13話 『新たな仲間』
スライムの触手がケンに襲い掛かる。ケンは身動きが取れず、反射的に目を閉じる。
(やばい、来る!)
恐怖を覚えたケンの体は凍り付き、続く痛みに備えるために歯を食いしばる。
レックですら仕留め損ねたスライムの本気だ。歯を食いしばっていても、攻撃を受けたら大惨事になるだろう。
(いたっ……ってあれ?)
しかし、襲い掛かってくるはずの激痛が、いつまで経っても訪れない。
絶対に殴られると思い込んでいただけに、痛みを錯覚してしまった。
(何この、感触は)
何やらぷにぷにと柔らかい感触が手に伝わってくる。抱き心地がよく、ヒンヤリとした感触。
ケンはゆっくりと目を開き、紅の瞳で事の次第を確認する。
「チ、チー?」
「ん?」
真下に甲高い、可愛らしい鳴き声が聞こえる。あのスライムだ。あのスライムが、今目の前にいるのだ。しかも、いつの間にかスライムを抱っこする形となっている。
スライムは訳が分からないと言わんばかりに語尾を上げているが、ケンはさらに訳が分からない。どうしてこんな状況になったのだろうか。
「チィィ」
「お前……」
本来ならば、もっと警戒すべきなのだろうが、そのような気は一瞬にして消え去った。このスライム、ケンの腕の中で居心地よさそうにしているからだ。敵対心の欠片もない。
「もしかして」
驚きすぎてて気づかなかったが、スライムは伸ばした触手でケンの手の甲を撫でまわしている。ケンが短剣を握っていた方の手だ。
優しく、労わるように擦っているのがわかる。
(いや、そんなはずは……でも)
こんなこと、あり得るのだろうか。しかし、心の奥から湧き出る推測。確かめずにはいられない。
ケンは恐る恐る、その推測を言葉に変えた。
「仲間になりたいのか?」
「チ!」
スライムの顔が、パッと明るくなる。これは比喩などではなく、実際にただの青色が、明るい青色になったということだ。
もしかすると、もしかするかもしれない。もう少し確かめてみる。
「え、えーと。やっぱり、仲間にしない」
「チ……」
スライムの顔が暗くなる。どことなくしょんぼりしているように見える。
「仲間にしようかな」
「チ!」
スライムの顔が明るくなる。
「やっぱやめた」
スライムの顔が暗くなる。
「仲間に入れてあげよう」
明るくなる。
「と思ったけど、やっぱ無理」
暗くなる。
やっぱりそうだ。間違いない。このスライム、仲間になりたがっている。ここまでやれば誰だってわかる。どう考えても、そうとしか見えない。
「おうおう。なんか面白れぇことになってんじゃねえか」
レックが長剣を鞘に納めながら歩いてくる。ケンとスライムのやり取りを見て、若干の笑みを浮かべている。
「レックさん。なんかこのスライムが仲間になりたがってるみたいなんですけど……」
「そうみたいだな。俺も、こんな光景初めて見たからよ。さすがにビビったわ」
レックは金髪を掻き、唸るようにして目を瞑る。どうやら、スライムの扱いについて考えているみたいだ。
「あの、レックさん」
「なんだ?」
「このスライム、仲間に入れてあげたいです」
今もなお、ケンの腕の中でしょんぼりしているスライムを、どうにかしてパーティに加えたい。ここ数分で、ケンはスライムに対して印象がかなり変わった。よく見たら可愛らしいし、このまま抱きしめたくなるような愛嬌がある。
それに今思えば、出てきた当初からずっと仲間になりたかったのだろう。
あれだけの機動力を持っていながら、攻撃ではなく回避にばかりしていた。そして飛び跳ねていたのも煽りではなく、仲間になりたいアピールだったのかもしれない。
そんなスライムに健気さを感じたのだ。
「でもなー、スライムと言っても魔物だしな。それにこいつ、俺の剣を避けやがったしな」
しかし、レックは否定的だ。スライムに攻撃を避けられ、プライドが傷ついているということも相まって、決断を渋っている。
「お願いします!ちゃんと毎日世話もしますし、散歩にもいかせますから!」
「いや、ペットじゃねえんだぞ」
「ね、メルさんもそう思うでしょ?」
このままでは入れてもらえないと、メルの後押しを頼る。メルならば、この思いを理解してくれると思ったからだ。
「あの……メルさん?」
しかし、メルからの反応がない。俯いているばかりで様子がおかしいと感じたケンは、メルの顔色を伺う。何やらぼそぼそと呟いている。
「かっ、」
「か?」
聞き取れず、ケンは眉を顰めて耳を傾ける。するとメルは急に面を上げて、スライムの頬を手で覆ってきた。
「かわいい!」
今日一番の盛大な声をあげ、スライムの頬をこねくり回す。引っ張ったり、つついたりしているメルの姿はかなり楽しそうである。
「何この生物。チョーかわいんですけど!あはは、ぷにぷにしてる!ねえ、ちょっと貸してよ」
勢いに飲まれて、ケンは何か考える暇もなくスライムを引き渡す。そして、受け取ったメルはスライムを両手で抱え、互いの頬がつぶれるほどの頬ずりをする。
スライムも最初の方は少し嫌がっていたが、慣れてきたのか。逆に満更でもないと言わんばかりに色が明るくなっていく。
(えっと、これはつまり)
気に入ってもらえたということでよいのだろう。
ケンは二人の楽し気な雰囲気を見つめ、これは好機だと認識する。
「ねぇ~。レック。この子連れて行こうよ~」
するとケンの考えを代弁するかのように、メルがレックにおねだりをしてくれた。スライムも、ぎゅっと抱きしめられたまま、仲間になりたそうにレックを見ている。
「僕からもお願いします!」
三人、厳密にいえば二人と一匹の切望の眼差しに、レックは目を瞑る。どうしようか迷っているようだ。しかし、その迷いも決断されるのにそう時間はかからなかった。
「まあ、お前らがそこまで言うんだったら、別にいいぜ。同行を許可してやろう」
ぱっと明るくなるスライムに、やったと歓喜の声をあげるメル。ケンも許しを得られて、ほっと胸をなでおろす。
「ただし、だ。今後、そいつが変な行動をしたら、容赦はしねえから覚悟しとけよ。そん時は避けさせはしねえからな」
スライムに指差し、念押しをする。どうやら、避けられたことをまだ根に持っていたようだ。
釘を刺されたスライムは、そんなことしないよ、とでも言いたげに首を横に振った。この場合、スライムに首はないので、顔を振ったという方が正しいが。
「この話は以上だ。もうあんまりゆっくりしてる暇はねえ。先を急ぐとしようぜ」
レックは空を軽く仰いで、太陽の位置を確認する。
出発してから日も少し傾き始めている。予定通りに事を運びたいレックは、急ぎ足で旅路へとつく。
「よろしくね~」
「チィ~」
メルはべったりとスライムにくっつき、離れようとしない。スライムもスライムで、抵抗することなく居心地よそうに抱かれているので、ケンはもにゅもにゅしたい気持ちを抑え、彼女らと共にレックの後に続く。
こうして、レックご一行は再びダンジョンへと向けて、歩き始めたのだった。
ーーただ一人を除いて
「駄目だ」
他を押しつぶすような、野太い声がケンたちの背中を刺す。今まで無口であった彼からの冷ややかな一言。
ケンたちは立ち止まり、彼の鋭い視線を感じながら、ゆっくりと振り返る。
振り返った先でケンが目の当たりにしたのは、斧を構えた筋骨隆々の巨漢がケンたちーー否、スライムだけを睨みつけている姿であった。




