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バッドエンド・キルズ  作者: 黒瀬 糸
序章
3/4

2話 口なしコウモリのジーク


 いつもであれば聞こえているキーボード音は、今日は鳴っていない。どんな日でも、つけっぱなしにしていたモニター画面は何も映していない。ゴミは辺り一面に散乱し、難しそうな数式がたくさん書かれた紙も床一面に広がり、(すす)だらけになっていた。

 そんな惨状でも、鼓動し続けるモノが一つ。


『あの世界に入ってからすぐに放り出され、アヤメ博士は謎のユニットによって、ゲームの世界に連れ去られた……』


 黒い液体がわずかに付着した端末。その画面に、メッセージウィンドウが表示された。


『それに、俺の検知したバディはどこだ……アヤメ博士は妹だと言ってたが、そんなやつまだ来てないぞ』


 画面のコウモリのアイコンが、目をキョロキョロさせる。何らかの方法で、端末の外へ出られる仕組みのようだ。しかしこの物体が、いくら暴れようと、言葉を出そうと、所詮は画面の中の世界。誰かに届くわけでもなく、ただただ時間が過ぎていく。


『しかしアレだな……状況が全くわからない』


 その時マンションの外廊下から、誰かの走る音がした。次の瞬間、それはもう玄関の前まで来ていた。


『誰だ?!ここから出せ!バディさえ、妹さえいれば……』


 アヤメを連れ去った犯人であれば、この端末を回収しに来たのだろうか。そう直感したコウモリは、身動きが取れないとわかっていても、ここから出せと言わんばかりにジタバタする。


 そんな予想とは裏腹に、玄関のドアを開けたのは、妹のアオと、友人のミミであった。


「姉さん!帰ったぞ!!」


「おじゃましまー……ちょ、ちょっと待って、アオちゃん」


 スニーカーを雑に脱ぎ捨てたアオは、ミミの言葉には目もくれず、すぐにアヤメの部屋のドアノブに手をかけた。さっきまで全力で走っていた為か、息が荒い。しかし、息を整えているほど、心に余裕がなかった。


「入るよ、姉さん!!」


 ガチャ


 ドアノブを捻って、恐る恐る中を見る。アオの目に映ったのは、煤だらけの惨状であった。そこにアヤメの姿はなく、何かを燃やしたような匂いと、薄暗い空気が空中を漂っていた。


「アイツの言ってたこと……マジだったのか……」


 アオの体は、膝から崩れ落ちてしまった。ガラスのような優しい姉の笑顔が、思い出と共に割れていく感覚がした。


「姉さんは誰が連れ去ったんだ!!クソ!」


「なにこれ……ひ、ひどい」


 アオは今にも泣きそうな顔で、下を向く。ミミは寄り添うようにして、そばにしゃがんだ。

 ミミにとってのアオがそうであるように、アオにとってのアヤメも同じような存在だった。数少ない自分の理解者であり、唯一、信じられる家族。そんなかけがえのない存在なのだ。


「んんー……そ、そうだ!アオちゃん!犯人の手がかり、探してみよ。警察にも行って……捜索願いを出して……えーっとえーと、それから美味しいスイーツを食べよ!今日は私のおごりだよ!」



