列車に揺られて
よろしくお願いします。
世界観は他作品と共通だよ。
彼の目の前に転がるのは知らない獣人の亡骸。
なぜ、生きていないとわかったのか。その絶望と苦痛に満ちた表情を見たからだ。
(だから、この事件に関わりたくなかったんだよ)
周囲にはローブ姿の、一目で怪しい宗教集団だと容易に想像できる集団。そいつらはそこら中に蝋燭を立て、儀式の準備を進めていく。
「――――――」
一人の男が儀式を取り仕切る。それを彼はただ見ているだけだった。
(いつも似たような光景を見ているが、そろそろ飽きてんだよな……)
外の見えない密閉された一室の祭壇で、悪魔召喚の儀式を行う男。そいつに内心唾を吐きかけながら、彼はさっさと男の顔が見えないか待ち焦がれていた。
第三者として悪趣味な儀式を見学している彼が、ここに来たのは数日前の事である――――。
『猟奇殺人……ね』
列車の個室で一人の竜人が携帯端末、片手に誰かと話している。申し訳程度の車窓にはコンクリート壁しか映っておらず、ここが地上なのかそうでないかも分からない。
赤い髪をかき上げ、気分の悪くなる話をうんざりと竜人の冒険者――グレンは聞く。
『被害者は拉致された羊族の獣人が5名、他にも死傷者多数。拉致された羊の獣人も変死体が発見された。どれもダンジョンの中でだ』
『そりゃおっかない事件で。――だが、警察の仕事であって俺ら冒険者の仕事じじゃないな』
生存者からの証言もある、あきらかな殺人事件。ダンジョンの攻略と魔物の駆除が仕事の冒険者とは関係のない内容。だが、通話の相手からはいい加減にしろという空気がひりひりと伝わる。
『そっちに送る人員は第三にするか?』
『オーケー、ボス。ジョークは無しだ』
通話越しにキーボードを叩く音が聞こえる。グレンはそれが命令変更を伝えるメールを打つ音であることを理解して、すぐさま上司を制止する。けれど、ボスの指は止まらない。
『ふむ、私は冗談の分からない人間でな』
『悪かった! 変態女だけはこっちに来させないでくれ。そうなったら俺は逃げる』
グレンの謝罪に上司は振り上げた拳を下ろし、書きかけのメールを消去した。ゴホンと上司が一度咳払いをして、話を仕切りなおす。
『羊族の死因は高濃度マナによるショック死。その都市周辺でのみ僅かであるがマナ濃度があがってる』
四系統の力を行使する魔術の素となるマナ。これ自体は人体に悪影響はないが、高濃度となると話は変わる。
マナは人の想いを蓄積する。
マナのショック死とは蓄積された人の意思に呑まれた結果、自我が崩壊する現象といえる。
そんな事故が自然発生するはずがない、人為的な死因であることは明確である。
『――はいはい、テロリストがダンジョンを使って何かしら企んでいるわけですね』
『そういうことだ。あとは頼んだ、第七。援軍も仕事が終わり次第合流する』
上司から送られてきた資料のデータに添付された命令書に、グレンは「面倒くさい人選だ」と出かかった苦情を缶コーヒーで誤魔化す。ぬるくなったコーヒーに舌打ちをしつつも、人手がある事を前向きに考えることにした。
冒険者は偽装であり、実態が軍のエージェントであるグレンに命令を受ける以外の選択肢はそもそも存在しないのではあるが。
『了解した、ゼロ。二人が来るまで情報収集に徹しさせてもらう』
『相変わらず慎重堅実で頼りになるな。他の奴らときたら――』
グレンのクランリーダー兼部隊長であるゼロが他の問題児に頭を痛める。非戦闘員を除いて、たった七人しかいないクランメンバーはどいつも個性が強い。
(真面目な奴はいるが……。ドラゴン大好き変態女に、怠惰な中年、坊さん、ギャンブラーとどうして無個性な奴が居ないんだ)
今回援軍に選ばれた二人は比較的まともな感性をしているが、性格が犬猿の仲だった。顔を合わせれば口論しかねない二人に、間に立たされるグレンは迷惑である。
『知るかよ。人事を決めたやつに文句を言う事だな』
『聖剣に文句を言っても意味があるわけないだろ。はあ、武運を祈る』
『あいよ』
