女神の目覚め
グレンは神殿の外に出て、屋上に向かう階段で足が止まっていた。目の前の階段を上がれば、祭壇が視界にはいるはず。けれど、グリフィンモドキと狂犬の二体の魔物がそれを阻む。
「弾薬もグレネードも残量が頼りないんだがな!」
火薬の代わりに魔石が詰まったグレネードが空中で爆発する。それをまともに受けたグリフィンモドキではあるが、無傷なまま翼を羽ばたき距離を取ろうとしている。
グレンの妨害を目的とし、空と周囲からヒットアンドアウェイで立ち回り深く攻めることは決してしない。
ブラッドの方に残った二体とは違い機動力のある魔物にグレンも焦りと相まって止めが刺せずにいた。
「こいつでそろそろ墜ちとけ!」
グレネードの目的は邪魔なマナフィールドを吹き飛ばす事であった。単独でマナの壁に阻まれる拳銃も今なら直撃させられる。
「来るのは知ってんだよ!」
死角から忍び寄る狂犬の顎にマナイーターでアッパーカットを決める。知能が上がったとはいえ、フェイントを噛ませるには経験値が足りない。常に最適解で動くならそれを予測して行動を誘導するのは容易い。
脳震盪を起こす狂犬を放置して、グレンはグリフィンモドキに拳銃を撃ちこむ。
「お前も逝っとけ」
龍爪の爪部分を巨大な頭部に突き刺し、追手は沈黙した。
「――やっとか」
ようやく辿り着いた祭壇には球状のマナの中でたゆたうコトハがいた。羊の角は壮麗に成長し、虚ろな瞳には星が宿る。それは原初の海に浮かぶ星の輝きに似ていた。
「約束は守った。あとはお前だけだ」
グレンが近づくと彼女の意識が覚醒する。グレンが帰ってこいと手を差し出すが、返ってきたのは理解できない言語であった。
「――――、――――?」
「原初に近すぎて言葉が通じないか」
儀式はすでに終えている、だが問題となるのは彼女がどう動くか。まだコトハを取り戻すのを諦めるには早い。
球状に集まっていたマナは周囲に拡散するが、中に居た彼女の足が地面につく事はない。彼女は鱗に覆われた足を動かさず、宙に浮いて移動していた。
「できれば戦わずに帰ってもらえれば、助かるのですがね」
伝わらないと分かっていても、ボヤキながらグレンは彼女から少し距離を取る。
「――――!」
現状を理解していない彼女はグレンをチラッと見るが、異臭と知っている獣臭さを感じ取る。臭いを嗅ぎ取ったティアマトらしき存在は、階下の子供の亡骸に気付いた。
「殺したのは不味かったか」
それ以外に選択肢がなかったとはいえ、隠すくらいはした方が良かったか。どういう反応を取るか不明な存在にグレンは肝を冷やす。
悲しそうに亡骸を見つめるティアマトは目を瞑り、しばらく動かなくなる。再び目を開くと、何度か確かめるように口を開閉しグレンの理解できる言葉を発する。
「――――、ドウシテ……」
グレンに問い掛けるでもなく、ティアマトは自らに問い掛ける。なぜ争いばかり起こるのか。
ティアマトという神は望まぬ戦いを強いられ、世界の礎にされた女神だ。争いを嫌い、優しく寛大な存在。
ティアマトはグレンの事を放置して、誰かと話し合っている。口が動いているのは無自覚な癖なんだろう、これが女神の素であった。
「状況はリカイしまシタ。そして、私は貴方達と戦いマス」
所々拙くはあるがティアマトと対話が成立する。けれど、それは対立を宣言する言葉であった。
「急展開過ぎないか?」
「我が子から念話でハナシは聞きまシタ。その上で私は戦うコトを選びまシタ」
念話で眷属達と話してからティアマトは、どうするべきか結論を出した。見ていただけのグレンには全く経過が見えず結果しかわからないのだが。
