想定外の襲撃者
「ブラッド! 緊急事態だ! ――――開けるぞ」
「なんだ?」
グレンがブラッドの部屋の扉を蹴破る勢いで入ってくる。その顔に焦りはないが、引き締まった表情をしている。
「監視対象に襲撃者だ」
「は? セシリアが襲撃されたのか?」
自分の部屋でラフな格好でリラックスしていたブラッドは気の抜けた顔で、突然入ってきたグレンを見る。ブラッドは聞き間違いかとグレンに聞き返す。まさか第三者から襲撃されるなぞ、カルト側も監視側も想定していなかった。
「違う。カルトと思われる容疑者が襲撃を受けている」
「おいおい、軍か警察の暴走か?」
だから軍と警察との共同作戦は面倒なんだとブラッドが不満を漏らす。だがグレンはブラッドの愚痴を否定する。
「いや、不明だ。襲撃者の姿は確認できていない。ただ戦闘音と悲鳴が確認された。すでにセシリアが囚われていると思われる女性の捜索を開始している。俺達も強化スーツに着替えて向かうぞ」
それだけ伝えるとグレンも自分の部屋に着替えに戻る。
「あいよ、どこのどいつか知らんがオレの獲物を盗るとはいい度胸だ」
カルトに対して復讐に近い感情を持つブラッドの内から、冷淡な言葉が零れる。
燃え上がるような不気味な夕空に警察車両のサイレンが響く。軍の歩兵アーマー――グレン達の強化スーツの急所を保護する程度の装甲と違い各部装甲が厚い物――を着た兵士が現場を囲い、警察官が一般人の誘導を進めている。
物々しい雰囲気が漂う街に冒険者達も各々の装備に着替えて管理局に集まり始めていた。
「ファーストの援軍に来たセブンスとフィフスだ。状況は?」
冒険者用とは違う、軍のエージェントとしての武装を纏うグレンとブラッド。その顔には素性を隠すために仮面を被っている。
グレンは戦闘が起こっている現場を取り囲む、軍の指揮官と思われる男に話しかける。男はどこからみても怪しい恰好をするグレンに一瞬訝しむが、胸の所属部隊を示す部隊章を見て警戒を解く。
「十分ほど前に奴らが液体を撒いてから膠着状態、銃撃音は聞こえていない」
「液体? 油か可燃性の危険物か?」
「無臭で火災は起こっていないことから違うだろう」
今は戦況が落ち着いている現場に火の手は上がっていない。グレンは目的の大きな建物を確認する。表向きはとあるクランの所有となっている10階建てのビル。どうやら名前だけ売って、中身は楽園派の隠れ蓑になっている可能性があった。
「ふむ、戦闘音が止んだという事は襲撃者に効果的なモノなのか、状況はわかった。あそこに潜んでいるのがカルトである証拠は掴めたか?」
「状況証拠だけだがな。出入りしている人間を警察と軍のデータベースに参照した結果、黄昏症候群と思われる人間のリストと一致した」
それを聞いたグレンが頷く。本来ならすでに警察か軍が戦闘を鎮圧するため乗り込んでも法的にも問題ない。ここで軍が手をこまねいていたのは、カルトの持つ情報の秘匿と自爆覚悟でマナ災害を起こす事を警戒してだ。。
「頬に傷痕のあるスキンヘッドの男は見たか?」
「いや見てないな。そいつが主犯か?」
指揮官の男にガーロンドについて尋ねる。軍と警察には主犯の男について情報をあえて伝えていない。カルトの現場指揮官である傷痕の男を確実に仕留める、あるいは捕獲するためだ。
「……」
「いや、すまない。任務内容を聞くつもりはない」
グレンの沈黙に、指揮官の男が即座に謝罪する。グレン達は軍のエージェント。その任務には暗殺や情報の抹殺も含まれる。それが国にとって重要な仕事であると理解を示す男は「何も聞かなかったことにしてくれ」と伝える。
