愉快な仲間達
ティアマトの事件から一週間後。
後始末はゼロと国に任せて、グレン達はクランの本拠地がある王都へ帰ってきた。
ブラッドとルルリアはそれぞれ観光してから帰ると、ふらっと行方を眩ませた。
「なんだかんだ帰ってきたと思えるな」
「休暇中の人次第で騒がしいのが玉に瑕ですけどね」
アンダーエールの本拠地――クランハウスは王都の街中に立っている。地下には訓練所等々の冒険者に必要な施設が存在し、地上部分はホテルに近い間取りとなっている。
「ただいま、施設長」
クランハウスのエントランスには一人の女性が待っていた。エルフの女性は入ってきたグレンとセシリアに深々と頭を下げて出迎える。
「グレン様、セシリア様。御無事の帰還、嬉しく思います。短くはありますが、休暇の間のお世話は我々にお任せください」
スーツ姿の彼女はこのクランハウスを預かる施設長であり、問題児を叱りつける寮母のような女性であった。表情豊かというわけではないが、メンバーからは頼りになる女性として慕われている。一部の問題児は例外として。
「ありがとう、今回も世話になる」
部屋に持っていく荷物とは別に、二人は聖剣の入ったケースを施設長に預ける。
「いつもありがとうございます」
二人が帰還の挨拶を済ませ、自分の部屋に戻ろうと思っていた時、エレベーターが一階に降りてきた。到着の電子音がして扉が開くと、中からダークエルフの女性が飛び出してきた。
「グレン様!」
「イリーナも帰っていたのか……」
グレン限定でダークエルフの問題児、第三聖剣ドラゴンスレイヤーのイリーナ=リーンベル。褐色の肌に銀の髪をしたエキゾチックな美の女神と見間違う美女ではあるのだが、中身が残念だった。
「お帰りなさいですわ、お怪我はしませんでしたか? それとイリーナではなくイリーシャとお呼び下さいと何度も言っていますのに……」
「断る! 怪我もただのかすり傷だ。だから、それ以上近づくな」
グレンだけにパーソナルスペースの狭いイリーナは、手を伸ばせばすぐ触れ合う間合いにまで近づいて怪我がないか確かめる。グレンが口を滑らし「かすり傷」と聞くと、イリーナは舌なめずりして怪我の場所を探そうとする。
「まあまあ、どこに怪我を――――キャッ……。グレン様、触れていただけるのは嬉しいのですが、これは俗に言うアイアンクローでは? ――――ア、ピギィ!」
グレンの制止も聞かず、体にペタペタ触れるイリーナの頭を掴んで動きを止める。ダークエルフの頭を掴むグレンの手が涎で濡れている気がするのは、気のせいだと思いたい。
「そこまでです、イリーナ」
「あらあら、雌犬も御一緒でしたか。どこぞの野良犬かと思いましたわ」
「グレン……斬ってもいいですか?」
頭を掴まれたままハアハアと気持ちの悪い呼吸をするイリーナに、セシリアがストップをかけた。けれどグレンと一緒の任務に出ていたセシリアに、嫉妬の黒い笑みでイリーナが挑発で返す。
「頼むから、部屋でゆっくりさせてくれ」
「畏まりました」
イリーナの頭を放し謎の液体で汚れた手を拭きながら溢した、グレンの心からのボヤキに施設長が応える。よく見ると、タオルを渡してくれたすまし顔な彼女の額には薄っすら青筋が立っていた。
「あ、ナーシャ? ごめんなさい、少々調子に乗って――ひゃう」
――ナーシャが居たんだった、そうイリーナが思い出したころには遅かった。イリーナは施設長に首根っこを掴まれ、管理人室に連行される。
「しばらくは解放されないだろ」
「今のうちに部屋に戻って鍵を掛けましょう?」
さすがのイリーナもクランの備品を壊す真似はしない――、おそらく。
男女で階層が分かれるためセシリアとは途中で別れて、グレンは自分の部屋のある男子階でエレベーターを降りる。
自分以外に休暇中の人間はいないのか、あるいは寝ているのか。人の気配がしない廊下を自分の部屋の前まで歩く。窓から見える外は雪が降り始め、本格的な寒さに襲われる前に帰ってこれたことにグレンは運が良いと思った。
「グレンさん、おかえりなさい!」
「……なぜここにいる」
グレンの部屋にはメイド姿のコトハがいた。その後ろにはカグラがエプロン姿で顔をだす。
「わたしもいるよ?」
結局聞き忘れていたセシリアの隠し事はこれだったのか。グレンは部屋にいる二人の姉妹に、忘却の彼方だったセシリアの隠し事を知った。
「どっちの企みだ」
関わっているのはゼロとセシリアしかいない。大方セシリアだろうとグレンは思っているが、ゼロの可能性もある。
ゼロが彼女達を雇った事をわざわざ隠す理由がない、そんな悪戯を仕掛ける性格でもないのだが……。単純にゼロが今すぐ伝えるべき内容でもないと、伝達を後回しにした可能性は十分にある。