「私が消えれば我が子タチも消えてシまいます。私はソレを黙って受け入れる事はできません!」
戦闘態勢にティアマトは入るが、そこに殺意はない。それでグレンはティアマトの本意を理解する。
(我が子と心中するつもりか)
ここでグレンに勝ったとしても、ティアマト達に先はない。そもそも、彼女が望む安住そのモノが彼女達には存在しないのだから。
「それでいいのかよ」
「もし我が子達に知性をあげられたら、人と共存することもできたかもしれません。――いえ、それは夢を見すぎでしたか。私達は怪物でしかないのです」
ティアマトが産み出した眷属達――否、魔物達は彼女の召喚に付随して生まれた付属品でしかない。彼女が命じれば人を襲うことはないが、それで永遠に縛れるわけがない。いつかその秩序から離れて人を襲うことになる。
「それなら私は我が子と同じく戦って死ぬことを選びます」
ティアマトはマナを流星に変えてグレンに撃ちこむ。自暴自棄になりつつある彼女はデタラメに魔法陣を乱立し、乱射する。
「どうして俺が関わる事件はこうも胸糞悪い事件ばっかなんだよ!」
グレンは来た道を引き返して階段に身を隠す。どうやらティアマトは追ってきてまで戦うつもりはなくその場でじっとしている。
(銃器は拳銃のみだが、最後の手段だ。ティアマトが依り代をどう扱うかわからん。グレネードはスモークとチャフグレだけ)
アサルトライフルは神殿を囲む魔物を突破するときに、撃ち切ってしまった。使えるのはスモークくらいしかない。
(あの攻撃は無策にマナイーターで喰っても完全な無効化できねえな)
神殿の壁や床に容赦なく叩きつけられている流星の音は重く早い。単純にマナイーターで喰らうことはできない。
「――――なんだ、無線?」
どうやってこの状況を打破するかグレンが考えていると、端末が通信を知らせる。ブラッドはまだダンジョン内部にいる、となると通信の相手は障害物(ダンジョンの壁)が無いセシリアかルルリアのどちらかになる。
『こちら、シックス。金づr――獲物に逃げられたんだけど?』
報告というより愚痴の為に通信して来たのではないか、一瞬通信を切るかグレンは迷う。けれど魔物に動きがあったと理解して詳細を聞くためにルルリアを急かす。
『こっちは交戦中だ。手短に頼む』
『了解了解。魔物が一斉に祭壇に向かって外壁をよじ登り始めたよ』
『は?』
魔物の動きの変化にガーロンドが関わっているのではないか、それが頭をよぎるがすぐさま否定する。
今さら大量の魔物を動かす理由がない。そもそも物量で潰すなら最初からやっている。それをやらず魔物を神殿の周囲にしか配置していなかったのは、複雑な命令を理解できないからではないかとグレンは予想していた。
ではティアマトが? 心中するつもりの彼女が眷属を戦いに巻き込むとは思えない。
『だーかーらー、そっちでなんか飛び交ってるでしょ? それが見えた瞬間魔物がそっちに向かってるの』
『ティアマトが戦っているのを見て、自発的に動き始めたか。――お前も外壁を登って、こっちにこい』
『アイサー』
答えはもっと単純である。母を守る為、ただそれだけである。どっちが悪役かわからず「胸糞悪い仕事だ」と、グレンはもう一度同じことを呟く。
「魔物が来る前に片を付けるべきか。他の連中と合流するべきか」
ガーロンドが使ったマナの鎖とは速度、威力が段違いな流星に飛び込むのは自殺行為である。時間をかけて確実だがコトハを救出できる可能性を下げるか、無茶でも今飛び込むか。
「考えるまでもねえ! 『第二限定解除。いくぞ、ウロボロス!』」
