暗器使いの神父
悪魔召喚の条件の一つ、月齢が整う前日。グレン達はコトハを護送するために送られてきた軍のエージェントに彼女を託した。
「寂しくなりますね」
ホテルの窓から軍の車両を見送るグレンにセシリアが話しかける。同性ということもあり、二週間の間で随分仲良くなったセシリアはコトハとの別れを惜しんでいる。
「子守りは俺らの仕事ではない」
「たまにはいいじゃないですか。グレンも満更ではなかったでしょう? ブラッドは結局一度も護衛に来ませんでしたが」
慣れない仕事にグレンはうんざりだと態度を取るが、普段の殺伐とした仕事とは異なる護衛任務に気分転換となった事を否定しない。それに護衛をしていたグレンとセシリアは実際に襲撃がある可能性は低いと考えていた。
これから儀式を行う必要がある状況で、戦力を無駄に消費することはしないだろうと考えていたからである。
「ゼロに配置換えでも願い出るか?」
「配置換えしなくてもまた会えるかもしれませんよ」
グレンの冗談にセシリアは含みのある笑みを浮かべる。それに何か不穏な気配を感じ取ったグレンは顔を引きつらせる。
「彼女に余計な事を吹き込んでないだろうな」
「ふふふ、余計な事とはなんでしょう?」
「セシリア……、おま――――」
「――そろそろ行かなくていいのか?」
問い質そうとするグレンの言葉を遮り、ブラッドが部屋の扉を開けて顔を出す。
「話の続きは仕事が終わったら確認するからな!」
セシリアに指をさしてグレンは宣言すると部屋から出ていった。何が何なのか理解できないブラッドは目を白黒させて首を傾げる。
「グレンは何焦ってんだ?」
「秘密です」
まるで遠足を楽しみにする子供のような表情で笑うと、セシリアも出ていく。残されたブラッドの疑問は結局晴れることはない。仕方なくブラッドも二人に続いて、何か釈然としない気持ちでホテルを後にした。
今回も祭壇を守る戦力は三人しかいない。黄昏症候群への耐性に不安がある軍を動かす事はしない。
当然ではあるが二週間の間でゼロに増援を頼んではいるが、ぎりぎり間に合うことはなかった。他の聖剣使いも最近起こっているダンジョンの異常発生とギリギリまで引き延ばされたメンテナンスで動かすのが困難であるからだ。
非常時には軍を動かせる根回しだけ済ませて、ゼロはグレンに召喚の阻止を命じた。
ダンジョンの作られた荒野を越えて、廃都の寂れた街並みを進むグレン達。魔物の顔ぶれも変わらず小悪魔達の群れが三人を出迎える。
「マナの濃度に異常は無さそうだな」
空を舞う目玉の悪魔にグレンは弾丸の雨を叩き込む。長期戦になる可能性はあるが、拳銃型の魔導具と弾薬となるHパック――水素粒子を弾薬とし、再補充が容易なマガジン――は豊富に用意してある。
「魔物の行動にも変化なし――、と」
戦闘音を聞きつけてやってきたスケルトンを、ブラッドの鎌が脚部の骨を勢いのままに吹き飛ばし放置する。
マナ感知を無力化していた高濃度なマナの存在はすでになく、魔物をやり過ごす事はできない。しかしそんなことは関係ないと鎧袖一触に魔物を蹴散らし、彼らは城まで悠々と足を進めた。
城内に入ったグレンはアイテムバックには収納できない拠点用品を載せた自走式のキャリーカーを止めて、動かないように固定する。
「とりあえずここを拠点にする」
魔物が出ないとはいえ祭壇という閉じられた場所や、魔物が出る地下に拠点は作れない。グレンは安全地帯である城にはいってすぐの大広間にテント等々を降ろしていく。
エントランスを拠点にすると決めたグレンがブラッドに聖剣にて感知を行うよう指示を出す。監視からそれらしい集団が侵入したとの報告が来ていないが、念のための確認である。
「了解、サクッと調べるか。――頼むぜ、相棒」
ブラッドは聖剣にマナを流し、聖剣の核である魔石が一瞬だけ脈打ち、薄暗い靄が中で蠢いている。その反応もすぐに止み、ブラッドは首を横に振る。
「マナはどうですか?」
セシリアの質問に、グレンも自身の聖剣の核を見る。何の反応もない聖剣にグレンは呆れながらもマナを与えつつ「どうだ?」と改めて問い掛けると、言葉ではなく意思が返ってきた。
「――――何かしらの魔法の残滓はなし、マナの量もダンジョン深度を考えれば許容量だそうだ」
「楽園派はまだ行動していないようですね」
「余裕があるうちに拠点の設営を済ませるぞ」
不気味なほど静かなダンジョンにセシリアは顔を不安げに曇らせる。不安を和らげるためグレンはテントの設置をセシリアにも手伝わせるが、ブラッドは自分にも仕事が回ってくる前に城の入り口に一人離れていく。
「俺はこのまま周囲警戒してるわ」
「……積み重ねって大事ですよね」
