19話 『ダンジョン最深部へ』
ケンの叫び声が、だだっ広い部屋に響き渡る。
ケンはスラチーを抱え、空洞から飛び出て、レックたちの元へと必死に走り続ける。背後には無数の白い小さな蜘蛛が襲い掛かってきている。
「どうした!ケン!」
「レックさん!助けて!なんか、蜘蛛が!大量に!蜘蛛が!」
必死に走りつつ、大声をあげてレックに訴えかけるケン。
小さな蜘蛛と言ってもそれは相対的な話で、実際の大きさは1mくらいの、いわば巨大な子蜘蛛集団である。それが、ケンの後ろを追ってきているのだ。
「うわっ。気持ち悪ぃ」
レックは身を引いて、嫌悪感を露にする。
「レック、どうする?あれ結構な量だよ?一旦路地に引いた方が良いかも」
「冗談だろ。あんなEランクモンスター。いくら束になっても変わんねえよ」
必死なケンとは裏腹に、いたって冷静にメルたちは会話をしている。
レックは笑みをこぼして大蜘蛛の体から飛び降りる。この場で戦うつもりである。
「とはいえ面倒だから、一旦素材集めは中止だ。メル、ライアン。掃討を手伝ってくれ」
「りょうかーい」
メルは後方に下がり、レックとライアンが前衛につく。レックは長剣を取り出した。
「スキル・雷剣」
長剣が雷を帯びる。そして狙うように子蜘蛛の集団を睨みつけ、消え去る。
必死に走り続けるケンの後ろで、子蜘蛛が飛び散っているのが見えた。ケンは立ち止まり振り返ると、レックが子蜘蛛集団の中で次々と切り倒していた。
助かった。とほっと息をつく暇もなく、子蜘蛛1匹がケンに噛みつかんと襲い掛かる。
「ふん」
身を屈めたケンに代わり、ライアンが斧を振るって子蜘蛛を倒す。彼はケンを見下ろし、それからすぐさま子蜘蛛集団の中に突入していく。
「ぼさっとするな」
他を威圧するような低い声に、ケンは目を見開いて頷く。
そうだ。ぼさっとしてはいられない。今、二人が戦ってくれているのだ。自分も何かしなければ。
「スラチー、手伝ってくれるかい?」
「チー!」
スラチーはケンの腕から飛び降り、元気よく飛び跳ねる。一緒に戦ってくれるみたいだ。
(良い相方を持ったな)
ケンは鞘から短剣を抜いた。レック、ライアンに続き、ケンはスラチーと共に子蜘蛛の群れへと飛び込んでいくのだった。
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「スキル・放電」
レックを中心に雷の輪が、その領域を広げていく。それに呑み込まれた子蜘蛛は痺れ、次々と四方八方に吹き飛ばされていく。
痙攣した子蜘蛛の雨が周囲に降り注いだ。
「ふう、こんなもんか。そっちはどうだ?」
レックはライアンたちの方に視線を移す。すると、
「ファイヤーボール!」
という掛け声の後に、子蜘蛛が一匹、レックの元に飛ばされてきた。ケンの攻撃を受けた子蜘蛛は地面にたたきつけられ、そのまま動かなくなる。
「レックさん、今終わりました!」
ケンは額の汗を拭い、スラチーは触手をしまう。
「そうか。あとはライアンだが」
ライアンは無言で戦場を去っている。斧もしまっているので、掃討が完了したということだろう。
レックは大部屋いっぱいに転がる、無数の蜘蛛の死体を避けながら、ケンの元へと向かう。
「だいぶ、戦いに慣れてきたようだな」
「はい、おかげさまで!それと助けてくださって、ありがとうございました」
ケンは上体を折り、レックに感謝の意を告げる。
「魔法の使い方もよくなってるし、ほんと一日でよくここまでできたな。すげえよ、ケン。スラチーもありがとな。手伝ってくれてよ」
ケンは褒められて、スラチーは頭を撫でられて、どちらも頬を赤く染めて照れくさそうに頭を掻いた。
メルが、こちらにやってきた。
「みんなお疲れ~。はいこれ。飲んで」
「ありがとうございます」
渡されたポーションを受け取り、瓶の蓋を開ける。今度は失敗しまいと、ゆっくり少しづつ口に含んで、最後まで飲み干した。舌に苦みがじんわりと広がる。
「ところでケン。宝箱はどうしたんだ?見つけたのか?」
「あっ、見つけましたよ。あの部屋です」
大部屋の右奥の小部屋を指差し、ケンは案内役を買って出る。レックは、メルたちに素材集めをするよう指示を出した後、ケンに続いた。
「ここです。この空洞の中です」
小屋に入ったケンは、壊した壁の場所を示してレックに取り出してもらうことにした。一人で暗闇に入るのは、今は勘弁してほしかったからだ。
「これか」
レックは空洞からずるずると木の箱を引っ張り出す。意外と重いのだろう。レックは上体を後ろに倒しながら出てきた。
「ふぅ。さてと、気になる中身はっと」
一息ついてレックは木の箱の開け口に手を触れる。ケンは、固唾を飲んで木の箱を覗く。
「おっ、おっ!これは……」
レックが箱の中身を取り出した。
なんと、中身は赤色の兜と鎧だったのだ。レックは歓喜の声をあげ、二つの宝を見つめる。
「龍の兜と龍の鎧だ!なんでこんなところにあるんだ。すげぇ!」
レックがすぐさまメルを呼び、メルが大きな声で返事をする。駆けつける足音が響く。
「えっと。その鎧ってそんなにすごいんですか?」
「ああ、これはこの国でも高値で取引されてる代物でな。聖金貨3枚はくだらねえ。それがこんなところにあるなんてな」
「へぇ~」
聞いては見たものの、聖金貨と言われてあまりぱっとはしないが、とりあえずかなり高価なことは読み取れる。ケンは頷いて鎧を持ち上げるレックを眺める。
「どうしたの、レック?」
メルが小部屋の出口から顔を覗かせる。レックは宝箱の中身を笑いながら見せた。
「見ろ、メル。龍の兜と鎧だ」
「えっ、本当!?信じられない!」
メルは飛び上がり、それから鎧の元へと顔を寄せ、間近で観察し始めた。本物だと確認したようだ。メルは満面の笑みで驚きの声をあげる。
「メル。これ杖の中に入れられるか?」
「任せといて!」
トンと胸を叩いたメルは杖を構えて念じ始める。そして封印魔法を使って、宝を杖の中に収納した。
「いや~。すごい収穫だったね。クエスト難易度の割りにめちゃくちゃ良いもの手に入れちゃった。お手柄だね~。ケン君」
「いや、褒めるなら僕じゃなくてスラチーを褒めてあげてください。この子がいなかったら見つけられませんでしたから」
「そうなの?お手柄だね!スラチー」
「チィィ!」
スラチーはまたもや頬を赤く染めて、照れている。今日だけでどれほどこの子に助けられただろう。褒め尽くしても褒め足りない。
「さてと、そろそろ次に行かないとな。ダンジョンも結構深くまで来たし、さっさと行かないとな」
レックは立ち上がり、メルと共に小部屋を後にする。ケンもスラチーを抱え、レックたちに続いた。
ライアンはまだ素材集めを黙々としていた。レックは彼に次の部屋に行くと伝えると、無言のまま立ち上がり、先へ進む。
レックたちパーティがここからこのダンジョンの最深部、ボスの部屋にたどり着くまで、そう時間はかからなかった。




