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10話 『ファイヤーボール②』


「すごいよ!ケン君!」


「へ?」


 予想だにしなかった言葉に、今度はケンのほうが唖然とする。彼女だって似たような技が使えるのに。どうしたらそんな話になるのだろうか。


「あの。それはどういう……」


「いや~。驚いたよ~。だって一発でできちゃうんだもん」


「へ?」


(どういうことだろう。確かメルさんは、超簡単な魔法だって言っていたような)


「一発でできたってどういうことですか?っというより、火を消してくださいません?」


「あっはは。ごめんごめん」


 メルは先ほど放った魔法『ウォーターボール』で、引火した火を消した。

 水の蒸発する音が鳴る。


「いやね。この魔法確かに基礎魔法なんだけど、普通の人は数日かけないと覚えられないんだよね~。一日で覚えられるだけでも結構すごくて、ましてや一発で放てるなんて思ってみなかったよ」


(なるほど。そういうことか)


 ケンは顎に手を添え、首を縦に振って納得する。なるほど、魔法を覚えるのは思った以上に難しいことだったらしい。

 確かに手が燃えそうなくらい痛かったし、気を失いそうにもなった。それなりに習得が難しいのも頷ける。


「もしかしたら、ケン君には魔法の才能があるのかもね!」


「いやいや、そんな買いかぶりですよ。きっとまぐれだったんです」


 開いた手を大袈裟に振るケン。そしてそれを否定するように、メルも顔の前で手を振る。


「いやいや、謙遜しなさんな~。ほんとにすごいことなんだから!お姉さんが保証したげる」


 なぜか偉そうに胸を張るメルに、そこまで言われては何も言えないケンは、そそくさと撤退する。実感は湧かないが、あまり否定してても仕方がない。


「まぁ。それはそれとして」


 歯切れの悪そうにしているケンをよそに、メルは地面に置いていた杖を拾い、何やら念じ始めた。ぼそりとつぶやいた感じから、町を出発する前にやっていた『ブレイク・シール』とかいう封印魔法だろう。そして、杖先の赤い玉から何やらポーションのようなものが現れ、メルはそれをケンに差し出した。


「はい、これあげる」


 ケンは手渡されたポーションを受け取る。手のひらサイズの瓶に紫色の液体が入っている。


「これは、ポーションって奴ですか?なんか回復とかできそうな感じですね」


「そうだね~。まぁ回復できるのはHPじゃなくてMPの方なんだけどね」


 当てずっぽうで言ったことが当たった。

 ケンはもらったポーションの瓶の注ぎ口付近を摘み、横に振ってみる。液体がゆらゆらと波打つ。


「さっき魔法使ったでしょ?ケン君、初めのころはMP少ないから飲んでたほうが良いよ」


 口調が穏やかではあるが、たぶん飲めってことだろう。ケンは木の陰に染まるポーションをじっと見つめる。

 紫色といっても反対側が透けるほど薄い。化学薬品に近い見た目をしたそれは、薬というよりかは毒に見える。


「ん?どうしたの~?」


「い、いえ」


 もう少しだけ、瓶を眺める。

 初めて見るものだ。しかも色合いが妙に気になる。


(多分、問題ないとは思うけど……)


 固唾をのんで、瓶の口の栓を取り、匂いを嗅ごうと顔を近づける。するとほのかに漂う甘い香りが鼻腔をくすぐってきた。


(あれ?もしかして)


 意外といけるかもしれない。いや、回復薬というくらいだから、おいしいとまではいかないだろうが、少なくとも変な物が入ってたりはしないだろう。

 少し警戒していたが、杞憂だったらしい。


「飲まないの?」


「いや、飲みます」


 今一度、ポーションを見つめる。そして一拍おいて意を決したケンは、勢いよく瓶に口付け、中身を飲む。

 粘り気のない、さらっとした感触が喉の奥底へと流れ込んでいく。


(これは!)


