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14話 『諍い』


「駄目だ」


 猛々しい腕に斧を構え、ライアンはスライムを睨みつけている。その凍り付くような視線を浴びたスライムは小刻みに震え、表情が暗くなっていくのがわかる。無理もない。その視線を向けられていないケンでさえ、身震いが止まらないのだから。


「ちょっと、どうしたの~。そんな怖い顔して~」


 凍り付いた雰囲気に似合わない、気の抜けた口調でメルがライアンに絡む。この空気を和らげるためか、ただの性なのかは知れたことではないが、そのおかげで強張った背筋が幾分かましになる。


「そんなに睨んじゃ、スライム君が可哀そうだよ~。あ、スライム君って呼ぶのも違うな。名前を付けてあげないと」


「メル、お前は黙ってろ」


 論点がずれているメルに対し、ライアンは低い声で怒鳴る。怒鳴るといっても、声量はなく、彼の威厳がそう聞こえさせる。

 スライムはその威圧に耐えかねたのか、鳴きながらメルの元を離れ、ケンの腕の中に身を隠す。

 メルの方も珍しく、肩を跳ねつかせていた。


「どけ、メル。そいつを叩き切る」


「いや、どかない」


 絶えず威圧をかけるライアンに対し、しかし、彼女も引かない。ここまでくると彼女も意地だ。梃子でも動かない意思が淡青色の瞳に宿る。


「いいからどけ」


「嫌だ。絶対にどかない」


「どけ!」


「やだ!スラチーが可哀そう!」


 す、スラチー?


 名前からして、ケンの腕の中でプルプル震えているこいつを表しているのだろう。勝手に名前を付けられて思うところはあるが、とりあえず今はどうでも良い。この場を何とかしなければならない。


 一瞬の間を置いたライアンは、こいつと会話しても無駄だと見切りをつけたのか、メルを押しのけて進む。梃子では動かなくても、ライアンには敵わないようだ。

 それでも食らい付こうと、メルはライアンの腕を必死に引っ張る。しかし、その甲斐なくずるずると引きずられる形となった。


「おい、坊主。そいつをよこせ」


 メルに引っ張られながら、それでもびくともしないライアン。彼は斧をスライムに向け、無言で脅しをかける。


「よこせと言っている」


 寄越してはならない。絶対にだ。ケンは首を振ってスライムを引っ込める。スライムは変わらずプルプルと震えている。


「そうか。ならば、力づくで奪うまで」


 スライムを鷲掴みにしようと、自分のより二回りは大きい腕を伸ばす。相手に力では勝てないことはわかっているが、どうにかして守ってあげなければと、一歩引いて手段を模索する。


「やめーー」


 しかし、そんな方法は思い浮かんでこない。一歩引いたところで、彼からは逃げられないし、取られるのも時間の問題だ。拙い、意味のない静止を呼びかけ、スライムにライアンの手のひらが迫る。


「ちょっと、待てって」


 そんなライアンの迫る腕が止まる。いや、彼にこの場で唯一対抗できる人間が、彼の腕をそれこそ力で止めたのだ。


 レックだ。レックはライアンの腕を掴み、ケンとの間に割って入る。


「いつも無口なのは変わらねえけどよ。今日はいつになく喋るじゃねえか」


「邪魔をするな、レック」


 レックを押しのけようと、体を倒して進もうとする。しかし、レックもそれなりに鍛えている身だ。そう易々と先を通させない。

 両者、睨み合いが続く。


「まぁ、いいじゃねえかよ。連れて行ってもよ。正直このスライムが何かするとは思えねえし、何かあってもどうにかすれば良いだろ。もしかしてスライム相手にビビってんのか?」