セシリアは疑いの目でブラッドを見る。いつものサボりの言い訳かどうか見極めようとしているが答えが出ないまま、ブラッドを見送った。
その後、一般の冒険者すら来ることもなく二日が経過した。こちらが万全な状態で待ち構えていることは向こうも想定しているはずだ。グレン達は焦る事もなく二度目の儀式が可能となる月齢と時間を迎えようとしている。
その時、外を監視していたブラッドが敵と思われる部隊の接近に気付いた。
『あれがお客さんね』
ブラッドが見つけた集団はローブ姿にフードを深く被る、いかにも不審者の集団。
祭壇で転移による侵入に備えるグレン達に援軍を頼んだブラッドは、グレンを祭壇に残しセシリアと共に来客の応対に出た。
『ああ、それであの神父野郎がやばいな』
ブラッドとセシリアは携帯端末の暗号通信で連絡を取り合いながらそれぞれ最適な配置に着く。
彼ら冒険者が使う携帯端末は短距離ならダンジョン内でも通信塔が無くとも会話が可能となっている。
ブラッドはセシリアを城に残し、敵の背後を突くため城外の陰に潜む。
『虐殺神父、楽園派最高戦力の一つですね。できればここで仕留めておきたいけれど』
敵集団の先頭で軽いジョギングをしているかのように駆ける神父姿の男。ダンジョンの中であるにも関わらず、強化スーツを着ていないのは自らの魔術で同等の動きができるからである。
セシリアは聖職者の皮を被った大量殺戮者を苦々しく城の窓から監視する。
『優先順位を忘れるなよ?』
『言われなくともわかっています。こちらで隙を作りますので、周りの兵隊はお願いします』
『おう』
軍の最優先抹殺対象に登録されているとはいえ、今は儀式の阻止の優先度が上である。
普段適当なブラッドの忠告に若干イラっとしつつも、セシリアは敵を待ち構えるために一階の大広間へ移動する。
木製で出来た両開きの扉を開いて、十数人の人間が城の大広間に雪崩れ込んでくる。彼らはすぐに階上で自分たちを見下ろすセシリアが目に入り、警戒態勢を取った。
「申し訳ありませんが、この区画は我々中央軍魔術師団の作戦領域となります。お引き取り願います」
剣を鞘から抜き、階段の上から威圧的にセシリアが言い放つ。純白で片刃の剣身に装飾は最低限、それはまるで一本の牙を思わせる神を殺す聖剣。それを見た兵士は足を止めるが、例の神父――ジャックが前に進む。
「これはご丁寧に、貴方とはお初ですかね。軍の聖剣使い殿。お仲間のクソ坊主はいらっしゃらないので?」
ジャックは人の良さそうな笑顔と落ち着いた口調で話す。その中に混ざる口の汚さこそ彼の本質だろうか、セシリアは仮面の下で厳しい表情をする。
セシリアの仲間の一人、唯一ジャックと遭遇した悪魔狩りの坊主。彼らの因縁はセシリアも軽く聞いたことがある。
菩薩のように見守る彼と自身の宗教を押し付けるジャックとは水と油の関係だと。
「残念ながら本業が忙しくてここには来ていませんよ」
「そうですか。残念ですね、ええ、残念ですとも。その心臓に是非とも釘を刺してあげたかったのですが、代わりに貴女の命を頂きましょう!」
ジャックはそう言い終えると同時に、袖に隠す暗器をセシリア目掛けて投げた。
「暗器使いであることは聞いていますよ?」
飛翔物を長剣型の聖剣で弾き飛ばしたセシリアはその感触に気持ち悪さを感じる。その感覚の正体がわからないまま、ナイフを取り出し接近するジャックを迎え撃つ。
(さきほどのは釘? ただの暗器ではありませんね。彼からはこれについて何も聞いてませんが……。彼対策だとしたら聖人、神系列に対して効果のあるものでしょうか)
セシリアが横目で飛翔物を確認するとマナの粒子となって消えていく釘が見える。それで釘がアーティファクトの類であることが確信できた。
「これは効きませんか。貴方達は地下に向かいなさ――、チッ」
後ろに控える兵士達に先に進むように命令するが、返事は悲鳴で返ってくる。このタイミングでブラッドが後ろから奇襲を仕掛けていた。
「俺も混ぜてくれや」
「困りましたね。困ります。聖剣使いが同時に二人はさすがの私でも厳しい。ですので、これでどうでしょうか?」
ジャックが新たな武器を取り出そうとするのを警戒し、セシリアが攻撃を仕掛けた。けれどそれよりも早く暗器がジャックの手に握られる。
「狼には銀の弾丸と決まっているのですよ!」
「――古臭い骨董品なんかを持ち込んできましたね」
苦々しい表情でセシリアはジャックの小さな拳銃を睨む。それは拳銃型の魔導具ではあるが、粒子をビームとして撃ち出す従来式とは異なる。大昔に主流だった弾丸を加速リングで撃ちだすタイプの拳銃である。
「『われらを魔より救い給え 銀の弾丸』」
ジャックのデリンジャーから放たれる、マナに覆われた銀の弾丸がセシリアを襲った。