「えーっとセシリアさんが『黙っていた方がドラマチックでしょ』って」
「あの脳内少女漫画娘が……」
コトハがセシリアにアンダーエールへ誘われていたのはセーレの儀式前。つまりこのサプライズはグレンがセシリアの秘密を暴露した報復でもあったのだが、本人は暴露された事を忘れていた。
「迷惑でしたか?」
「いや、ここにいるということはゼロに許可はもらったんだろ?」
「はい。私はシャラの、カグラはセーレの聖剣使いとして所属しないかと」
今頃、ふたつの封印珠は軍直下の研究所で適切な聖剣への開発が進められている。どのような形になるのかは、本人――本悪魔次第である。姉妹はそれまで、クランハウスの施設で訓練を受けることになった。
「どういうつもりなんだ?」
グラシャラボラスは構わない。あの犬は最初の暴走を除けば協力的な存在だった。問題はセーレだ。あれが何を考えているのか、今もグレンには理解できない。
「だめだった?」
グレンが自分達が決めた事に反対だと、勘違いしたカグラが心配そうに彼を見る。
「ゼロの思惑が気になっただけだ。君たちの体質を考えれば、自衛力を持った方が良いだろう」
これからも狙われる可能性があるならば、自衛力を持つことにグレンが反対するはずがない。安堵するカグラの頭をコトハが撫でる。グレンとの付き合いが短い――というより事件後、一度顔合わせした程度のカグラは暴走した自分をどう思われているのか不安に感じていた。
「だがその恰好は……。聖剣使いとして入るんじゃないのか?」
「ご迷惑を掛けましたし、少しでもお役に立ちたくて――」
「二人がそれでいいなら、俺からは何も言う気はないが。そのメイド服は施設長が昔着てたやつか?」
ナタリアも最初から施設長だったわけではない。施設長になる前はメイド服を着て部屋の清掃をしていた時代もある。
当時の聖剣使いのメンバー――主に女性から――の提案でメイド服だったのが、施設長がナタリアに交代してからはシャツとエプロンに戻ったはずだ。
尚、その女性陣はなんちゃってメイドなフレンチメイドではなく、ヴィクトリアンメイドじゃないと嫌という謎の拘りを持っていた。今も当時の姿を知っているメンバーはメイドの復活を密かに抗議している。
「これを職員さんから渡されましたが?」
「ハウスキーパーはカグラの恰好が近いぞ。カグラは普通の恰好だよな?」
「うん、わたしのサイズは無いからって」
おそらく地下か隣接する倉庫の奥へ隠すように、封印していた物を引っ張り出してきたのだろう。グレンも見覚えのあるメイド服に頭が痛い。
「だから、皆にやにやしてたんだ。似合ってるって言ってくれたけど、なんで皆着てないのか疑問に思ってたんです」
「それが制服だった頃の職員が抗議が通らなくて仕掛けたんだろ」
そのバカの思惑通り。ハウスキーパーの女性陣からも賛同の声が上がる事になるのだが、黙って着せられたコトハとしては恥ずかしいだけだ。
「着替えてきます!」
制服ではないメイド姿をグレンに見られるのが恥ずかしくて、急いで着替えようとするコトハは立ち上がる。
「施設長に頼めば着替えを貰えるはずだ」
「ありがとうございます」
「コトハ、カグラ」
部屋を退室しようとする二人は、グレンに名前を呼ばれて立ち止まり振り返る。
「アンダーエールへようこそ。その服、よく似合ってる」
「―――――!」
それを聞いたコトハは顔を真っ赤にし、お辞儀をしてから勢いよく扉を開けて走っていく。
「おお、さすがお兄様。女性の扱いに慣れているのですか?」
仕方ないなあと初心な姉を心配してながら、カグラはグレンの女の子の扱い方を褒める。
「百年も生きてれば、人間関係の上手い築き方を知ってるさ」
「今のは社交辞令ですか」
上げて落とされた気分にカグラは口を尖らせる。ときめいたわたしの心を弄んだなと頬を膨らませる。
「いや、本心から言っている。褒めるなら心から褒めなくては意味がない」
「――そうでしたか。では……、わたしも。わたしを救ってくれた王子様は誰よりも――カッコ良かったですよ」
本心からの言葉ならばとカグラはグレンを許し、部屋を出る前に自分の本心を曝け出してから扉を閉じた。
「王子様……ね」
グレンはどこからか、くすりと笑う少女の声が聞こえた気がした。
ここまでのお付き合い誠にありがとうございました。続きも色々考えていたのですが、ここで一度完結とさせていただきます。評価をしてくださった方には感謝の気持ちでいっぱいです。
よければお狐さんのほうもお楽しみいただければ幸いです。