そう言ってゼロからの通信は切れ、グレンは通信端末を傍のテーブルに置く。
「なんだ?」
ふとガタガタと列車の走る音とは違う物音がした。グレンは何の音か、発生源を見る。
「おまえか。何か用か?」
グレンの横に置かれたスーツケースが震える。グレンは特に驚く様子もなく、大人しくしてろと軽く小突く。
グレンの所属するクランは変わったクランとして冒険者業界では知られていた。所属する冒険者の数は少数であるが、冒険者の中での知名度は上から数えた方が早く。それは冒険者全員が聖剣を所持しているからであった。
「ダンジョンでもないのにマナを要求してくんな。そのまま永遠に封印してもいいんだぞ?」
グレンの言葉を理解したのか、マナを遮断する特別製のケースに入れられた聖剣がさらに抗議する。グレンの持つ聖剣もインテリジェンスウェポンであり、時折無駄にマナを求める面倒くさい奴である。
もはや聖剣ではなく魔剣だろうと思うかもしれないが、魔剣もこんなハラペコ武器扱いされたくないだろう。魔剣は魔術を付与された武器というだけで、意思を持ってるわけでも呪われているなんてこともないのだが。
「他の連中の聖剣はここまで意思表示をしないんだがな」
「――――!」
それがグレンに対する不満を表すのか、意思表示できる自慢をしているのかはわからない。どちらにせよ、ガタガタと揺れてうっとうしい聖剣をグレンは列車から投げ捨てたくなる。
「何が言いたいかわからねえよ」
そんな聖剣とは、特定の種族に対して絶対的な優位性を示す武器の総称。剣と付いているが、槍や大鎌と言った武器も含めて聖剣と呼ばれる。これはダンジョンから発見される聖剣の大半が剣だった名残である。
ダンジョンや魔物が存在するこの世界であるが、旧文明から残った科学技術のおかげで文明レベルは大きく進んでいる。そこに魔術が合わさり、魔導技術という部分的に科学文明を上回る社会ができあがった。
当然魔導で作られた銃もあり、近接武器なぞ時代遅れかと言われるととそうでもない。それは聖剣を含むダンジョンで発見されるアーティファクトが現代文明の道具を上回る性能を持ってたりするかであった。
「北方方面の地方都市バーデン。魔境から程よく遠く辺境都市と北方各地を繋ぐ集積場としての役割を持つ都市のひとつ――か」
目的地に着くまでやる事もなく、グレンはゼロから送られてきた資料を読み返す。
魔境と呼ばれる魔物や巨大な魔物が蔓延る最前線のダンジョンとそれを繋ぐ中間都市。各方面にも似た役割を持つ都市はあり、特にテロのターゲットなる要因は都市にはない。
「被害者は冒険者も一般人も見境なしか。ダンジョン内外で事件を起こしているのは目的を探らせないための誘導。ブルーローズの仕業じゃないな。なら楽園の狂信者か」
ダンジョンを崇める狂信者、パラダイスシフト――通称楽園派と呼ばれる集団の関与をグレンは疑う。彼らはマナショックによる死を免れたが、マナの見せる世界に執着してカルトとなった。世界にマナを満たせば楽園が現れると狂信しテロを起こす集団であった。
(獣人の――羊族を中心に行方不明も多い)
古くよりスケープゴートという言葉が示すように、山羊は生贄の象徴とみられることが多い。神や英雄などの伝承を模したダンジョンでカルト的な儀式を行う楽園派が、そんな羊の獣人――山羊と羊の獣人は同種として扱われる――を生贄として狙う事件が稀に起こる。
それ故に被害者に羊の獣人が多い場合、やつらの犯行である可能性が高い。
「それにしては隠す気がさらさらないな。……一体何が目的か」
グレンは長閑な地方都市の写真を眺め、ぽつりと呟いた。軍の情報部でも警察の公安でもなく、国家直属で暗躍する自分達を動かす理由があるのか。いつも通りの面倒な仕事に、殺風景な壁が映る外に目を向ける。
主人公に好意を寄せる女性は複数いますが、現在更新予定の部分まではその要素が低いのでハーレムタグは入れてません。
一応この事件が終わる(区切りの良い場所)までは書き終えているので、そこまでは更新確定してます。