  アオは全く反応してくれない。



「えーと、えーっと明日は学校休んでゲーセン行こう!いつものアレやろーよ!そ、それかストームライダー7の新刊を──」


「わぁーったよ、ミミ。くよくよすんなって言ってくれてるんだろ?」


 アオが少し顔を上げて、ミミに無理な作り笑いを見せる。それがあまりに変な顔だったのか、ミミが口を押さえてプッと小さく笑ってしまう。


「ご、ごめんねアオちゃん。あ、あまりに作り笑いが下手だから……つ、つい」


 何かのスイッチが入ったかのように、ミミは両手で口を覆って、さらに笑い始めた。


「クックク……ご、ごめん……フフ」


 その様子を見て、アオは何かが吹き飛んだような、キョトンとした顔をした。姉はきっと見つかる、ミミがそばにいる。それだけで活力が湧いてくる気がした。


「はぁ……ごめん。作り笑いなんて、らしくねーよな」


 アオはミミの頭をポンと叩くと、ゆっくりと立ち上がる。ミミは笑うのをやめると、その背中を見つめ、


「し、調べてみる?」


 と一言。


「下向いてたって仕方ない。部屋片付けて、手がかりとやらを探してみるか」


 アオの顔はすっかり彼女らしい顔に戻っていた。そんな顔を見て安心したのか、ミミは微笑んで立ち上がる。


「よし、そんじゃあどこから始めるか」


「何もかも煤だらけだね。でもパッと見、火事があったようには見えないよ」


 その時、この部屋の真ん中で唯一光を発していたモノが一つ。それはスマホのような端末で、画面上に次々とメッセージウィンドウが表示されているのが見えた。


「ミミ、あれ何だと思う?まさか爆弾とかじゃないよな……」


「えーっと、さすがに爆弾じゃないと思うよ。スマホっぽいし、見てみようよ」


 二人はスマホらしき端末に近づき、じっと見てみる。その液晶には、片方が一方的なチャット画面のように、次々とメッセージウィンドウが表示されていく。


『貴様ら何者だ!──バディを検知。』


『アヤメ博士をどこへやった!──バディを検知。』


『俺をゲームの世界から出した上に──バディを検知。』


『さっきからうるさいなこのメッセ──バディを検知。』


 二人はどう反応したらいいのか分からずに、互いの顔を見合わせた。コウモリと思わしきモンスターの顔が、怒りマークを浮かべてこちらを睨みつけて、煙をプシューっと頭から出している。内容から察するに、明らかに謎のコウモリは、怒り心頭である。


「アヤメ博士って言ってっけど、オマエは何なんだ。もしかして、ゲームの世界がどーたらこーたらのアレ?」


『貴様こそ何者だ!──バディを検知。』


「あたし?あたしはアヤメの妹、アオだ」


『妹……妹なのか!?だからこのメッセージが──バディを検知。』


 アオはじれったそうに端末を手に取ると、液晶に殺気立った顔を近づける。ミミはなにも言えずにその様子をじっと見ていた。


「姉さんをさらったのはオマエか?答えろ」


『そ、そんなわけあるか!よく聞け、俺はジーク。アヤメ博士に命じられ、君のバディとなるユニットだ──バディを検知。』


 アオは不思議そうな顔をして、液晶から少し顔を離した。


「アオちゃん!『アッシュ』にはね!お姉さんの作ったこのゲームには、主人公が指定したユニットをバディにできるシステムがあるの!つまりね、ジークが言ってるのは──」


「ちょっと待て!あたし、このゲームなんにもわかってないって!それに、コイツが犯人かもしれないだろ!」

 

 ミミの口からアオの知らないゲーム用語が次々と出てくる。いくら妹と仲が良くても、なぜかアヤメは、アオにゲームのことを話そうとしなかったのだ。

 だから、アオの知っている情報は限りなく少ない。産まれてからゲームセンター以外のゲームを全く知らないのだから、尚更だ。


「ゲームの世界?アオちゃんこそ、それはどーゆー意味で……」


 そこにいる全員が、自分の知らないことを、聞き出したくてしょうがなかった。アオは端末を顔の前まで持ち上げると、


「とりあえずさ、リビングに行かない?じーくだっけ?オマエに聞きたいことがたくさんあるんだよ……。あと、ミミに何かしたらただじゃおかねぇからな」


 とミミも聞いたことのないような低い声で、ジークを威嚇する。


『そ、そ、それがいい。君達は敵ではないと、判断できるからな──……ふぅ、ようやく表示されなくなったか』


「大人しくしててね」


 ミミの言葉にジークは画面の中で、一生懸命うなずく。煤の惨状を後に、二人と一体はリビングへと向かった。






 アオはリビングに入ると、すぐにキッチンへと行く。そこで、(あらかじ)め茶葉を入れておいた急須に、ポットのお湯を注いだ。それを二つの湯呑みと一緒に座卓に運ぶ。

 それぞれの湯呑みにお茶を入れると、小さな座卓を囲むようにして、二人は座る。ジークは座卓の上のティッシュ箱に、立てかけるようにして置かれた。

 

