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バッドエンド・キルズ  作者: 黒瀬 糸
序章
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1話 妹と友人


 目覚まし時計のアラームが鳴ってから二時間後、アオはようやく目を覚ました。パジャマの中に手を入れて、背中を少しだけ掻くと、「ふぁあ」と小さいあくびを一つ。


「今日はミミと一緒に、姉さんのゲームをやる予定……。さっさとメシ食って準備しよう」


 面倒くさがりながらも、布団からガバッと飛び出した。すぐに畳んで押入れにしまうと、ボサボサの短髪を少し弄り、自室のふすまを開ける。


「そういや、姉さんのこと起こしに行ったほうがいいかなぁ」


 そう言いながら少し歩いたところで、リビングの冷蔵庫を開けた。


「えーと……天然水……あった」


 アオは昨夜、『朝一番に水を飲むと体に良い』というニュース記事をスマホで見ていた。それをすぐに実践してみたくなったのだろう。姉であるアヤメの名前が書かれた2リットルのペットボトルに、躊躇なく口をつける。そして、ゴクゴクと喉を鳴らしながら、かなりの量を流し込んだ。


「水ってこんなおいしかったっけ」


 そう呟いて、静かにペットボトルを冷蔵庫に戻す。その顔は、若干申し訳なさそうであった。

 

 次に洗面所へ向かうため、短い廊下に出た。すぐ左に目を向けると、アヤメの部屋の扉がある。いつも通り、姉を起こそうとドアノブに手をかけた。しかし、


「連日徹夜続きなのに、起こすのも悪いよなぁ」


 今日くらいはもう少し寝かせておこうと思い、ドアから離れた。

 

 すぐにぬるま湯でバシャバシャと顔を洗うと、タオルでゴシゴシと拭き、洗顔を終わらせる。あまり時間をかけたくないらしく、早足でリビングに戻る。そして、テーブルの上にあるグレープフルーツを手に取った。まさかこれが朝食なのか。

 

「んんんん〜」


 すぐにかじりつくと、なんとも言えない声を出す。酸っぱい香りが口に広がる感覚に、嬉しそうな顔をした。その勢いであっという間に食べ終わると、残った皮をゴミ袋に投げる。


 次に迷いなく、リビングのハンガーポールからブラウスを取る。同じようにかけていたスカートと、セーラー服、スカジャンもパパッと床に置き、その場で着替え始めた。


「まともに着れそうな服はこれくらいしかねーしな……」


 アオの所持している服の中でも、セーラー服は人に見せられるまともな服だ。大体の装いは、これの上からスカジャンを羽織る。およそ女子とは思えない速度で着替え終わると、愛用している黒いスカジャンに袖を通した。少し大きめのサイズなので、腕をまくる。


「よし、ミミを起こしにいこう。姉さんはその後だ」


 アオは玄関に行き、愛用のスニーカーを丁寧に履いた。アヤメに買ってもらってから1年が経とうとしているが、手入れをこまめにしていたためか、あまり目立った汚れがない。

 顔を上げてフッと微笑む。爽やかな朝の風が彼女とすれ違った。


「姉さん、いってきます」


 家を出ると、鍵をかけてすぐそばの階段を駆け足で下りていく。このマンションは、ミミの家からそう遠くはない。アオは自転車置き場を通り過ぎると、歩道に出て歩き始めた。空気が少し冷たいと感じ、小さい手をスカジャンのポケットに入れた。


「こういう時、あいつはわざと遅刻するもんな……」


 ミミはアオと遊ぶ時、決まって遅刻する。多くの場合、時間を忘れてゲームをしているので、アオはそれに慣れてしまっていた。それに、自宅まで来てくれることが当たり前になったからか、わざとなんじゃないかと疑うほどの怠けっぷり。


 五分もしないうちに立派な一軒家に着いた。玄関のドアの前まで行き、アオはスマホでミミに電話をかける。



──しかし電話に出る気配がない。



 アオは仕方なく、電話することを諦めた。ハァッとため息をつき、インターホンを押す。どうせゲームをしているのだろう、いつものことだ。


 ピンポーン


 すぐにガチャっとドアが開き、ミミのお母さんが出てきた。エプロンをして、髪の毛は後ろで雑に結えていた。朝食の支度中だろうか。


「いらっしゃい、アオちゃん!今日も可愛いわねぇ」


「おはようございます、おばさん。今日も朝早くにすんません。ミミは起きてますか?」

 

