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十一の怪物

 ダンジョンの帰還用転移陣を利用して町へ帰ってきたグレン達。ブラッドは「どうせならオレ達も一緒に転移してくれよ」と一人転移していった夜叉に文句を言うが、それは無理な話である。

 夜叉の持つセーレの紋章はすでに限界間近で、夜叉が転移すると同時に砕け散ったのだから。


「さて警備の人間が言う通り、民間人の避難が進んでるな」

「そのようです。あちらに見えるのは軍の輸送機ですね」


 ダンジョンを出てすぐにグレンはゼロに連絡を取った。お互いの情報交換が終わるまで、ブラッドとセシリアが混乱する町を眺めて体を休めている。


「それにしても、どうしてすでに情報が国に伝わっているのでしょうか」

「夜叉が伝えたのか?」

「それにしては対応が早すぎます。すでに避難を開始して数時間は経過しているように見えますが?」


 道路では乗用車が列を為し、軍と警察の拡声器からは誘導の声が響く。民間人が秩序を保って避難が行われているのは魔物が身近な存在だからである。


「それに関してはマナの観測が原因だ」

「何かあったのですか?」


 通信を終えたグレンがコンクリートブロックに腰掛け、二人にゼロから聞いた情報を共有する。万全の状態でコンディションを整えていた聖剣使い達でも、数日に及ぶ任務に疲労の色が見える。


「夜叉の予想通りコトハの護送チームが襲撃を受けた。幸運な事に死者はいなかったが、コトハが攫われたようだ」


 さらにセーレが行った転移でマナの追跡が可能になったとグレンは説明する。ダンジョンで使われる転移陣の蓄積されたデータがあったからこそ、これほど早い特定に至ったのである。


「死者が無しですか?」

「ああ。特徴からジャックという男と思われるが、カグラに負荷をかけないために神経を使っているみたいだな」

「この作戦にテロ組織の全戦力を投入するわけないだろ? なら残ってる戦力も消耗してるか」


 ただでさえ実の姉を妹に気付かれないように攫う必要があるのだ。セーレが協力的とはいえ、かなり神経をすり減らしている上に、コトハの護衛のエージェントは決して弱くなかった。向こうはこちら以上に消耗しているはずだ。


「死者累々だと小娘の精神では耐えられないか」

「手段を選んでいる以上、カグラは拒絶反応を起こさず安定状態にあると考えられる。残された時間にまだ猶予はある」


 カグラが拒絶反応を起こしていない、それだけが唯一の救いである。繋がる希望は細く短いが、決して潰えてはいない。そうであるなら聖剣使い達の戦意は衰えることはない。すぐにでも動きたそうにしているブラッドがグレンの行動開始の合図を期待している。


「これからどうするんだ?」

「ティアマトのダンジョンに突入する。各自ダンジョンのマップデータは端末に入っているな?」


 それを聞いたブラッドが待ってましたと立ち上がった。けれど動くには準備時間が必要である、勇み足な彼と違ってセシリアは冷静に作戦を確かめる。


「突入は私達だけですか?」 

「今朝、援軍に来ていたシックスが先行して斥候をしている。俺達はシックスとダンジョンで合流してガーロンドを追う。方面軍はダンジョンの出入り口で防衛陣を敷いて、もしもの時に備えてもらうことになる」


 幸運な事にシックスがセーレのダンジョンへ侵入する前に異変を察したゼロが、彼女に待機命令を出していた。転移を得意とするセーレであっても、その力は完全ではなく長距離を転移するには中継地点を必要とした。その転移するマナの痕跡を辿って、ゼロはシックスにガーロンド達の追跡をさせていた。


「いつも通り最前線はオレ達だけね」

「高濃度のマナ下で戦うのが俺達の役割だ、当然だろ」


 まだ動けない事を理解したブラッドが座りなおして不満を口にする。グレン達以外にも冒険者をしつつ軍の依頼を受ける冒険者か軍人か曖昧な――国の守護をする十家の関係者がメインとなる――チームは存在する。彼らも国の為に動いてはいるが、黄昏症候群の危険を考えると耐性のあるグレン達を動かすのが安牌となってしまう。


「わかってますよ」

「他に質問は無いな?」


 自分もくだらない愚痴であることはわかっているのか、適当に流してくれとブラッドは手で示す。グレンは質問がないか二人を見るが、これ以上聞きたいことはないとわかってミーティングを打ち切る。


