反撃の狼煙は派手に
「待ってください!」
「あ?」
司令部を後にして神殿に向かう途中、一人の兵士が息を切らせて追いかけてきた。
「コレを」
「二輪提供の指示書か。これを我々にか?」
「まず壊れて返ってくるだろうに、懐が深いな」
グレンは軍用の二輪バイクを提供するように書かれた書類を受け取る。あの司令官が気を利かせて手配してくれたのだろう、横から書類を覗くブラッドが太っ腹な司令官に口笛を吹く。
「『神殿まで徒歩で進むのは面倒だろう』と、担当にはすでに連絡も入れてあります」
「司令官殿だな。感謝する。彼にもそう伝えてくれ」
伝令が敬礼して戻っていくのを見て、グレン達はバイクのある場所に目的地を変更した。
二台のバイクが並び、前線から少し離れた丘でグレン達は戦場を俯瞰する。
『二人とも覚悟はいいな?』
『大丈夫です』
『当然だ』
インカム越しに二人の声が返ってくる。神殿への道を作るには友軍の前に出なくてはならない。そのため合図と共に一度前線は後退するが、グレン達が暴れるのと同時に押し返す段取りとなっていた。
グレン達がしくじればそれだけ前線は後退し、戦況は魔物側に傾く。三人の肩にプレッシャーがずっしりと重くのしかかる。
『よし、これより最前線に突貫する。ファースト、頼む』
グレンの後ろに相乗りするセシリアが合図の信号弾を空に撃ち込む。
『行くぞ、フィフス!』
バシュンという信号弾が加速する音がした後、黄色い花が宙に咲く。グレンが魔導バイクのアクセルレバーを握ると同時に、ブラッドのバイクも動き出す。
合図を受けた前線では、所定の位置に迫撃砲と機関砲による殺意の篭った雨が降り注ぐ。
『ひゃっはー。派手なレッドカーペットってか』
魔物の血肉が爆風で降り注ぎ、地面には赤い絨毯が流れる。
『血肉塗れのカーペットなんて御免被ります』
『フィフスの冗談に一々反応しなくてもいい』
ブラッドの軽口にセシリアも律儀に反応を返す。三人ともあんな血生臭い場所に行きたくはないだろう。
『委員長は真面目だからな。オレは左に行く』
『お前が不真面目なだけだろ。俺は右か』
グレンのバイクから飛び降りたセシリアを挟むように、グレンとブラッドが配置に着く。バイクに乗ったまま、遠くから迫りくる魔物の群れにグレネードを投擲しアサルトライフルを構える。
『エスコートは殿方にお任せしますよ?』
『『イエス、マム』』
軍隊式の迫撃砲と光弾の歓迎会の次は、グレン達――聖剣使いの番である。
「『セシリア=フェルリラが命じる。足枷を外せ! 眼前の敵を飲み込め! 第三限定解除』」
セシリアの体を強化スーツの上から狼の毛が覆い、一匹の人型の銀狼へと変貌していく。
内から湧き出る万能感に何者かの声が囁きかける。奪え、殺せ、破壊せよと。それは聖剣の慟哭であろうか、その聖剣は脈動し枷を外された解放感に浸るかのように沈黙している。
『セシリア! 自分を強く保て!』
「グレン……。ええ、大丈夫」
グレンの声で正気に戻ったセシリアは聖剣を両手で握り顔の前に持ってくる。
「私に従いなさい!」
その言葉に聖剣の中に引っ込んだのか、何者かの声は聞こえなくなった。
セシリアが周囲を見回すと、魔物は聖剣に恐れを抱いて動きが鈍くなっている。だがいつまでも時間をかけるわけにはいかない。改めて聖剣を構え、体に巣食う万能感と共に魔物へ魔法を吐き出した。
「『往きなさい! 氷河の精霊』」
魔物の海を『ナニか』が駆ける。
ナニかの足が大地を踏む度に、周囲の環境が激変する。青々とした植物は青いまま凍り付き、周囲の振動で呆気なく砕け散って宙を舞う。それは魔物も例外ではない。
ナニかが駆けた後に生命活動を続ける生き物は存在しない。あるのは生物の形をした氷像だけである。
