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子の心親知らず

 祭壇には数十のティアマトの眷属がグレンと彼女を囲んでいた。

 戦意はなく、自身の命をグレンに預けるかのように(こうべ)を垂れている。


「――――ごめんなさい……ごめんなさい……」


 自らが殺してしまった眷属に謝り続けるティアマトに、グレンはどうしたらいいのか判断に迷っている。

 

「グルルル」

「進めってことか?」

 

 目の前で壁になっていたグリフィンモドキ達が軽く頭を下げた後に、道を開ける。魔物達の異様な光景に、覚悟を決めたグレンは歩み始める。


「ティアマト……」

「――この子達は死を受け入れたのです。私を苦しませるくらいなら、安らかな終わりを……」


 地面に座り込むティアマトに一匹の蛇が寄り添い、他の眷属達も心配そうに母を見ている。

 それだけの知性を持つなら共存が可能なのでは? グレンは他の可能性を挙げるが、ティアマトは首を振る。

 それが不可能な事はグレンも本当は分かっていた。過去の大氾濫以来、ダンジョンの中の魔物が外に出るのは大衆のトラウマとなっている。いつ暴れ出すかわからない火種をティアマトも残したくはない。


「あなたは私を封印しなくてはいけない、それがあなたの仕事なのでしょ?」


 封印珠とは危険な存在が安易に呼び出されないように、閉じ込めるための手段であった。後に聖剣として手を加えることが可能になったのだが、本来の目的はジャックやガーロンドのような犯罪者や何の知識もない一般人が手を出せないように封じ込める道具である。


「聖剣として生まれ変われば、この世界を生きられる。おそらく眷属も一緒に――」


 顔を上げたティアマトが穏やかな表情で「もういいのです」とグレンの説得を遮る。


「争いは懲り懲りです。それに惰眠を貪るのも私は好きなんですよ?」


 茶目っ気に空元気を見せて、ティアマトは成長していた我が子達を目に焼き付ける。

 聖剣と長く付き合ってきたグレンにはティアマトを突き放すことができなかった。彼女は自分達の相棒と同じ意思を持ち、話し合える存在であればこそ。


「もし外が見たくなったら俺に声を掛けてくれ。聖剣として戦わなくても、外をみせてやる」

「ふふふ、ありがとうございます」


 ティアマトは最後に我が子達へメッセージを送る。戦う為に生み出してしまった子達。平穏に、自由に生きさせてあげられなかった子達へ。


「神代に私が生み出した十一の精鋭たちよ! このような母に最期までの臣従に感謝します。もし生まれ変わったならば。自由に生きなさい!」


 ティアマトの言葉に、眷属たちは声を張り上げる。


「――――絵を描いても良し、歌を歌っても良し、空を、大地を自由に駆けたって良い。貴方達が経験したことを、母に教えてください」


 コトハの姿がブレて一人の女神の姿が重なる。それは原初の女神、青い肌に髪は黄金に煌めく。大人の母性に満ちた美しく輝く彼女の後姿が眩しく映る。


「始めるぞ?」

「……はい」


 封印珠をティアマトの胸に押し当て、グレンはコトハからティアマトのマナを剥ぎ取る。


「『魔法封印プログラム実行』」


 グレンの魔導具起動コードを受理して、ティアマトの封印が始められた。彼女はそれを静かに受け入れる。

 ティアマトが封印珠に取り込まれていくのと同時に、眷属達からマナがこぼれ出る。静かに宙を漂うマナの粒子が、幻想的な風景を生み出す。

 

「何度見ても見惚れるが、危ない事には違いないんだよな」


 これこそが黄昏の入り口でだけ見れる世界。死者と生者が邂逅する、現世と幽世が曖昧な場所。


「もっふもふな犬ですね、こっちのひんやりした鱗もいいです」


 グレンは取り込まれないように目を瞑るが、どこからか“彼女”の声がする。

 

