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15話 『到着』


 一本の剣が弾かれ、それから尻もちをついた。剣先を向けられる。


「今日はここまでだな」


 先ほどとは打って変わって穏やかに告げる。

もう日は暮れかけている。確かに、今がその頃合いだろう。


――はぁ、やっぱり兄さんはすごいや。さすがだね。


「はは、そんなことないさ。立てるか?」


 差し伸べられた手を取り、立ち上がる。


――謙遜しないでくれよ。負けた僕が惨めになる。


 そんなつもりがないことはわかっている。兄さんはそんな性格じゃない。だから、そんなに慌てないでくれ。ただの冗談だ。


――面白いなぁ、兄さんは。ところで、次の稽古は何をしてくれるの?


「え?あ、ああ。次は、そうだな。何をしようかな」


 空を仰ぐ兄さんを眺める。相変わらず、カッコいいな。


「そうだ。次は稽古ではなく、***を教えてやろう」


 今、何ていった?これは現実か?***って聞こえたぞ。


「お前もだいぶ強くなったしな。そろそろ、大技の一つや二つ持ってないとこれから厳しいだろう」


ーーついに……ついに!すぐにマスターして、僕も兄さんみたいに強くなってやるからな!覚悟しとけよ!


「おお、それは楽しみだな。期待しておこう」


 楽しみなのは僕の方だ。テンションがおかしくなるし、顔がにやけてしまう。

だが、兄さんは笑ってくれた。


 辛い日々だったけど、その日だけは輝いていたことを、僕は忘れない。




****




「ん……」


「チッチ!」


 脳内に響き渡る甲高い鳴き声に、ケンはゆっくりと瞼を開ける。

 どこかで聞いたことのある声だが、ぼんやりとしていて思い出せない。

 体に力も入らないし、何だかゆらゆらと揺れている。どうやら、誰かに負ぶわれているようだ。


(ここは)


 浅黄色の光が眩しくて、定まらない焦点を必死に凝らし、高い声の主を辿る。すると青色の丸いものがドアップで視界に入ってきた。

 確かこの青いものは……


「スラチー?」


「チ」


(思い出した。この子はスラチーだ。確か、さっきこの子を仲間にしたんだった。そして、その後僕は……)


「おう、起きたか」


 レックの声が間近に聞こえる。


 そう。あの後ケンは、倒れて気絶してしまったのだ。それでレックやメルが駆けつけてくれたのだろう。

 ここでケンは、自分がレックに負ぶわれていることに気づく。


「すみません。なんか僕、途中で倒れちゃったみたいで」


「いいってことよ。気にすんな」


 レックはにかっと笑い、背負いなおすために軽くジャンプをする。段々とぼんやりとした意識がはっきりとしていく。


 そういえば、どのくらい寝ていたのだろう。もう日は暮れかけている。

 それに、さっきまで何か夢を見ていたような気がする。長い長い夢だったような。


(うーん)


 しかし、思い出せない。もう、こうなってしまってはどうしようもないし、思い出せないようなことなら、それまでのことであるとケンは早々に諦める。


「まぁ、スラチーとの戦いで魔力とHPが減りすぎたんだろ。多分、魔素欠だな」


 魔素欠。また聞き慣れない単語が出てきたが、おそらくは酸欠みたいなものだろう。魔法も使いすぎると気絶してしまうらしい。


「大丈夫?」


 後ろから、メルが声をかけてきた。彼女は、心配そうにケンの顔を覗いている。


「大丈夫ですよ。ちょっと気分が悪くなっただけです」


 と言いつつも、まだ顔色が幾分青ざめているため、あまり説得力はない。メルの表情は変わらないままだし、スラチーも横で心配している。


「はぁ、でもな。魔素欠なんてものがあるなんて知らなかったな」


「まぁ、初めてのときはHPも魔力も少ないからね~。みんな少なからず、通る道って感じだね」


 体力には割と自信のあったケンだが、今回の出来事でその自信も崩れ去ってしまった。

 魔法一発、スラチーからの攻撃一発で気絶してしまったからだ。自信を持つことも重要だが、やはりこれからは地道に精進していくべきだ、とケンは心に固く誓う。


「でも、不思議ですよね。HPが0になってないのに、気絶しちゃうなんて」


「ん?何言ってんだ?」


 一瞬の沈黙が流れる。何かおかしなことを言ったのだろうか。レックとメルは凍り付いた表情を浮かべている。


「あの、どうしたんですか?」


「いや、お前結構、恐ろしいこと言うんだな」


 恐ろしい?