 途中で咳き込み、その場に蹲るケン。一気飲みしてむせたわけではない。

 さらに薄くなった紫色が緑の草むらを汚す。


「えっ?ちょっと、ケン君!」


 苦い。ただただ苦い。とんでもなく苦い。

 焼ける痛みがケンの舌を襲う。頭がグワングワンと悲鳴をあげ、真っ白になる。


「うぅ」


 呼吸がうまくできない。何かに塞がれているようだ。

 ケンは空気で舌の痛みを誤魔化そうと、口をだだっ広く開ける。


「大丈夫!?」


 咳の止まらないケンの背中をメルがさする。そのおかげか少しだけ呼吸が楽になった。


「もう、ケン君ったら~」


 舌の痛みも引いていく。何とか持ち堪えたみたいだ。

 ケンは覚束ない呼吸を整える。


「あんなに大量に飲んだらダメじゃん」


「そ、れって、どういう……」


「ポーションは一気に飲むんじゃなくて、小分けにして飲むんだよ。それはあんなに飲んだら、そうなるよ」


 そういうことは早くいってくれ、と思っても後の祭り。無知の恐ろしさをその身に感じ、今度はもっと警戒してことにあたろうと猛省する。

 ケンは草むらに唾を吐き捨てる。行儀が悪いとかはいっていられない。今はそれどころじゃない。


「大丈夫?」


「もう、大丈夫です」


 しばらくして咳の収まったケンはゆっくりと体を起こし、呼吸を完全に整える。それを見たメルは背中をさするのを止めて立ち上がった。


「死ぬかと思った」


 まだ舌に苦みが残っている。しかし口直しできるようなものはなさそうだ。

 このポーションと言い、兵糧丸と言い、どうしてこう異世界ではこんなものしかないのだろうか。その点に関してだけは、前世が恋しくなる。もうそのためだけに帰りたくなってきた。無理だけど。


「ねぇ。思ったんだけど~」


「はい?」


「ケン君って、天然だよね~」


「ん?」


(天然?)


 突拍子もない言葉に首をひねる。

 今、天然呼ばわりされたが、前世ではそんなことは言われてことがなかった。だから、そう言われたことに、少しだけ違和感があったのだ。


(でも、そうか)


 この世界に来てからの自身の振る舞いについて顧みる。すると、確かにこの世界の人間からしたら、奇行に見えることが意外と多いことに気が付いた。


「あー……あ!あ~、はい。はい。そうですね。よく言われます」


 違う。本当は違うんです。

 そう声高に叫びたい気持ちを抑え、あえてぼかすようにして肯定する。

 実は前世が高校生でトラックに轢かれて転生してて、こちらの世界のことがわからないんですよ、なんてこと言っても通じるはずがないのだ。そんなことを言っても、こいつ頭おかしいんじゃない認定をされるか変人扱いされるのが関の山である。のでここは話に乗るしかない。


「あー、否定しないんだね~。まぁいいけど」


 メルは思い出したように手を差し伸べる。その手を取り、ケンも立ち上がった。


「でもな~。本当は、もうちょっと訓練してからレックたちと合流しようと思ってたんだけどな~。どうしよっかな~」


 それから目を閉じ、細い腕を組んで考え込むメル。

 その様子を眺めていると、何かを閃いたように目を開ける。


「あっ。そうだ」


 次の言葉を待って思い付いた内容に耳を傾ける。しかし、彼女は続きを言うどころか、なぜかニマニマとほくそ笑んでいる。それがどうも歯痒い。


「何か思いついたんですか?」


「そうなんだけど~」


 勿体ぶる仕草に歯痒さが増す。彼女は何が言いたいのだろうか。


「その内容とは」


「それはね~」


 こくりと頷く。

 彼女はたっぷりと間を開け、声高に


「秘密!」


 とだけ告げる。

 喜劇なら転げ落ちそうな展開に、ケンは項垂れる。


「えぇ。なんか怖い」


 またよからぬことでも企んでいそうだ。ケンは警戒を露にする。そんなケンの背中を軽く叩き、彼女は微笑む。


「まぁまぁ。気にしなさんな。とりあえずやることもないし、レックたちと合流しよう!」


 不可解な言動に納得のいかないケンは、それでも先へと歩き出すメルのペースに翻弄され、渋々後を付いていくしかなかった。


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