「放っておいてやれよ」

「いいんですよ。どうせ向こうで一緒に暮らすんですから」


 “彼女”はそう言う。眷属達の姿はすでにほぼ見えなくなり、その困ったように鳴く声しか聞こえない。


「それじゃあ、お兄さん。お疲れさまでした」

「ああ、迎えに来てくれて、ありがとうな」


 周囲から多くの気配が去っていき、ティアマトはグレンの握る珠の中で眠りについた。

 グレンは解放されても目を閉じたままのコトハを床に寝かせる。



「――ティアマトさん?」

「起きたか」

「グレンさん、彼女はどうなりました?」


 すぐに目を覚ましたコトハに封印珠を見せる。ティアマトが封じられた珠は彼女の目と同じく、星の海が広がっている。

 それで彼女が中にいることを理解したコトハは悲し気に呟く。


「――何度も謝られました。迷惑をかけてごめんなさいって」

「そうだろうな。伝承通り慈愛に満ちた女神だった」


 精神的にも肉体的にも強いわけではないコトハは、神を前にして会話どころか意識を保つのが精いっぱいだったのだろう。何度も謝罪するティアマトに応えてあげたかったとコトハは後悔する


「私、強くなります。強くなってもう一度彼女と話がしたい」


 黄昏症候群の兆候があった。コトハもグレン達と同じ、黄昏に深く関わり過ぎた結果、この世に存在しないモノに近づこうとする。

 けれど、それにグレンが心配することはない。コトハは死者に魅入られたわけではないのだから。グレン達やシャラが居れば、彼女が道を踏み外すことはないだろう。

 封印珠の中でそれを聞いていた彼女は静かに星を明滅させた。







「ふむ、ティアマトは特に暴れることもなく封じられましたか」


 野外にある祭壇が見える丘から覗いていたジャックは双眼鏡を降ろす。その足元にはガーロンドの提供した転移ができるセーレのアーティファクトの残骸が転がる。


「カースドアイテムを使えば暴走させることもできたのでは?」


 隣に立つ付き添いの男が監視だけで直接介入しないジャックに疑問を持つ。

 カースドアイテムとは名前の通り呪われたアーティファクトの事である。聖剣を代表に一部のアーティファクトにはデメリット付きの物は多数ある。けれどカースドアイテムにはメリットすらない。いや、有ったとしてもデメリットと釣り合っていないのだ。

 念のためにとジャックのアイテムボックスの中には、その弾丸型のカースドアイテムが入っていた。


「我らにもルールというモノがありますよ? ええ、ルールです。今回の聖戦はガーロンド君の主導。あくまで我らはお手伝い、ですよ」


 楽園派は一つの組織ではなくいくつもの派閥がある別々の組織だ。緩い協力関係にはあるが、指揮系統はなくバラバラに動いている。

 そのバラバラな集団の中にもルールというモノが存在する。ジャックはルールを守っているだけですよと、不満げな部下に穏やかな表情を見せる。


「――それに」


 ジャックは付き添いの男が箱に収納した何かに視線を向ける


「アレが回収できただけで十分な収穫でしょう?」

「二頭追う者は何とやらですか」


 二人が回収した物は、ティアマトと比べると何段か質の落ちる素材ではある。世界創造の素材を勿体なく思う男に対して、ジャックは原初の女神に興味はない。むしろジャックは今手に入れたそれに重きを置いていた。


「ある意味ガーロンド君は二頭目を追ったわけですが、正しくは一頭目(セーレ)に唆されたのかもしれませんね」

「所詮は悪魔ですからね。二の舞にはなるのは勘弁してほしいのです」

「全くです。さてそろそろ身を隠しましょうか。一週間もすれば事態も落ち着いて回収部隊が来るでしょう」

 

 すでに二人に転移手段はない。厳重になっているだろう出入口からは出られず、ほとぼりを冷ました頃に来るはずの仲間と合流して脱出する予定であった。


「魔物の沸きはいつ正常化してくれますかね」

「一週間ずっと保存食は気が滅入りますよ?」

「ははは。それは神のみぞ知る、ですね」


 神父と冒険者姿の二人組はその場を立ち去る。次に起こす事件の為に、ダンジョンでキャンプ気分の休暇を取るつもりだった。

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