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鬼を宿す侍

 姿なき襲撃者(ファントム)を無力化したグレンは、ブラッドが作り出した地獄に立ち止まることなく六階へさらに進む。階段に足を掛けると、知っている声がなぜか和やかに談笑していた。

 不審に思いながら階段を上がった先にいたのは、鎧武者のような鬼とフランクに話すブラッドだった。


「おい、フィフス。何をしている」


 ブラッドに話しかけつつも鬼武者を観察するグレン。鬼武者はその視線に気付いているが、ブラッドと向かい合って堂々とした態度で座ったまま酒の入った器をあおる。

 

「ん? セブンスも来たか。いやー、鬼夜叉殿と地酒談義で盛り上がってな。さすがSランク冒険者、良い酒を知っている」


 気楽な調子でグレンに手を振るブラッド。続けて小さく「傷痕の男が居たぞ」とグレンに伝える。


「うむ。酒飲みたる者、良き酒は良き酒飲みに広げるのが道義。独占なんぞクソ食らえよ。カッカッカ」


 豪快に笑う国内に二桁しかいないSランクの冒険者。軍に近い強化スーツに和風な意匠の装甲、特注であろう歩兵アーマーを纏う姿は冒険者や軍人というより侍という言葉が似合う。油断しきった姿だが仕掛ければ、床に置かれた刀で手痛いしっぺが返ってくる事をグレンは悟る。


「そうじゃねえ! 何落ち着いて談笑してんだって話だ!」

「しゃあねえだろ、ここから先に進むには鬼夜叉殿と戦うことになる。どうせ足止めされるなら口で止まる方が楽だ」


 ブラッドが戦わないのは彼が“白”と判断したからだ。罪人相手には修羅の如く殺し尽くす彼であるが、そうでないと判断した人間には殺意が鈍る。それは聖剣の浸食を押し留めるブラッドの長所であり弱点でもあった。


「チッ。フィフス、お前は上に向かえ。鬼夜叉はこちらで引き受ける」

「ほう、吾輩と戦おうと申すか」


 頬当で表情の分かりにくい鬼夜叉であるが、その目は「面白い」と細めている。彼は夜叉丸で冒険者登録されているが、その素性は管理局でも把握していない。

 元々無登録で傭兵の真似事をしていた夜叉丸であるが、Sランク冒険者にすら拮抗する実力が認められて冒険者のライセンスを得た。本名や素顔といった素性を隠す特例と共に。

 正体不明の戦闘鬼、それが夜叉丸であった。


「二対一で足止めができるつもりなぞ毛頭ないだろ?」

「さすがにな。お主ら最低でもA、下手したらSランク同等の力を持っておろう。時間稼ぎは今までのフィフス殿で十分。お主の足止めは依頼主へのサービスだ」

「それじゃあお言葉に甘えてオレはいくわ。じゃ!」


 ブラッドは夜叉丸の横を通って先に進む。宣言通りにそれを見逃す夜叉丸に、疑惑が深まる。楽園派にこの危機を覆す手札を持っているのではないかと、ふつふつと嫌な予感がグレンの中で大きくなる。


「さて、Sランク冒険者がなぜ犯罪者に手を貸す」


 グレンはブラッドと同じく夜叉の前に座る。戦いよりも確認すべきことを問答する。


「なんだ、お主も吾輩と戦うつもりはないか?」

「お前も本気で戦う気はさらさらないのだろう」


 Sランク冒険者が犯罪に手を染めた場合、始末する側の役職にあるグレンは夜叉の情報も頭に入っている。戦闘狂の面はあるが、比較的道徳的な冒険者だった夜叉の暴挙を無視することはできない。


「制限が掛かったままのアーティファクトと本気で戦う価値はない。かと言って遊ばぬわけでは――ないぞ!」


 そう言うな否や夜叉は戦いを始める。傍の刀を握り、居合でグレンに斬りかかる。


「何を考えているんだ」


 グレンはそれを冷静に龍爪のガントレットで受け止める。

 刀と籠手。拮抗する二人の問答はまだ終わっていない。


「簡単なこと。奴の呼び出す者と吾輩が欲するモノが重なったから協力しておるだけよ」


 セーレの召喚に協力するなら、探しモノの線が濃いか。目的を聞き出したグレンは空いている夜叉の左をマナイーターで殴り掛かる。

 夜叉はそれを後ろに跳躍して躱す。見た目に反して身軽な動きにグレンも警戒して追撃はしない。


「その結果、人が死のうと関係ないと?」

「笑止! 人はいつか死ぬもの。この世は諸行無常、絶えず変化するモノ。ならば他者ではなく自らの力を持って望む方向に動かす! そのためなら幼子の生き血であろうと啜ってみせよう。どうせなら強者と戦いたいものだがな!」

