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その願いは罪か

 バーデンからバイクを走らせること数時間。軍の監視を潜り抜けて夜叉丸はとある町に来ていた。人の気配が多い街中には入らず、彼は少しだけ町から離れた何かの倉庫と思われる建物に入る。


「さて、話ではここだったと聞いているが……。出てきては貰えないだろうか?」

「さすが鬼夜叉殿。あの包囲網を難なく越えてきたようだな」


 整然と並ぶダンジョン産の素材が詰まった棚の陰から出てきたのは夜叉丸の依頼主であるガーロンドだ。ファントムとグレン達の襲撃を受けたのはついさっきだが、本番前の実験として作ったアーティファクトの力でガーロンドはどうにか隣町まで逃げ切る事が出来た。


「軍の上層部も吾輩を本気で捕まえるつもりはない、見つかってもどうとでも言い訳が立つであろう。そちらは例のアーティファクトがちゃんと働いてくれたか、吾輩もハラハラしていたぞ」

「おかげ様で。実験体の方は力に耐えられずすぐ死んでしまったが、アーティファクトのほうは汎用性が下がる分耐久性は上だったようだ」


 革紐で吊るされた錫製のセーレの紋章。グレンがマナの共鳴で見たのと同じモノが夜叉丸の前で揺れる。完全とはいかなくとも悪魔の紋章となったそれは、マナを代価に転移を可能とする。オリジナルであるセーレほどの転移距離はなくとも、数人を隣町に逃がすくらいはできた。大量のマナを捧げる必要はあるのだが。


「それで今後はどうするつもりであるか?」


 夜叉丸はカチンと刀と鞘を打ち合わせる。それは約束を違えればタダでは済まさないという意思表示、落ち着いた口調ではあるが静かに殺気を放つ彼にガーロンドにも緊張が走る。


「延期も中止もしない。儀式は次のタイミングで行う」

 

 ガーロンドはすでに他の楽園派のメンバーと連絡を取り合い、必要な人手と装備の手配は済ませていた。夕方の襲撃からすでに日付も変わり、元軍人で現役を維持しているガーロンドですら疲れが隈となって現れている。それにもかかわらず、彼以上に動いているはずの夜叉に疲れは見えない。


「吾輩はいかに?」

「貴殿の協力はここまでで構わない」

「これ以上は信用が足らんか」


 夜叉の助力の申し出にガーロンドは丁重に断る。まさか協力を断られると考えていなかった夜叉はその答えに訝しんでいる。


「信用はしている、だが軍と完全に敵対する覚悟があると?」


 ギブアンドテイクな協力関係にあるが、ガーロンドは儀式にまで夜叉を立ち会わせるつもりはない。ガーロンドも夜叉もそれぞれ腹に一物を抱えている事を理解しており、決して仲間ではなく共犯者でしかない。


「それを聞かれると痛いな、吾輩もさすがに国を敵に回すつもりはない。元々の依頼は拠点の抑止だけであったからな?」


 悪いと思うさまもなく、夜叉は念を押す。夜叉の役割は抑止力。軍の立ち入りを躊躇わせるために、Sランクの冒険者かつ協力の目があった夜叉に声をかけたのだ。

 夜叉の強化スーツに残る戦闘の跡にガーロンドも裏では驚いている。


「もちろん。軍から一番重要なモノを守り抜いたのだ、報酬は作戦が成功した時には必ず」

「ここで失敗されると骨を折っただけになる。抑止力くらいにはなろう」

「助かる。夜叉殿には――――」


 ガーロンドは話すつもりの無かった今後の予定を話す。もし軍に察知されていなければ部下を何人か引き連れていくつもりだったが、そううまく事が運ぶとは彼も考えていない。だからこそ切り札となるセーレの紋章を作ったのだ。

 転移をうまく使えば軍の裏をかく事も可能。作戦の()|部《・”を夜叉に話し、ガーロンドは打ち合わせを済ませる。


「――ガーロンド」


 夜叉も気付いていた小さな気配が後ろから声を掛ける。そこにいたのは羊の獣人の少女と付き添いの女性だ。


「どうかしたか?」


 ガーロンドはポーカーフェイスで自分の名を呼ぶ少女に答える。その声に感情はなく、夜遅くに出歩いている事を咎めることもしない。

 さきほどの銃撃音と悲鳴が鳴り響く戦場の気配から逃げ出してすぐだ、初対面の女性より顔を知っているガ―ロンドを探しに来た少女を怒れるはずがない。


「彼は?」

「協力者だ」


 少女は不愛想なガーロンドに臆することもなく尋ねる。どこか神秘的な空気を持つ少女は、もし夜叉がファントムと直接顔を合わせていたら()()()()と感じていただろう。


「そう……、あなた()なにか失ったの?」

「いや、吾輩はあるモノを探している途中である」

「そうなの? 見つかるといいね」


 背中を向けたまま夜叉は少女を正面から見ることはない。彼はその身を鬼神に堕とそうと外道に堕ちたわけではない。たとえ復讐に目が淀んでいても、人に慈愛を向ける無邪気さを保つ少女は夜叉ですらその芯を揺らす。


「……感謝する」

「カグラ、そろそろ休んだ方が良い」

「わかった」


 ガーロンドの顔を見て安心したカグラは眠気が襲ってきたのか、目をさすっている。付き添いの女性に手を引かれてカグラは車に連れていかれた。


「彼女が?」

「ああ、セーレの依り代だ」

「そうであるか」


 夜叉はこの男がカグラを騙して、セーレの依り代に誘導しているのは簡単に想像がつく。それを非難する権利はすでに夜叉にはない、そしてするつもりもない。黄昏症候群とは一度死者と繋がった者、失った物を取り戻そうとするのは人として当然の感情だ。


「我らに協力して後悔したか?」

「愚問であるな。アレを見つけるために吾輩は一族と袂を分かったのだ。必要なら女子供でも切り捨てる覚悟はある」


 それに彼女を救うのは夜叉の役割ではない。冒険者がよく移動拠点に使う大型車に乗り込むカグラを見守りながら、夜叉は赤い竜人の青年を思い浮かべていた。

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