 アオがそう聞くと、おばさんはフフッと笑い、ドアをさらに開けた。玄関に入れてくれるようだ。


「どうぞ、入って。すぐにミミを引っ張ってくるから」


「どうもっす」


 アオは「またか」と言わんばかりの微笑ましい顔で、階段の方を見ていた。二階の方から騒がしい声がする。何を言っているのかはわからないが、明るい声が二つ。

 やがてドタドタドタと、階段を降りてくる少女が一人。青は安心した顔で


「ミミ、迎えにきたよ」


 と軽く手を振りながら言う。


「アオちゃん!今日もありがとー」


 ミミはそう言うと、大きな眼鏡をかけながら、あくびをした。寝起きなのか、上半身をコクコクとさせている。外出する準備は済ませたらしく、小さいリュックを右手に持っている。


「また朝までゲーム?」


「ううん。昨日は早く寝たよ!今日はお姉さんの部屋に行けるんでしょ?楽しみだなぁ」


「もちろん。準備してきて、ゆっくりでいいから」


 ミミは階段の下でピタッと止まり、「ん?」と一言。首を傾げると、着ているピンクのジャージをつまみ、


「もう準備できてるよ、行こう!」


と言った。アオは「だよな」と呟くと、玄関のドアを開けた。こういう大雑把なところが、二人はよく似ている。それをわかっているので、あえて突っ込んだりはしないのだ。


「おばさーん、お邪魔しましたー!」


「お母さん、行ってくるねー!」


 ミミは急いで玄関に来ると、スニーカーを急いで履く。すると、おばさんが笑顔で、階段から降りてきた。右手に大きいクシを持っている。


「ミミ、髪は結ばないの?」


「え?いいよいいよ。私は長いままの髪が気に入ってるし」


 ミミは自慢の長い髪を、優しく撫でて言った。アオも、髪を結ばないミミの方が見慣れていたので、同意するように軽く頷く。


「あらそう?あ、アオちゃん、お姉さんによろしく伝えておいてね。ミミが迷惑をかけないといいんだけど……」


「へへ、全然ダイジョーブっす。おばさん、また今度遊びにきますね!」


「もちろん大歓迎よ。二人ともいってらっしゃい」


 おばさんが手を振る。二人は笑顔で外へ出た。ここまではいつも通り。


 

 ガチャン



 とドアを閉めたと同時に、二人の目の前に立つ大きな男。これは予想外であった。

 

 ミミは見覚えがあるのか、「なんで」と小さい声を風に流しながら、アオの後ろに隠れた。あまりに突然の出来事だが、アオはすぐにミミを庇うように一歩前へ出る。そして威嚇するかのように睨みつけた。

 その男は腹が大きく出ており、背も割と高めであった。顔に似合わぬロングコートを着用しており、大きなリュックを背負っている。


「アンタ、誰?」


「俺はミミの彼氏だ。今日は朝から会う約束をしてたんだ」


 男がそう言うと、ミミはアオのスカジャンを強く掴んだ。


「もう付きまとわないでって言ったじゃないですか……。何で来たんですか……」


 ミミの声が少し震えている。


「ミミは嫌がってるぞ。詳しい事情は知らねーけど、帰ってくれない?ミミはこれから、あたしと遊ぶ約束があるんだよ」


 アオはさらに一歩、足を出す。


「んなこと知らねーっつーの!そもそも誰だしオマエ!」


 男の声で、ミミはアオの背中にギュッと体をくっつける。


「あたしはミミの友人、アオだ。もう一度言うぞ、ミミはこれから私と遊ぶ予定があるんだ。アンタに関わってる暇なんてないんだよ」


「友人ね、ハイハイ。というかミミ、俺以外にゲームの話ができる知り合いっていたんだ?意外だなぁ、俺みたいなオタク友達しかいないと思ってたわー」


 アオの言葉に耳を貸そうとしない男は、吊り上がった目で二人を舐めるようにして見ている。ミミは今にも足がすくみそうになっていた。


「ミミ、行くぞ」


 男がミミの腕を掴もうとする。男の腕がアオの肩辺りまで迫った瞬間、その顔は急に真っ青になった。ミミが肩からチラッと顔を覗かせる。すると、スラリと伸びたアオの足が男の股間に直撃しているのが見えてしまった。その瞬間、顔を真っ赤にして、素早く下を向く。