「そうしてくれ。任務を不用意に漏らす訳にはいかない」
「全くだ。こちらから提供できる情報は以上だ」
「了解した。任務の協力に感謝する。あとはこちらに任せて、引き続き民間人の保護を頼む」
二人は敬礼をして別れ、グレン達は厳重な包囲網を一瞥して敵のアジトへ向かう。
グレン達がビルに入って待ち受けていたのは、一面血だらけの惨殺現場だった。腕や足、人間だったモノが飛び散る地獄にグレンは眉を顰める。
「襲撃者は銃を使わないのか」
「随分鋭利な刃物だな、断面が鋭すぎる。ただの人間の襲撃じゃねえな」
ビルのエントランスにはおびただしい量の弾痕が残るが、死体に残るは斬殺の跡が多い。ただそれにしても弾痕の位置がおかしいとグレンは感じる。射線の跡をなぞると襲撃者を集中して狙った形跡ではなく、狂ったように乱射したように見える。
「どうやらその襲撃者さんは透明人間みたいですよ」
柱の陰からグレンと同系統の強化スーツを着用した仮面の女が現れる。それがセシリアであることは声を聞けばすぐわかる。ビル内を調査しているはずの彼女が現れた事に疑問を持ちつつも、相手側にも耳の良い獣人が居る可能性を考慮して防諜結界を張る。
「透明人間だぁ? 襲撃者もアーティファクト持ちかよ。できればオレ達とは敵対しないでもらえると助かるんだがな」
「襲撃者の存在は確認したのか?」
そう尋ねるとセシリアは否定し、「ここでしか確認してないわ」と立派な狼の耳を叩く。どうやら彼女はここでテロリストの会話を盗み聞いて情報収集していたみたいだ。テロリストも防諜用の結界を張っているが、戦闘でその結界に綻びが出ていた。
「姿の見えない襲撃者が上階にいるテロリストを封鎖していてくれているので、状況が動かない限りグレン達の到着を待つことにしました。逃げ出そうとする連中を拘束しながら――」
小部屋に視線を向けるセシリアに、グレンもそちらを見ると数人の男が拘束用のロープでぐるぐる巻きにされていた。
「先に探索してなかったのか?」
「残念ながら。探そうにも、このビルには地下が存在していると言えばわかるでしょ?」
「片方側を捜索してる間に脱出されるわけにはいかないな」
ブラッドの疑問にセシリアが若干上から目線で答える。ブラッドに遠慮した今朝とは違い、いつもの調子に戻ったみたいだ。
「そういうこと。襲撃者はある階層で対策を取られて足止めを受けています」
「透明対策に液体を撒いたわけか」
襲撃者の透明化は視覚のみらしい。音に関しては不明だが、少なくとも液体を撒けば対策できる程度の隠密性能であることが分かった。
「話を聞く限りはただの水を撒いてるみたいですが、追いつめられたら何をするかわかりませんよ?」
「わかっている。解毒用のポーションは持っているな?」
液体には注意を払うようにセシリアが助言する。『彼女』のいるかもしれない場所で毒物を使うとは思えないが、狂信者に常識を当てはめて行動を予測するのはバカのやることだ。
ブラッドとセシリアが汎用の解毒ポーションを所持していると確認して、調査を始めることにした。
「担当はどうしますか?」
「ファーストは地下の調査。フィフスは上階に上がりつつテロリストの殲滅、選別はしっかりしろよ」
「そこまで面倒くさがらねえよ」
ブラッドの聖剣には罪人の識別を可能とする能力がある。それゆえにテロリストかそれ以外か判断はすべてブラッドに任せる。地下に別行動するセシリアは念のため拘束、敵対した場合は処分することになる。
「俺はブラッドの支援と『彼女』とやらの捜索を行う」
「「了解」」
「では行動開始」!
三人はそれぞれの役割に移る。