白か黒か
列車から降りたグレンは、地下にある駅を通過して外へと出る。
数時間振りに浴びた自然の光に伸びをして、日光を体に浴びせた。日光が気持ちいいのだが、季節は冬。もうそろそろ雪が降り出してもおかしくない気温に、グレンは小さく身震いする。
駅前にはタクシーもバスもあるのだが、グレンはあえて使わない。列車の中で食べた駅弁の消化がてらに目的地まで歩くことにしたのだった。
ダンジョンと冒険者の管理が主な業務であるダンジョン管理局に向かう道すがら、もう一つの目的である街の様子を窺う。
「さて……」
アスファルト舗装の道に、聖剣の入ったスーツケースを引きずるガラガラという音が大きく聞こえる。
「空気が悪いな。これも殺人鬼が街に潜んでいる影響……、だけじゃないな。マナに何らかの影響を受けているのか」
袖から顔を見せる竜の鱗が街の異常を感じ取る。竜人やエルフ、マナに敏感な獣人種なら感じ取れるほどにマナの量がおかしい。
家族連れの声も友人同士の雑談もない閑散とした商業区を抜けて、管理局のある地区に足を踏み入れる。
「――はあ、鬱陶しい視線だな」
種族人口が少ない竜人は、このような地方都市では見かけることは少ない。そのため羊族とは毛色の違う鋭い角はどうしても目立つ。
じっとりとした粘着質な視線ではなく、ざっくりと突き刺さるような鋭い視線がいくつもグレンに向けられる。中にはこちらを心配そうに見ている人間もいるが竜人と羊族を勘違いしているのだと、グレンは推測する。
「俺は羊族じゃないんだがな――っと、動くんじゃねえよ」
グレンの独り言に相棒が答える。周囲が震えるスーツケースに不審を持たれる前に、グレンは聖剣に黙れと軽く蹴る。
(カルトがテロを起こす前の空気に近いな)
グレンにはその視線が鬱陶しと感じるが、仕方ないと思う部分も大きい。
視線を向けるのは主に冒険者だ。おそらく外から来た部外者に警戒しているのだろう。過去にいくつもテロを鎮圧してきて、同様の経験があるグレンには慣れたモノだと無視を決め込む。
「ここか」
携帯端末からの情報を頼りに見つけた管理局に、グレンはほっと一息つく。
強化ガラスの透明な自動ドアがグレンに反応してゆっくりと開き、暖房の効いた温かい空気が外から入ってきたグレンを迎える。
「王都管理局総本部からここの支部長へ荷物の輸送を頼まれた者だ。話は伝わっているか?」
受付の奥から忙しない雰囲気が伝わる。事件でダンジョンに入る冒険者が減って、その穴埋めのために関係各社との話し合いで修羅場と化している。
この付近にあるダンジョンは数が少なく、食糧も当然だが木材や金属などの資源収集がメインとなる。魔導技術では作れないダンジョンの宝物であるアーティファクトは期待できない分、生活に密接な関係にある。
「承っております。所属とお名前の確認をよろしいでしょうか」
「アンダーエールのグレン=フォールンだ」
「Aランク冒険者のグレン様ですね。支部長に確認を取りますので、少々お待ちください」
受付近くにいた職員がグレンに対応する。職員が誰かに通話で連絡を取ると、「支部長室へ案内します」とグレンを連れてエレベーターへ案内する。
「ようこそ、ダンジョン管理局バーデン支部へ」
支部長室へ入ると白髪混じりのヒューマンの男がグレンを出迎える。男はソファへ座るように促し、職員を職務に戻した。
「ここの支部長をやらせてもらっている、アイザック=ローエンだ。改めて頼りにさせてもらうよ、第七聖剣」
「アンダーエールのグレンだ、担当は魔法生物」
アンダーエールの表向きは、ダンジョンのボス狩りがメインのクランとなっている。単騎でも対応する種族なら一方的に葬る、Sランク冒険者すら上回るスペシャリストのみの集団。
アイザックもそれがアンダーエールの全てではないことを、薄っすらとだが把握している。そうでなくてはボス狩り専門の冒険者が殺人事件解決のため、密かに派遣されるはずがない。
「悪いがこいつであんたを調べさせてもらう」
グレンはテーブルの上にスーツケースを置き、厳重なロックを外して中を開ける。
「これが魔を喰らう聖剣マナイーターか」
「ああ、その名称は聖剣の分類だがな。正式名称は機密だ、わかるだろ?」
マナイーターと呼ばれたガントレット型の聖剣。黒に染まったマナ金属――ミスリルとオリハルコンの二種類――で作られたそれは肘近くまでの前腕を覆い、どこか禍々しい気配を漂わせる。
「こいつは魔法生物の活動を阻害する能力があるっていうのが公開してる情報だ。知ってるよな?」
「――それと魔術も潰せるとは聞いてる」
グレンはガントレットを取り出し、腕部部分を開きながら左腕を突っ込む。なぜかマナイーターを装着するグレンに警戒しつつも、アイザックは彼の質問に頷く。
「それ以外にもマナを食らわせれば相手の感情も読めるんだわ」
「ぐっ、何のつもりだ――」
グレンはアイザックの胸元を左手で掴み持ち上げる。突然の凶行にアイザックは足をジタバタさせて抵抗することしかできない。
「お前は今回の連続殺人の犯人あるいは協力者か?」
マナイーターは生き物のように脈動していると、掴まれたアイザックには思えた。さらにアーティファクトのコアである魔石から、蛇に睨まれた蛙のような恐怖を感じる。
「――違う! 私は――」
「オ-ライ、あんたは白だ。疑って悪かったな」