「お、オマエ……ふざけんな……マジ……」


 アオは依然、男の顔を見据えたまま、足をゆっくりと下ろす。事情がどうであれ、見ず知らずの他人の股間に蹴りを入れる女性などそうそういない。アオの破天荒っぷりは、ミミも熟知していたつもりだったが、これは流石に予想外だったらしい。


「ほら、行こう」


 アオはミミの手を取り、優しく微笑んだ。ミミは恥ずかしかったのか、真っ赤な顔を少し地面に向けたまま「うん」と小さい声を出した。


「ま、待ちやがれって……うぅ……」


 男は余程痛かったのか、大きな腹が地面にくっつきそうなくらい、うずくまっている。アオはその様子を、冷たい目で見ていた。


「次ミミに近づいたら、その腹をぶん殴る。覚悟しとけ」


 男を見下すその顔は、ミミに決して見せないような、怒りにまみれたモノだった。


「もう行こうよ、アオちゃん」


「うん」


 二人は大きな男を背に、アオの住むマンションに向かって歩き始める。


「アオちゃん、本当にありがとう。あの人はね……その──」


「言いたくないことは、無理して言うなって。色々あっただろうし」


 アオはミミの顔を見つめて、笑顔で励ます。


「ありがとう、アオちゃん。今度話せそうなときに、ゆっくり聞いてもらっていい?」


「もちろん」


 男勝りなアオは、いつも内気なミミを支える存在になっていた。そしてミミもまた、アオの行動を肯定してくれる存在であった。言葉にしづらいソレを、彼女らは今も互いに感じあっていた。



 



 ブーブーブー ブーブーブー


 そんな空気を吹き飛ばすかのように、アオのスカジャンからスマホのバイブ音が聞こえた。


「ミミ、電話でていい?」


「もちろん。一回止まろうか」


 アオがポケットからスマホを取り出すと、眉間にしわが寄った。


 ──ビデオ通話


 姉のアヤメや、父、母、友人の中にビデオ通話をしてくる人なんて、いないに等しかったのだ。ただ、アヤメからの連絡だと思ったアオは、ビデオ通話を開始した。


「ごめんミミ、これビデオ──」


「突然ごめんね、妹さん」


 スマホから発せられる奇天烈(きてれつ)な声。それは男女の区別がつかないモノであった。

 画面には、ヘビと思わしきマークが一つ映し出されているだけ。


 アオが何かを察したように、今までにない動揺を見せている。


「妹……」


 その言葉が何かに引っかかった。


「単刀直入に言おう。あなたの姉は我々がいただいた」


「いたずらか?もう切るぞ」


「お姉さんから、ゲームの世界の話は聞いていないのかな?あの世界に侵入出来ること、お姉さんが禁忌に触れてしまったこと……」


 ゲームの世界、侵入、禁忌に触れる……。 アオの脳裏にアヤメの疲れきった笑顔と、聞き覚えのある言葉がポンポンと浮かんでくる。



────



『アオ、この研究はゲームの世界に侵入する唯一の方法かもしれない』


『アオ、これが成功したら、私と一緒にゲームの世界で旅しないか?なんてな……』


『しばらくは外出できそうにない……。でもこれが最後の大仕事だ』



────


「姉さんがゲームの世界に……?」


「お姉さんの部屋を訪れるといい。そこで何が起こったかわかるはずだ」


 スマホのビデオ通話が切れた。アオはただ立ち尽くし、その瞳は虚空を見つめていた。


「アオちゃん……?だ、誰だったの?今の電話」


「わからない。ただ、急いで帰らなきゃいけないみてーだ」


 アオはミミの言葉で我に返ったのか、今の出来事を頭の中で整理しようとした。しかし、ソレはあまりにも唐突で、意味不明。理解しようとする前に、情報が少なすぎた。


 

 今はただ、底知れぬ恐怖が、心の内から湧き上がってくる気持ち悪い感覚が、アオを飲み込もうとしていた。

 

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