『ミミ、まずはアオにバディのことを説明してくれないか?』


 ジークは汗マークをたくさん表示させながら、メッセージを出した。


「いいよ!でもアナタは一回も見たことないユニットだね。これがアヤメさんの言ってた、最後のユニットなのかぁ」


 アオの頭の上には、たくさんの疑問符(はてなマーク)が浮かぶ。専門的な会話に割り込むわけにもいかないので、座卓の上にある煎餅(せんべい)を手に取って食べ始める。


『改めて自己紹介だ。俺の名はジーク。ユニットNo.3140の通称「口なしコウモリ」だ』


 アオは煎餅を食べながら、液晶をまじまじと見た。確かにこのコウモリには口がない。だから何だという話だが。


「はーい!私はミミ、岸田ミミって言います!年齢は十七歳、好きなモノはゲームとアオちゃんでーす!」


 ミミは先程までとは打って変わって、ものすごくテンションが高い。アオは真顔で煎餅を噛み続けている。「いつも通りだな」と言わんばかりの反応だ。


「おっほん!てことで、アオちゃん!説明していい?」


「おう」


「まず、あのゲーム『アッシュ』の主人公となるプレイヤーは、一体だけバディと呼ばれる存在、つまり相棒を決めることができるの。その相棒となるユニット……つまりモンスターって言えばわかりやすいかな?そのモンスターがこのジークなの!」


『まぁそんなとこだな。というわけで、アヤメ博士から直々のご命令だ。君は俺のバディとなるらしい。話は聞いているだろう?』


 アオはそばに置いてある湯呑みを手に取りながら、顔をしかめた。今までアヤメからそんな話は聞いてこなかったため、ジークとミミの話しているバディの話を理解できていなかった。


「口なしコウモリ、あたしが相棒になったら何があるんだ?」


『ジ、ジークと呼んでくれ!つまりだな、俺とバディになれば、アヤメ博士を救うヒーローになれる!』


 ジークは大きな目をキリッとし、キラーンというエフェクトを映し出す。アオは緑茶をすすって、(かす)かに記憶の中にあるゲームの世界のことを考えた。

 その時、ビデオ通話の謎の声が発していた言葉が頭に浮かぶ。



(お姉さんから、ゲームの世界の話は聞いていないのかな?()()()()()()()()()()()()、お姉さんが禁忌に触れてしまったこと……)



 アオはハッとしたように、急いで緑茶を飲み干すと、ジークを真剣な顔で見つめた。


「てことはジーク!姉さんは今、ゲームの世界に?!」


『あぁ、その通りだ。アヤメ博士は化物みたいな黒いユニットに連れ去られた。そして、俺を唯一操作できるのは、アオ。つまり、君だけがバディの対象だ。』


 ジークの言葉で、アオは何かを確信づいたような顔をした。ありえないと思っていた、不可能だと思っていた出来事が現実で起こっている可能性があるのだ。

 

「姉さんがゲームの世界に……」


「ちょーっと待って!え、ま、まじでゲームの世界に行けるの?めちゃ気になる」


 ゲーマーとしての血が騒いだのか、ミミはキラキラした目で、食い気味でアオに聞いてくる。


「ね、姉さんの話が本当ならマジで行けるよ。あと、ゆにっとだっけ?ゲームの中の存在がここにいる時点で、けっこー変だと思うんだけど……」


「た、確かにぃ!けど、ほらほらジークちゃんはスマホっぽいから違和感ないっていうかぁ」


『ジークちゃん、だと?まぁ、確かに違和感ないよな』


 ミミは「すごっ!!」と感嘆の声を漏らすと、自分の頬をつまんでモチーっと伸ばす。あまりにも現実味がないためか、夢の中ではないのか、確認しているようだ。


『改めて……アオ、バディになってくれないか?アヤメ博士を救い出したい』


 アオの世界から音が消えた。まだ覚悟できていない自分、嘘をついているかもしれないコウモリ、アヤメの研究に自らの意思で飛び込む勇気……どれも心の奥で揺らいでいた。そして何より大きな疑問が一つ。


 ──なぜジークを、あたしだけが操作できるような仕様にしたんだ?


 今までの出来事はまるで、アオを()()()()()()()()()()()()()()偶然の重なりであった。しかし、これらが意図して作られたものであったとしても、彼女には立ち向かわなければいけない理由があった。


 ──絶対に姉さんを救ってみせる。


「ジーク」


 アオの一言で、はしゃいでいたミミが急に静かになる。背中をピンとして、何がくるのか待ち構えているようだった。


「あたしの相棒になってくれ」


 その目には一点の曇りもなかった。


『契約成立だ』


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