「よし、突入は三十分後。各自装備の確認と補充を済ませておけ」




 ティアマトのダンジョン付近には軍が設営したキャンプが並んでいる。ゼロの根回しで軍から物資の補給の手筈は整えられている。


「ちょっといいか、セブンス」

「なんだ?」


 弾薬物資と強化スーツの消耗を確かめているグレンにブラッドが話しかける。ブラッドは気まずそうに頭を掻いて言葉が淀む。


「あー、なんだ。ガーロンドの相手はオレに任せてくれないか」

「――なぜだ」

「すまん、たのむ」


 何も聞かないでくれ、頭を下げるブラッドの姿がそう物語っている。こいつとは長い付き合いだ。グレンは理由など聞かなくとも知っている。


「いいだろう。あの時と同じだ。お前が主犯を止めろ。俺が姉妹を助ける」

「ちげえよ。あの時と同じじゃねえ。今度こそお前があいつらを取り戻してくれ」


 遠き日の青年の姿がブラッドと重なる。絶対に救うぞ、そう笑って見せる表情はあの頃と変わらない。


「準備はできましたか?」

「おう、今行く」


 準備の終えたセシリアが男共に声を掛ける。急かされたグレン達もセーレのダンジョンでは持ち込まなかったグレネードポーチを腰に巻き、アサルトライフルを肩にかけ完全武装で外に出た。






「蛇が忍び寄ってるぞ! 気を付けろ」

「弾幕が薄いぞ! ドラゴン種を近づけさせるな!」

「後衛部隊、弾薬持ってこい!」

「衛生兵! 負傷者を運んでくれ」


 耳がバカになりそうな大音量がダンジョンに入った三人を歓迎する。それは冒険者と軍が数えるのも嫌になるほどの、魔物の群れと戦う戦場の音だった。


「なあ、敵はオレ達より消耗してるっつう話だったよな?」

「あれは例外戦力でしょ?」

「想定外の戦力だな」


 大型の蛇が地を這い、サソリ人間と有翼の牡牛が隊列を成す。毒蛇の頭とライオンの上半身、鷲の下半身、蠍の尾を持つ怪物が冒険者と戦う。地獄絵図が広がっていた。

 ざっと十種類近い怪物が各々に人間へと襲い掛かる。遥か彼方にある海辺の神殿からはさらなる怪物の軍勢がゆっくりと迫る姿が見えた。


「お前ら軍の増援か」

「――ああ、何があった?」


 呆気にとられるグレン達に監視の兵士が話しかける。


「防衛陣構築中に突然神殿から魔物が湧き出てきやがった。今は避難してきた冒険者と我々で食い止めているところだが、いつまで持つか」

「……フェーズが進んだか。指揮官はどこにいる?」

「こっちだ!」


 軍の野営地にはいくつかのテントが並ぶ。あちこちで怒号が上がり、忙しく人が動き回る中をグレン達は他より少し大きな軍用テントに案内された。


「迫撃砲と機関砲の設置を急げ! ダンジョンの外へ向かわせた伝令はまだ帰ってこないのか?」

「邪魔するぞ」


 外にまで響き渡る大音声に臆することもなく、グレン達は無遠慮に臨時の司令部へ入っていく。そして指揮官であろう、この中でもっとも階級の高く声を張り上げる男の前まで進む。


「突入部隊か、悪いが戦況は悪化した。話は手短に頼む」


 元々突入部隊が別に編制されていることは司令官である壮年の男も知っていた。なので突然入ってきたグレン達を不審に思わず、一瞥だけしてすぐ指揮に戻るとグレン達の顔を見ずに用件を聞く。


「こちらもそのつもりだ。我々突入部隊は元凶と思われる神殿への突入を予定通り行う」

「この状況でか?」


 部下に次の命令を与え、猶予のできた司令官がグレンを見た。その顔は無茶な作戦を言い出すのではないかという厄介者を見る目をしている。


「問題ない。道を作るのは我々だ、ついでに数も減らしておく。貴殿らは魔物が外に出るのを食い止めてくれればいい」


 グレンがそう言うと司令部に安堵する空気がため息と共に流れる。外から援軍を待つか最終防衛ラインまで引き上げるか、難しい選択を強いられている状況で無茶に付き合わされるのは御免被りたい。

 一方でグレンも最初から、所属の違う自分達が方面軍の彼らに命令できる立場ではないと分かり切っていた。かといって勝手に戦場を荒らす真似ができるわけもない。


「中央軍のアーティファクト部隊か、そう言い切るならやってみせろ。後ろは俺たちに任せろ、魔物の駆除は俺達も専門家だ」


 強大な力を持つアーティファクトは戦況を変えるモノもある。外から獣の咆哮と銃声が聞こえてくる中、淡々と宣言するグレン達の姿に彼らが国が有する切り札の一つである事は司令官の男も察する。


『全部隊に通達する、これより中央からの突入部隊が元凶と思われる神殿への突入作戦を開始する。それと同時に神殿への道を切り開く、何が起こっても動揺せず戦闘を続行せよ。最終防衛ラインである町への後退は行わない! 死力を以って前線を維持せよ! 繰り返す、畜生を俺達の庭に入れさせるな!』


 全部隊に繋がる通信で不退転の覚悟を示した司令官に、グレンは背中を見せる。その背中に向けて司令部の人間は敬礼で見送るのだった。


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