セーレ
セシリアとブラッドがジャック率いるパラダイスシフトの兵隊が戦っていた頃、作り物の朝日が廃都の教会を照らしていた。
「あの狂人を野放しにしてよかったのか?」
教会の入り口傍のベンチに座る夜叉丸が隠し階段から上がってきたローランドに話しかける
「ジャックの要求でな。聖剣使いと戦いたいそうだ」
ローランドの後ろには灰色のローブを着たカグラらしき姿もあった。しかし彼女の周囲には不穏な気配が漂い、その顔は不気味な笑みを浮かべている。
それで無事儀式が完遂されたことを理解するが、仮面に隠された夜叉の感情は決して良いものではないだろう。
「あわよくば連中のアーティファクトを奪うつもりであるか」
カルトに肩入れし過ぎるつもりのない夜叉を軍の聖剣使いに直接ぶつけたくはない。だからこそ転移で直接、本当のセーレの祭壇であるここに連れてきた。もしこの場所がバレていた場合の時間を稼がせるために。
けれどグレン達はここに一切気付いていなかった。これも長年かけて管理局のデータベースを改竄したことと、事前実験で作ったセーレの実験体から隠し祭壇の場所を聞き出したからであった。
「当然だ。よほど扱いの難しいアーティファクトでなければ持っていて損はない。それよりも儀式の余波で生じたマナを感知される前に、我々は撤退する。夜叉殿はどうする?」
ガーロンドは懐から紙切れを差し出しながら、夜叉に問う。正規のルートで出入りしていない以上、帰路も転移のほうが色々と不都合がない。
「ふむ、たしかに報酬の情報は頂いた。転移はジャックの元に飛ばしてもらえるか」
「何をするつもりだ?」
紙切れに書かれた場所を確認し、夜叉はそれを腰のアイテムボックスにしまう。
「なに、儀式が完遂したことを伝えるだけだ。吾輩も指名手配されては面倒でな、少し軍に言い訳をしておきたい」
陽動をしている部隊は軍の聖剣使いに殺されている可能性が高く、生き残っているだろうジャックには帰還の足を渡してあった。既定の時刻に撤退するはずではあるが、早々に引き上げられるならそれに越したことはない。
けれどれを言いだした夜叉にガーロンドは不審に思う。
「このタイミングで裏切る――いや、依頼の終わった今冒険者として敵対すると思っていたのだが?」
ガーロンドの歯に衣着せぬ本音に夜叉は一瞬驚愕し、大きく笑い声をあげる。暗黙の了解となっていたことが、まさかガーロンドが言葉に出すとは思っていなかった。
「はははは、たしかにそれも考えてはいた。けれどそうする意味が無くなったのでな」
「どういう意味だ」
「単純な話だ。吾輩にできるのは殺す事。少女を救う力を持ってはおらん。それならあの聖剣使いの青年に託すのも一興であろう?」
カグラを見て夜叉はそう言った。ビルの襲撃時にグレンとファントムの戦いを監視カメラでガーロンドは確認している。なのでグレンとブラッドの聖剣については夜叉も知っている。
「――――そろそろその体に馴染んだか?」
カグラを騙している罪悪感からガーロンドは話を替えようとする。新しい体に今まで静かに確認をしているセーレに声を掛けた。
声を掛けられたセーレはマナの操作を止めて目を開く。
「うむ、調子は良好であろう」
グラシャボラスとは違いカグラの体で流暢に話すセーレ。かの犬は動物型であるが、セーレは元々人型であるのがその理由である。マナの操作に違和感がなくなったのか、次は依り代となった少女の体を動かしながらその調子を確かめる。しかし、何か納得がいかないといった表情だ。
「あの犬に仕えていた一族の小娘だったか。たしかに依り代としては一流ではあるが、貧弱過ぎる」
セーレは少女の細腕を揉みながら文句を言う。「久方ぶりの現世であるというのに……」と華奢な少女の体に、ガーロンドを非難の目で見る。
「その分、マナに対する許容量が大きいのだ。丁寧に扱ってもらえると助かるのだが?」
「わかっておる。ここまでマナに対する素の耐性が高いのも珍しい。全力での戦闘を控えれば数年は使えるほどだ」
封印があるからこそ普通に使えるグレン達の聖剣と違い、セーレの力は人体に直接作用している。その悪影響は聖剣の比ではなく、普通の人間なら憑依した時点か数時間後には魔法への拒絶反応で肉体が崩壊してもおかしくない。それほどにカグラの魔法に対する親和性は高かった。
「それでこの鬼をお主の仲間の元へ送れば良いのか?」
「うむ、よろしくたのむ」
「よかろう」
夜叉に頼まれたセーレは召喚主であるガーロンドが頷くのを確認して了承する。紅い瞳を閉じてジャックの居場所を探るとすぐさまその位置を特定した。
「場所の確認は済んだ。もう飛ばすか?」
転移を今すぐ行うか問われて夜叉は「問題ない」と返す。そして、ガーロンドに別れを言うために彼の方を見る。
「ああ、最後に元依頼人の健闘を祈っておくか」
「いいのか?」
今後は敵対する可能性の方が高い夜叉からの応援に今度はガーロンドが驚かされる。
「ああ、これから起きる戦いがお主の最後の戦いだ。ならば足掻け、存分に暴れて見せろ。その先に見えるモノもきっとある故にな」
その目はどこか悟りを開いているかのような想いを感じる。おそらく自分とは違う視点から魔法という物を認識しているのかもしれない。渡すつもりはなかった壊れかけでヒビの入った錫製の紋章を手渡し、転移の光に包まれる夜叉にガーロンドは頭を下げて送った。
「あれはこちらの次の行動を読まれているが、良かったのか? マスター」
「構わん、お前の力があればやつらは間に合わん。そうだろう?」
ガーロンドは憑き物が落ち晴れ晴れとした顔でセーレに答える。
「イエス、マイマスター」
少女の姿で話すにはセーレの言葉使いが合わないと悪魔は気付いた。セーレは見た目と言動の差異をガーロンドに合わせて調整する。
「それを望むなら叶えて見せましょう」
芝居がかった仕草で頭を下げるセーレ、隠した表情に映る笑みをガーロンドが気付くことはなかった。




