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傷痕の男

連続更新しちゃったり、あと一回投稿しようかな

「しっかりしろ、グレン! 聖剣の封印を外せ!」

「ぐっ、痛ってぇ」


 グレンはブラッドに殴られた衝撃で現実に戻ってきた。悪魔の祭壇と密閉された祭儀場。この場に満たされたマナが見せた、血に塗れた獣人の姿が掻き消える。


「『第一限定解除。喰い散らせ、マナイーター!』」


 複数ある封印の内一つ目が解放された。それと同時にマナイーターの表面に爬虫類の鱗が現れ、魔石が蛇の目のような瞳孔を開き周囲を覗く。金属で出来ているはずのガントレットにどこか生物染みた感触を感させられる。


「無事か?」

「すまん、助かった。ぎりぎりこいつの解放が間に合ったみたいだ」


 軽くグレンに叩かれたマナイーターは「感謝しろよ?」とでも言いたげに表面の鱗を波打たせる。

 底なしなマナイーターの胃袋が人間に耐えられるレベルまでマナを取り込み、グレンは一息つく。彼がマナイーターに礼を言って再び封印を施すと、蛇の鱗と目が消えていった。


「とりあえず応急処置はできたみたいだな」

「ああ、どこかに手掛かりがあれば良いんだが……」


 冷静を取り戻したグレンは改めて祭儀場の観察を行う。周囲に生き物の気配はない、さきほど見た獣人の姿も。


「悪魔崇拝の隠された祭壇ってところか」

「それ以外に考える余地がなくて助かるな。だがさっきのマナの量はすでに何かやった後か?」


 辺りを調べているグレンが頭を振る。その表情は暗く手掛かりは無さそうだ


「いや、セーレを呼び出したならマナは消費されるはずだ。少なくともあれ以上の濃度の中で儀式ができるはずがない」

「それもそうか。ここ以外に部屋は――――無さそうだな」


 ブラッドが祭儀場の壁を叩いて反響音を確かめる。壁の向こうは土か何かのようで、何かしら詰まっている音が返ってくる。

 ここまでたどり着いたはいいが、グレン達が得た情報は奴らが関与している確信と悪魔を呼び出そうとしている事だけ。じりじりと迫り来る危機感にグレンは焦りを感じる。


「マナから情報を取り出す」

「やるのか? まだもう一つのダンジョンもあるんだぞ」

「やつらはすでに魔法に手がかかっている。手遅れになる前に少しでも情報を集める」

「――無理だと思ったらすぐに引けよ」


 ブラッドはマナ酔いと自身が見た幻覚に顔を青くしているグレンの身を案じる。マナから情報を得るのは諸刃の剣、黄昏症候群に自ら突っ込む行為は廃人になる危険があった。


「さて、共鳴するマナはさっき取り込んだモノで十分。頼むぞ、マナイーター」


 グレンの聖剣が喰らったマナから記憶を読み解く。少しずつマナイーターに溶けて消えて残片となっていく記憶を探る。

 ブラッドが見守る中、グレンは意識を深い場所に落していく。




(灰色のローブに顔はフードで見えないか。白銀色の紋章を祭壇に掲げて、何を言っている? ――呪文……か。獣人の生贄を捧げて何をする気だ)


 グレンの意識はカルトの儀式へと遡る。どうやら祭壇に寝かされた犠牲者の視覚を共有したらしい。動かせない視界で一つでも多くの情報を持ち帰るために片っ端から状況を暗記していく。


「願望の悪魔セーレよ。贄をここに捧げ、顕現する事を望む―――――」

(うっ、きついな。だが共鳴率が低い……、マナイーターが制限を掛けているのか。それでも奴の声だけはなんとか聞き取れる)


 主犯と思われるリーダーの男の声は辛うじて聞き取れる。おそらくそいつに対して特に感情が集中しているからであろうとグレンは推測する。他の仲間は存在が曖昧であるが、リーダー格はしっかりとそこに存在している。

 儀式が進むと共にグレンの体中から激痛が走る。


(――――ァ゛ア゛ア゛ア。――視界が……変わった。さっきの視界の主は死んだのか)


 儀式が終わり、突然祭壇を見上げる視界に切り替わった。さっきの視線の元を追うと、祭壇の上で息絶えた羊の獣人の亡骸が転がっている。


「ふむ、やはり失敗か」

「――――――――――、―――――――――」


 コップに開いた穴から水が零れるように、亡骸から外へマナが流れる。その拍子にリーダー格の男のフードが若干捲れ上がる。

 男はすぐにフードを被りなおし、仲間か部下かと何か話している。


(見えた! スキンヘッドに頬には大きな傷痕。冒険者か軍人崩れか)


 ローブの上からでも分かる鍛えられた肉体、顔にある傷痕は魔物の爪痕に酷似している。これでカルトを追えると共鳴を切ろうとするが、傷痕の男は気になる事を口にする。


「やはり彼女を使うしかないか」

「―――――――――――」

「それは仕方あるまい、可能性の低いあちらより、現実的なこちらを優先する。だが実験台はまだ残っている」


(彼女? 依り代に使う被害者か。「可能性の低いあちら」ってのはティアマトの事でいいのか……)


 傷痕の男がグレンを見る。これ以上は危険しかないと判断したグレンはマナイーターに命じて共鳴を切った。


(次の儀式はやらせねえ。その面、たしかに覚えた)




「帰ってきたか」

「なんとかな。収穫は十分にあったぞ」

「そりゃ朗報だ。オレとしてはさっさと王都に帰って旨い酒が飲みたいね」


 目覚めたグレンが体を起こそうとするが、共鳴の後遺症である幻肢痛に似た痛みで再び地面に倒れ込む。


「成果に関してはファーストと合流してからでいいぞ」

「そうしてくれ。少し休憩したらエントランスの転移陣から帰還する」

「りょーかい」


 グレンは大きく息を吐いて目を瞑る。自分の中に混ざろうとする犠牲者の憤怒や恐怖を跳ね除け、自我を確立する。


「ここに見張りは必要ないのか?」

「要らないだろう、奴らの目的は依り代を使った悪魔本人の召喚だ。儀式のできるタイミングは決まっている」

「一番面倒なパターンか」


 悪魔の召喚は力や権能の貸与、アーティファクトや本人の顕現の順番に儀式の難易度があがり条件が複雑になっていく。

 総じて悪魔召喚と呼ばれる魔法は簡単な物ならマナと少量のコスト、困難なモノは月齢と時間帯も条件になる。それはカルト達がやろうとしていることにも当てはまる。


「最悪なのは悪魔の召喚に成功した場合だ。そうならないように確実に仕留めるぞ」

「イエッサー、死神の職務を全うさせてもらおうか」

 

 セカンドの応援要請をしといた方が良いかと考えるグレンの横で、ブラッドは軽い調子で腰の小さな死神の鎌の柄をカツンと叩いた。

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