「常識を考えろと言っている。魔物をパーティに加えるなんてありえないだろうが」


「だからって、今この場で切り捨てなくてもいいだろ。ライアン、お前、いつからそんなお堅いキャラになったんだよ。それに自分より弱い相手に力づくって、みっともねえぞ」


「そうだ、そうだ!レック、もっと言ってやってよ!」


 互いに一歩も引かないレックとライアンの後ろで、メルが場違いにもヤジを飛ばす。いまだにライアンの片腕にしがみ付いているが、まったく意味をなしていない。

 そんなメルを他所に、レックは最後の一押しとして、腰に備えた長剣の鍔に触れる。


「なんでそんなにカリカリしてんのか知らねえけどよ。これ以上うだうだ言うんってんなら、ちょっと遊んでやってもいいんだぜ?」


 深青色の瞳がきらりと光る。そして、レックは掴んでいた手を放し、長剣の柄を握った。

 射貫かれるようなレックの視線を真っ向から受け止めるライアン。彼はしがみ付かれている腕に力を籠め、メルを一気に引きはがし、持っていた斧を構えなおす。レックの挑発に乗るつもりだ。


「ふん」


 しかし、すんでのところで冷静さを取り戻してくれたようだ。構えた斧を引っ込めて、レックの視線から目を逸らす。


「勝手にしろ」


 そして、レックの横を通り過ぎ、そのまま無言で先を進んでいく。ケンとすれ違う際、何かされるんじゃないかとビクビクしていたが、冷ややかな目で見降ろされるくらいで、特別何かされるわけではなかった。

 ライアンが遠ざかっていく。


「すまねえな。ケン。ちょっと恥ずかしい姿見せちまったな」


「いえ、そんなことは……」


 そもそも、ケンがスライムを仲間にしたいと言い出したことがきっかけだ。ここでレックを責め立てるのは筋違いというものだろう。レックは何も悪くない。


それに、


「あの、レックさん。ありがとうございます。この子を助けてくれて」


「チ!!」


 スライムを助けてくれたのだ。むしろ感謝の気持ちしかない。

 腕の中でスライムもぱっ、ぱっと二回明るくなり、感謝の意を示している。


「いやいや、いいってことよ。もともと俺も反対してたわけだしな。まあ色々言っちまったけど、よろしく頼むな!スラチー!」


「チィ!」


「あ、その名前使っていくスタイルなんですね」


 スラチーという名前が定着してしまったようだ。

スライムーーではなくスラチーの方もピカピカ光ってるし、気に入っているようなので、もう何も言わないが。


「あの、メルさん。大丈夫でしたか?」


「ん?あー、うん。大丈夫だよ~。ありがと!」


 メルは、気の抜けた口調でこちらへ向かってくる。この調子だと怒鳴られたことはまったく気にしていないようだ。


「それにしても、ライアン。今日やっぱりちょっと変だよね。無口なのは変わらないけど。何かあったのかな?」


「さぁ、どうしたのかねー」


 メルの問いかけに、レックは両肩をあげて心当たりがないことを示す。

 二人にも原因がわからないのだ。ライアンがどうして機嫌が悪いのか、ケンが理解できるはずもない。 

 だが、スラチーに対する感情は一時的な物で、いつかきっとこの可愛さがわかる日が来る。っと勝手に信じ込むことにする。


「まぁ、ライアンのことは置いといて、俺たちも早くいかねえと、日が暮れちまう。この話はこれでおしまいだ。さっさとダンジョンに行くぞ」


 手を叩き、先を急ぐレックとそれに続くメルの背中を眺める。

 色々とごたごたしたが、何はともあれ、スラチーが仲間に加わったことにケンはほっとしたように息を吐く。


(あれ、なんか安心したら、眠気が……)


 一件落着と思ったその時だった。

 意識が朦朧とし始める。視界が定まらず、魂だけが遠くに飛んでいってしまいそうだ。


「チ?……チッ!」


 スラチーのぷにぷにの感触がなくなっていく。いや、違う。落としてしまったらしい。

 世界がぐらつき、どこが地面かわからなくなる。そして、そのまま横からの衝撃を受ける。


(ごめんね、スラチー。痛かったよね)


 スラチーが鳴きながら、自身の顔に近づいてくる。レックやメルも駆けつけて何か言っているような気がするが、聞こえない。


 そして薄れゆく意識の中、ぷつりと途切れる音が聞こえた。そこからは何も覚えていない。


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