アイザックの言葉を遮りグレンはゆっくりと地面に彼を降ろす。閉まった喉を押さえてアイザックは咽ながらグレンを睨む。
「情報部と公安はあんたを白と判断したが、確証があったほうが動きやすいだろ?」
言葉で謝罪するが、悪びれる様子はない。必要だったからやった、ただそれだけだ。
「ああ、これで白かどうか分かるなら構わん」
「そう言ってくれると助かるよ。これで安心してあんたは協力者だと上に報告できる」
もしマナイーターが黒だと判定していたら、グレンはアイザックをそのまま拘束するつもりでいた。アイザックもそれが合理的な手段であるからこそ文句は言わない。
元々は出身地であるここで冒険者として活躍していたアイザックも、今起きている事件を速やかに解決したいと願っているからでもある。
「さて、これで安心して事件の話ができるってもんだ」
グレンは左腕のマナイーターをスーツケースに戻して、ソファにもう一度腰を下ろす。
「私は冷や汗をかいたままだがな」
アイザックは乱れた服を正して、ハンカチで汗を拭く。彼も元Bランクの冒険者から支部長に這い上がった現場組であるが、Aランクの威圧を受けて平然としてられるほど肝は太くない。
「支部長殿は犯人に目星は?」
「普通に考えれば頭のおかしい殺人鬼か、あるいは――」
「楽園派か……」
「目撃者の生き残りは複数犯だと証言がある。地上で起きた事件が陽動なら、楽園派が犯人というのが濃厚だと思っている」
アイザックも後者の線で考えているようだ。そもそも前者なら警察案件だ。ダンジョンが担当の管理局が協力以上の手を出すべきではない。
支部長室に備えてある小型の冷蔵庫から、アイザックは飲み物を二人分取り出す。片方を投げられたグレンも礼を言ってそれを受け取る。
「楽園派の調査を俺たちが担当する、ただの殺人鬼なら警察に任せればいい」
グレンが「楽園派でまず間違いないがな」と付け足すと、アイザックが眉をひそめる。どういうことだと聞きたそうなアイザックにグレンがさらに情報を提供する。
「ここらのマナ濃度の上昇を軍が把握している」
「それは知らないな。感覚的に感じ取ってる連中がいると報告は受けてたが」
ダンジョン管理局の総本部だけでなく軍とも繋がっているのかとアイザックは驚いているが、グレンはそんな彼を無視して話を進める。
「あと注意すべきは酒だな」
「酒?」
考えてもなかった手掛かりにアイザックはそのまま聞き返す。
「宗教において酒とは共通するピースだ。ワインは神の血と、神に捧げる酒を神酒、アムリタやソーマ酒。やつらが神や悪魔にまつわるダンジョンで何かやらかすつもりなら酒にも目を向けておけ。そういう方向から尻尾を掴めることもある」
「ほう、参考にさせてもらおう」
ダンジョンとは人間の使う魔術とは異なる魔法の領域に存在する神秘。神や悪魔と関わりの深いダンジョンは人身御供との相性が良く、何らかの魔法を起こす可能性がある。
グレンの持つマナイーターの真名を明かさないのもそれが理由だ。それの持つ伝承はメリットもあるがデメリットもまた持っている。とある英雄が背中の一点だけ不死身でない弱点だったりするアレである。
「それはうちのツテでも調べさせる。俺たちのやるべきことはダンジョンの調査だな」
「管理ダンジョンと野良ダンジョンどちらが怪しいと思う?」
野良ダンジョンは自然発生したダンジョンのことだ。野良ダンジョンは管理されないなら見つかればすぐダンジョンアタックで潰される。放っておくとダンジョンを中心として魔境が発生する可能性があるからだ。
「前者だ。野良ダンジョンはねーよ。あったら軍がやばい、両方の意味でな」
もし軍で認識していない野良ダンジョンがあるなら、軍の監視網に穴があるか内部にテロリストの手の者が入り込んでいることになる。
「とりあえずこれが付近に存在するダンジョンのリストだ」
「ふむ。――――調査すべき場所はこことここだ。残りは後回しで良い」
バーデン近辺のダンジョン概要にグレンは目を通して、すぐに候補を出す。出現する魔物の傾向、ダンジョン内の環境、人の出入り。一通り必要と思われる情報にグレンは心の中でガッツポーズを取る。
「なぜだ?」
「言っただろ。やつらが神やらなんやらのダンジョンで何かやらかすつもりならと。やつらは楽園派、最初に縋るのは神、時点で悪魔だな。他は有益な存在がいるなら順に調べる」
リストのおかげで候補は大分絞り込めたが、その中からさらにダンジョンの考察をしなくてはいけない。資料と睨めっこする事を考えてグレンは乾いた笑いが出た。
見かねたアイザックも職員から人手を出そうかと提案するが、内通者だったら困るとグレンは断る。
「最後のアドバイスだ。――好奇心は猫を殺す」
グレンは最後に小さく呟く。その声に感情はなく、必要だったらやる。暗にそう言っているのがアイザックにも伝わった。
「全くもってその通りだ。君達はただの冒険者クラン、それ以上でもそれ以下でもない」
グレンの忠告にアイザックは素直に従う。アンダーエールには人型狩りという、人型担当の聖剣使いが存在している事を知っている。彼のクランの背後にいるのが軍か国かはアイザックも把握できていないが、どちらにしろ深入りしたらどうなるか想像は容易だ。
「その言葉が聞けて我々も安心だ。あんたは長生きできそうだ」
そう言ってグレンは支部長室から出ていく。自分の首に冷やりとした感触を感じて、一人になった部屋でアイザックは首をすくめた。