「修羅が……」


 二つの拳でも夜叉の刀を捌くのが精一杯なグレンは罵倒を吐き捨てる。


「ふははは、修羅で結構! 善と悪というモノは立ち位置で変わる不安定な物でしかない。なればなぜそのような簡単に変わるモノを自身の生きる(しるし)とする?」


 夜叉は「貴様もそうであろう」と斬りかかる手を止めず、グレンに問い返す。


「貴様のそれを認めれば社会が成立しないんだよ!」


 夜叉の同意を求める言葉にグレンは全力で拒絶を示すが、彼の返答を聞いた夜叉は当然の事だろうとばっさり切り捨てる。


「全ての戦士の在り方が社会と共存できるわけ無かろう。信念とは揺るがぬからこそ戦士の芯となりえる。我らが芯をそこらの人間と同じにするな」


 夜叉の刃にも、グレンの籠手にも小さな傷が積み重なっていく。どちらも職人の魂が篭った業物の武器だ。欠けることはないが微小なダメージは溜まり続ける。


「それでよく冒険者なんてやってられたな」

「別に善悪を知らぬわけでも、道徳に従わぬわけでもない。吾輩は吾輩の目的のために動く、その優先度が高いだけよ」


 夜叉は悪人ではなく自身の信念で戦う武人である。善行は行うし、悪行も進んで行うことはない。ただ目的のために必要なら手を汚すことを厭わないだけだ。そういう意味ではグレン達に近いと言える。


「だが今回の件で全て捨てると?」

「何も問題はない。吾輩が用心棒の依頼を受けたのは数日前、やつらの悪巧みに何一つ関与しておらんからな。そんなことでSランクの冒険者を切り捨てるような真似を管理局も国もできん。お主らも表に出ない組織であるしな」

「これだから頭のいい脳筋は嫌いなんだよ」


 夜叉の言う通り彼を法的に裁く事は可能だが、国に属する戦力として難しい問題である。Sランク冒険者は市場に放出する素材のレベルが抜きんでて高い。そのような供給が不安定かつ不足している素材が入手できる冒険者を安易に切り捨てることはできない。もちろん、あまりにもやり過ぎたら国の処刑部隊に消されるだけだが。

 もし夜叉になんらかのペナルティが科せられるとしたら、そういった素材の無償奉仕と管理下に置かれるのが関の山だ。

 

「そろそろ遊戯は仕舞いの時間だ」


 そう言って刀を鞘に戻す夜叉に、グレンは身構える。グレンもそうであるが、Aランクになれば戦況を動かす切り札の一枚や二枚は持っていて当然である。

 夜叉の持つアーツ――魔術を併用した技――はドラゴンだろうと、魔術だろうと、最硬の金属だろうと、ただ一振りで切り伏せる鬼の一太刀。鬼夜叉の代名詞と言われる最強の矛をグレンは警戒する。


「では撤退させてもらおうか」

「は?」


 背中を向けて撤退する夜叉に、グレンは呆気にとられる。その直後、ビルを震わす爆音が鳴り響く。


「やっぱり何か仕込んでやがったか。くそったれ」


 グレンは嫌な予感が当たった事に憎まれ口を叩きつつ、手を床について揺れに耐える。ビルが倒壊するほどの振動ではないが、爆発は下からではなく上で起こった。証拠隠滅のためにワンフロアを破壊したのだろう。

 

「安心せよ、最上階を破壊するだけでビルが倒壊するほどの規模ではない」

「最後に聞かせろ。お前が探している物は国に害するか」

「何、吾輩の私事的な探しモノぞ。見つけるのに最も確実だったのが悪魔の力を借りるというだけで、少なくとも今も国と戦うつもりはない」


 夜叉が窓ガラスを割って、いざ飛び降りようとする直前。グレンの最後の質問に答えた。その答えは理由があれば国と戦うと言っているのと同義だが、Sランクの冒険者は全員似たようなモノである。


「さらばだ! アンダーエールの聖剣使いよ」


 二十m弱ある六階のビルから飛び降りる夜叉。他の建物を足場にする必要もなく、平然と着地する身体能力に窓辺に駆け寄って視認するグレンも乾いた笑いが出る。

 

「鬼はセカンドの担当でいいんだよな。よし、戦うことになったらアイツに丸投げしよう」


 グレンは仮面を外し、「絶対に戦わねえ」と心に決めた。

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