最悪、第三段階まで封印を解除を覚悟してグレンは飛び出す。セシリアが内なる衝動に支配されそうになった然り。その身を焼かれ続けたブラッド然り。グレンのマナイーターにもデメリットがある。それは今の状況では絶対に看過できるモノではなく、禁じ手と決めていた。
「待たせたな! コトハを返してもらうぞ」
「――――私は!」
ティアマトの言葉は続かない。我が子と無関係な子を天秤にかけ、良心と親心の狭間で揺れ動いている。
本人の迷いとは関係なく流星は流れ続ける。一度発動したそれは半ば自動的にグレンを照準に定めて撃ち続ける。
「おらおらおら! 俺は迷わねえ、不愉快でも約束してんだよ」
流星は決して確固たる実体のあるモノではない。それならマナイーターで不安定化させて砕けばいい、ダンジョンの壁を壊して進んだ経験を生かしてグレンは前進する。
「私はあの子達を戦場に送り出した者として、戦わずに諦めることは許されないのです!」
何もせず負けを受け入れては戦士である子供達に示しがつかない。ティアマトは今出せる力のかぎりに魔法陣を出し続ける。
「ああ、来いよ――、満足のいくまで相手になってやるよ!」
強がっては見せるがグレンの足は遅々として進まない。ティアマトの流星は苛烈をきわめ、ガトリングのようなにグレンを襲う。
(もう少し……接近してから使いたかったんだがな)
グレンは一瞬身を低くしてスモークグレネードを投げる。ティアマトは初めて見る近代兵器を、反射的に障壁を張って身を守る。思わず閉じた片目を開いて確認すると、障壁の外は白煙に包まれていることに驚く。
「人の成長とは早いのものです……、けどただの目眩ませなんでしょう!」
「その通りだ、原初の女神よ! 悪いがコトハは返してもらう」
グレンはギリギリまで接近して、相棒を解き放たんとしていた。
「『身喰らう蛇は解き放たれた』」
「『部分顕現、テールスウィープ』」
ティアマトが腕を横に振ると、マナが集まり青い龍の一部が現れた。
グレンの放った大蛇とティアマトの巨大な龍の尾が激突する。その衝撃は祭壇を破壊し、神殿を大きく震わせた。
魔法を喰らうとはいえ、一瞬で喰える量は限られる。マナイーターは自身よりもさらに大きい龍の力に押し負け、グレンと共に薙ぎ払われた。
(――さすがに、やばいか)
禁じ手が制御できることに希望をかけて縋るべきか。全身を襲う痛みに耐え魔術で軌道を変え、壁に着地したグレンが考えた直後。横から獣の匂いと羽ばたく音に気付いた。
「くっそ――――時間をかけ過ぎたか」
その気配の主――グリフィンモドキがグレンの上空から降りてきた。
――襲われる。地面に降りたグレンはそう身構えるが、それは彼に背中を見せて地面に着地する。グリフィンモドキはグレンを守る為に、その身を盾にしていた。
「……何が起こってる」
「どうして!」
ティアマトも我が子の行動を理解できず固まっている。咄嗟の事で止められなかった魔法陣を急いでかき消すが、すでに撃ちだされた弾丸は止まらない。
「クアアアアア」
一頭が盾となり、倒れれば二頭目が盾となる。二頭が三頭と次々空から続いていく。
「モォオオオ」
上がってきたのはグリフォンモドキだけではない、ゆっくりと近づく牡牛の眷属がグレンの背中を押す。
その目には知性が少しだが芽生え始めていた。時間経過による成長なのか、ティアマトが覚醒したことによる成長なのかは不明である。けれど、その目には確固たる意志を感じさせた。
あと二話で完結となります。
ブラッドが派手に戦って、グレンが相対的に戦闘が地味になっちゃったり作者の未熟さが……。
怪獣対戦も考えていたのですが、救出劇に話が変わっちゃった皺寄せがグレンに。主人公ぉ。
とりあえず明日で完結はできそうです。