ナニかは一瞬グレン――マナイーターに視線を送り、マナイーターもまたその視線に何か答えるように魔石を点滅させる。そのおかげかどうかは不明だが、ナニかは大人しくその姿を消した。
「――神殺しの神狼」
グレンとセシリアだけがそれを認識できた。全長10mほどの狼の精霊。それがヴァナルガンドの正体である。
ヴァナルガンドが消えるのと同時にセシリアの獣化も解かれる。その喪失感から足元がふらつくが、聖剣を杖に耐えてみせる。
「一人で乗れるか?」
「ありがとうございます。それよりも魔物が怯えているうちに神殿まで急ぎましょう」
グレンの手を借りてセシリアはバイクに乗った。絶対的な力を見せつけたセシリアであるが、その恐怖も続かないと分かれば正気に戻るしかない。生き残った魔物はまだ多いのだ。
ここで囲まれては最後の切り札一歩手前である第三解放をしたセシリアの努力が水の泡である。
「わかってる。振り落とされるなよ?」
先行するブラッドのバイクに続き、グレンもモーゼの道を走らせた。
『この魔物達、おかしくないですか?』
『同感。明らかにランクの高い魔物だが知能が低すぎる』
三人は遠巻きに怯えるだけの魔物に注意しながら通話をする。
魔物のランクの高さとは様々な要因によって決まる。群れとしての強さであったり、純粋な毒や魔術による搦め手であったり。その中で共通するのが、上に分類されるほど頭脳が高くなるということだ。瞬間的な判断能力、自らの武器の扱い方などが上手い魔物ほど冒険者にとっては厄介だ。
『生まれたて……か』
『あ? 魔物に赤ん坊なんて概念があるのか?』
グレンの呟きにブラッドが反応した。マナから生じる魔物は、その時点で必要な知能を持っている。空の魔物が誰にも教えてもらわずとも空へ羽ばたくのも、魔術を使うのも。魔物は生まれた時からそういった技能を所持しているのが常識であった。
『不完全な儀式による弊害なら問題ないのだがな』
『成長して正真正銘の上位の魔物に成られると軍が心配ですね』
これが大量発生という異常故の欠点なら問題ない、むしろ弱体化してくれていたほうが助かる。けれどこの欠点がどこかで成長という体で修正されれば面倒である。修正どころが改善された場合は……。
『育つなら、その前に終わらせばいいだけだろ』
成長する暇もなく終わらせる。ブラッドの正論に二人も肯定する。
『なあ、シックスは何処にいると思う?』
どうなるかわからない不安要素をいつまでも考えても仕方ない。魔物の問題は頭の隅に放置し、どこにいるのか不明な仲間を話題にだす。
『神殿にはいるだろう。奴が死んでるとは到底思えない』
『それは同感だが、あそこで戦闘してる様子には見えないぞ?』
魔物を出し尽くしたのか、神殿は不気味な沈黙を保つ。メソポタミア建築の神殿は煉瓦造で作られ、階層は四階層存在する。その屋上にある祭壇で儀式が行われているとグレン達は考えていた。
『それでしたら隠れてるのでしょう。私達の存在は派手に教えたので、向こうがきっと気付いてく――いえ、どうやら戦っているみたいですね』
『戦闘音か?』
『ええ。魔物の断末魔と子供の挑発する声が聞こえました』
『こんな状況でも煽りながら戦ってるのかよ』
『小人とお前に真面目を求めるな。まずはアレを突破するぞ』
バイクの進行方向には百を超える魔物が徘徊している。その大半は数の多いBランクの魔物――魔物のランクは同ランクの冒険者相当と考えて問題ない――ばかりだが中にはAランクに相当する魔物も混ざっている。本来持つべき知性をもっているならばの話であるが。
『バイクが破壊されるの困る。徒歩で切り抜けるぞ』
歩いて帰る姿を思い浮かべたブラッドが嫌そうな顔をしてバイクを停める。念のためにバイクのキーをアイテムボックスに収納し、グレン達は魔物の群れに突っ込んでいった。