 何がだろう。別におかしなところはないと思うが……


「HPが0になりゃ、それは死んじまうだろうがよ」


「えっ?」


(死ぬ?)


「えっと、教会で生き返ったりはしないんですか?」


「何言ってんだ?命は一つだ。そんなわけねえだろ」


 完全に勘違いしていた。

 だってRPGでは、HPが0になっても、なんだかんだ生き返るのがセオリーだ。確かに、死んだあと棺桶に入ってはいたけども、それで人生が終わるとは考えてもいなかった。


 この世界はゲームではない。これは自覚しておかないと、末恐ろしい。


「だから、気をつけろよ。HP半分持っていかれただけで、初心者って結構倒れるからな」


 はい、と身を窄めて素直に返事をする。本当に気をつけておかないと、冗談抜きでやばい。

 ケンのとんでも発言の後、しばらくの間、沈黙が続く。


「あの、レックさん。僕、降ります。体調も良くなってきましたので」


 実際のところ、まだ本調子ではないのだが、歩けないほどではない。それに、ずっと負ぶわれていることが申し訳なくなってきたのだ。これ以上迷惑はかけたくない。


「そうか?まぁ、もうそろそろ着くしな。そこまでは負ぶってやるよ」


「着く?……ああ」


 ダンジョンのことだろう。もうそこまで来たのか、とケンは長いような短いような旅路に、思いを馳せる。


「日も暮れかけているが、何とか予定通り間に合ったわ。すまねえな。ほんとはお前をあんまり動かすべきじゃなかったんだが」


「そんな、とんでもない。むしろここまで運んでくれてありがとうございます」


 感謝の言葉を告げ、そういうことならとレックに最後まで負ぶってもらうことにする。男なら、誰もが欲しがる鍛え抜かれた体にしがみ付き、ケンは夕焼け空を眺めた。


「綺麗だね。スラチー」


「チィィ」


 雲一つない晴天を彩る赤のグラジュエーションに、ケンは感嘆の声を漏らす。夕日は眩しくも弱々しく、くっきりとした太陽の形はどこか懐かしい雰囲気を醸し出している。

 スラチーにもこの良さがわかるのか、コクコクと二回頷いている。

 スライムにも目があったんだと確信した瞬間でもある。


「お!あれ、ダンジョンじゃない?」


 メルが遠くを指さす。レックの肩越しに、メルの指さす方に目を凝らすと、林道の突き当りに巨大な石が覗いているのがわかった。


(あれがダンジョンか)


 正直、ダンジョンというくらいだから洞窟みたいなものを想像していたのだが、実際には洞窟というよりは、石造りの建物であった。そう、遺跡に近い。

 ケンたちはダンジョンの出入り口までやって来る。


「と・う・ちゃ・く!やっと着いたー!」


 メルは少し先を黙々と歩いていたライアンを追い越し、一番乗りと言わんばかりにはしゃぐ。


「チー!」


 それにつられて、スラチーはケンの肩から離れ、メルの方に飛び跳ねながら向かっていく。そして、一緒に喜びはしゃぐ。


「ようやっと着いたな。ほら、ケン。降りろ」


「はい。ありがとうございます」


 レックの背中から降り、ケンは乱れた服装を整える。そして遺跡の前に立ち、その大きな扉を仰ぐ。遠くから見たらそうでもなかったが、近くで見るとかなりでかい。


「よし!みんな、聞いてくれ」


 レックが手をパンと叩き、パーティ全員の注目を集める。


「色々あったが、何とか今日中にここまで来ることができた。みんな、疲れも溜まっているだろうから、今からは各自好きなことをしてくれて構わねえ。明日のダンジョン攻略に向けて、ゆっくりと休んでくれや」


「はーい」


「チーィ」


 レックの指示に対し、メルとスラチーが気の抜けた声で返事をする。レックはそれから、あまり遠くへは行くなよ、と付け足し、


「それじゃ、解散だ!お疲れ!」


「お疲れさまでした!」


 レックは最後にもう一度、手を大きく叩いた。

 渇いた音を合図に、ダンジョンへの旅路が終了した。


(この後何をしようかな)


 せっかくの休み時間だ。休憩するもよし、先ほどの夕日を眺めるのもよし。せっかくのダンジョンだし、遺跡の周りを探索してみるのも良いかもしれない。

 ケンは今後の予定について考える。


「あれ、先輩たちじゃないっすか」


 考え込むように俯いていたケンの耳に、調子の良い高い声が入ってくる。その声のする方を見ると、背の高い、緑色の髪をした青年がそこに立っていたのだった。


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