を天に突き上げた。
「ボス討伐完了!ダンジョン攻略、達成だ!」
かくして、ケンは初めてのクエストは達成の二文字で飾られることとなった。
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「お疲れ様!やー、すごかったね~。さすがレックたち!」
メルからのポーションを受け取り、レックとライアンは胡坐をかいてゆっくり飲み始める。そして、レックは地面にうつ伏せになっているオーガを見つめた。
「いや、それにしても今回のクエスト、難易度Dランクってのは嘘だろ。Cは確実にあったぞ」
「まぁ、あくまで推定だからね。そういうこともあるよ」
レックはため息をついて、ポーションの残りを飲み干し、それをメルに渡した。受け取ったメルは今度はケンの方によって来る。
「ケン君もお疲れ~」
「お疲れ様です。やっぱり凄いですね。レックさんとライアンさんって」
ケンは胡坐をかいて座っているレックたちを眺める。
最初は押され気味で、冷や冷やしたところもあった。不安に駆られたこともあった。しかし最後にはボスを倒し切り、見事クエストを達成した彼らに、ケンは胸の奥底から熱いものが湧き上がるのを感じたのだ。
やはり彼らは凄い。ギルド内でも上位に入る実力の持ち主であると、このダンジョンを通して初めて身に染みたと言えた。
「僕なんて何もできなかったですもの」
自分も前線に立って格好よく活躍したい。レック達と並んで戦えるようになりたい。
そんな思いは、しかし、幻想に過ぎなかった。実際には何もできないただの初心者だった。大蜘蛛の時もオーガの時もケンは結局、傍観者のままだったのだ。
「そんなことないよ」
ケンの紅色の瞳の奥を覗き、メルが微笑みかける。ケンは俯きがちな目をあげた。
「そんなことないよ~。だってケン君、子蜘蛛の群れで自分から飛び込んで行ったじゃない。それに私、知ってるよ。ケン君、昨日の夜ずっと魔法の練習してたでしょ。私もずっと見てたんだから」
ケンは驚いた表情でメルの淡青色の瞳を見つめる。隠すつもりはなかったのだが、知られたら知られたで少し恥ずかしい。
「まぁ、スラチーには全部避けられてみたいだけどね~……でも、頑張っているのはちゃんと知ってるんだから」
全部知られていた。ケンは下を向いて顔を背ける。
メルはレックたちの方に視線を移した。
「レックたちはレックたち。君は君だよ。ケン君はまだ歩き出したばかりなんだから、そんなに焦らなくても大丈夫だよ!ゆっくり歩いていけばいい。そしたら……」
メルの横顔が目に映る。メルは目を細めて
「そしたら、いつか必ず私たちを追い抜く日が来る。私はそうなるって信じてるから」
笑った。素敵な笑顔で励ましてくれた。全部見ていてくれた。それだけでケンの心はすっと軽くなっていく。
「おーい。お前ら。そろそろ宝箱探しに行こうぜ!」
「あっ、レックが呼んでる。私たちも探しに行こうか」
メルが立ち上がり、ケンに手を差し伸べる。ケンは手を伸ばし、メルの小さな手に触れる。
握られた手を引かれ、レックたちの元へと向かっていく。
「龍の兜と鎧があったからね~。きっと凄いものが見つかるよ」
「あ、あの!」
引かれる腕を止め、ケンは俯いていた顔をあげる。メルは首を傾げて振り返る。
「メルさーー」
ケンは目を見開いた。
言葉が詰まり、その先が一瞬にして出てこなくなる。目の前の光景が歪んだ。夢か現か。
「えっ?」
メルはゆっくりと下を向く。
腹から生えた一本の茨。
口から血を吐き出す。生暖かい感触が、ケンの顔に行き渡る。
「メルさん!」
ケンの叫び声も空しく、メルの体は宙を舞い、飛ばされ石壁へと叩きつけられたのだった。




