死神の大鎌
階下で襲撃者に話しかけるグレンの声が、階段を上るブラッドの耳に入る。
「――襲撃者は任せた。こっちはこっちで楽しく踊らせてもらう」
ブラッドが複数の気配がする五階を確かめる。左手には会議室と書かれたプレートに穴だらけの壁だった物。正面の廊下を進んだ先には上へ続く階段がある。だがその階段の前には壁を排除し椅子や机、階下から運んできた資材で作られたバリケードが張り巡らされる。
ブラッドが姿を現すと、バリケード越しに待機する兵士が一斉に銃口を上げる。一つの群れとして規律の整った軍隊は冷静に指揮官の指示を待つ。
「おいおい、随分過激な歓迎会だな。オレは軍の救援だ」
「仮面付けて鎌持った自称軍人なんて信用できるか」
ブラッドは両手を上げて敵意がない事を見せる。だが、完全武装の兵士は胡散臭いおっさんの言動に銃口を降ろす気配はない。
「あー、全くもってその通りだな。だがこっちも仕事でね。襲撃者の情報を教えてくれないかね」
「どうします?」
下っ端の兵士がそう言ってフードを被った男のほうを見る。ブラッドから髪型は見えないが、頬に傷があるのは正面から確認できる。陰になって見にくくはあるが、人相もグレンから見せられたモノと似てると感じる。
「……茶番だな、くだらん。総員発砲を許可する! 敵は軍の特殊部隊、我々を狩りに来た猟犬だ! 他にも潜んでいる可能性がある、周囲警戒」
「ありゃま、バレるのが早すぎないかね? 元軍人相手にそれも当然か」
ブラッドも最初から不意打ちができるとは考えていない。ざっと戦場を確認する時間が稼げれば十分。
(兵士の数は二十、武装は全員が強化スーツ着用。近接持ちの前衛五、残りがサブマシンガンか。もろに対人装備だな。指揮官は例の男。そんでもって全員黒だ)
「『第一限定解除。罪人の首を刈れ、死神の大鎌』」
「撃て!」
ブラッドが聖剣の解放キーを呟き終わると同時に、幾十の光が彼を貫く。呆気なく撃ち抜かれた彼に兵士達が戸惑うが、傷痕の男だけは舌打ちをする。
魔術で加速射出された金属粒子のビームは人体に衝突すると、容易に肉体を焼き穿つ。それは当然鉄臭さと肉の焼ける臭いが生じる。戦場特有の臭いが無いと気づいたのは、長く戦場に居た傷痕の男だった。
「周囲警戒! 奴はどこかに潜んで――――」
「『罪人の後ろに立つは誰』」
「へ――?」
だが注意を促すのが遅かった。撃たれたはずのブラッドの姿は虚ろとなり地面の影に溶けていく。
それを見届ける時間もなく、自陣で一筋の黒い月が弧を描く。一か所に固まっていた四人の兵士が断末魔の声を上げることなく、自らの死を理解できないまま首が吹き飛ぶ。
そこに居るのは死を纏う執行者。手頃な大きさだった漆黒のシックルはブラッドの身の丈を超える大きさの大鎌と変貌を遂げる。
その場に居る兵士達は理解する。それが自分たちの首を刈る死神である事を。
「リーダー、あなたは先に上階へ」
「すまない。かならず悲願は叶える」
相手がただの軍人ではない事に気付いた部下がリーダーに退く様に促す。自分たちが殿を務める覚悟を決めて。
「おうおう、自分の命惜しさに部下を見捨てて逃走か?」
「悲願成就のためならどのような汚名も被ろう」
さらに一人斬り捨て、ブラッドは仮面の内側で険しい顔つきをする。罪人の背後に転移する『罪人の後ろに立つは誰』は罪人の数が多い方、集団に吸われてしまう。たった一人で逃げられると傷痕の男を追う手段がない。強行突破を仕掛けようにも殿が多すぎた。
「どうやらこちらを追う手段がないようだな」
「ここの連中全て刈り取ってから追えばいい話だ」
死神と狂信者の視線が一瞬交差して、傷痕の男が去っていく。ブラッドはまた一人の兵士を裁きながらそれを見送るしかなかった。
「そういう訳で時間がねえわけだわ。――だからさっさと首を差し出せ。『紅き月は血に飢える』」
ブラッドがデスサイズを振るうと赤黒い月が離れた三人の兵士をまとめて体を両断する。さらに返す刀で一人切り倒し、流れ作業のように人を切断していく。
(上に逃げるったって何が目的だ。一つ上に変な反応があるのはわかるが、援軍に来させる気配はない。窓から逃げ出したところでここは完全に包囲されてんだぞ?)
このままでは時間稼ぎすらできない。そう判断した傷痕の男の後を引き継いだ副官が、同士討ち覚悟で銃を部下に撃たせる。
「その判断がおっせえんだよ」
ブラッドはデスサイズを大きく振りかぶって投げる。回転しながら迫る凶刃に進路上の兵士が巻き込まれる。
「武器を奪え! アーティファクトを取らせるな!」
「よせ――」
副官の制止も間に合わず、壁に刺さるデスサイズに触れた兵士が黒い炎に焼かれて灰と化す。何も対策せず武器を手放すわけがない。所有者の許可なく触れた者を聖剣が許すはずがなかった。
「別に大鎌しか使えないわけじゃねえんだわ。悪いね」
副官の頭を拳銃の光弾が貫通する。一拍の間をおいて、死者の仲間入りした彼が地面に崩れた。
ブラッドはガンホルダーから二丁の拳銃を取り出し、生き残りの頭を撃ち抜いていく。聖剣が放つ『死神の誘い』――恐怖と威圧で判断力や思考力を鈍化させられた兵士の撃つ銃なぞ掠りもしない。
そして、二〇人のカルト兵士は瞬く間に死神の生贄となった。
「さて上にいるのは人間なのか、御同類なの――――」
ブラッドは拳銃をガンホルダーに戻して、デスサイズを拾った。その直後何か飢えた怪物に睨まれ、心臓が縮む感触に襲われる。すぐに、それがマナイーターが舌なめずりしてこちらを見ているのだと理解した。
「グレンの第二解放か? 戦況がまずいのか……、セシリアも気付いているだろ。助っ人はあいつに任せて、オレは上を目指した方が良いな」
周囲に漂うむせ返るよう血の臭いの中。ブラッドは平然と傷痕の男を追う。




