表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第一話 追われる姫騎士

「暇だな〜」


化け物の様な魔物が蔓延る深い大森林。

そんな場所に立つ小さな小屋の中、俺は気怠げにそう呟いた。


『マスター、それは何時も聞いてる』

「だってこの森(大森林)って剣の稽古するか、魔物狩る事しかやる事ないじゃん」


頭に綺麗な声が響き、俺は腰にさした剣の柄を撫でながら、そう返事をする。

俺の周りに人は居ない。居るのは俺と腰にさした剣だけ。


『ならこの森を出れば良い。マスターの実力なら外の世界でも余裕』

「いや、無理だろ。実力はともかく、この世界は俺を受け入れない」


そう、受け入れないのだ。

魔法の力が強いものが強い。それがこの世界の常識だ。

そして俺にはその魔法の才能、魔力が一辺たりともなかった。

お陰で武家に生まれた俺は家を追われ、今はこの大森林でスローライフを送っているという訳だ。


『マスターは本来生命維持に必要な筈の魔力すら持ってない。どうして生きてるの?』

「なんか言い方酷くないか?俺って居ない方が良い?」

『違う。私はマスターが大好き』

「ははは、それは是非とも可愛い女の子に言ってもらいたいな」

『マスター、私は精神的には女に近い』

「いや、オリビアは剣だろ」


こいつは何を言っているのだろうか。

確かに声は高くて綺麗だけど、見た目は剣だ。美しい黒い刀身をもつ俺が契約した最高の魔剣。

美しいとは言っても、剣に向けるものと人に向けるものでは全く違う。


『むぅ、人化の方法を検索······』

「あれ?オリビア?おーい、オリビアさ〜ん?」

『······』


駄目だ、完全に自分の世界に入ってやがる。


「はぁ、何やるかな〜」


暇を持て余し、そんな事を考え始めた時だった。


「ん?」

『マスター、どうかした?』


俺の態度に違和感を感じたのだろう。オリビアが直ぐにそう聞いてくる。


「森に人が入って来た」

『この大森林に?···自殺願望者?』

「いや、何かに追われてるみたいだ。助けるかは見てから決める」

『マスター、人前で()()の使用は厳禁だよ?』

「···善処するよ」


俺は曖昧な返事をすると、自身に存在している全ての生命力の源である“仙気”を操り、自身の身体能力を向上させる。

これは俺が編み出した魔力に代わる力だ。

魔力があらゆる森羅万象を引き起こす万能の力とすらなら、仙気は肉体に作用する事に特化した自然の力。


『何度も見ても凄い技術』

「仙気は魔力との相性が悪いからな。魔力のない俺だからからこそ操る事が出来る、俺だけの特権だ」


使えるとしたら、魔力が極小の者だけだろう。

そして俺は仙気を使った“仙術”と名付けた技術で、自身の体重を極限まで軽くすると、強化された身体能力で木々の天辺に登り、通常では不可能な筈の小枝の先端を足場に森を駆ける。


『マスター、入って来た人間との距離は?』

「約数十kmってところだ。この森に俺以外の人間はいないから、直ぐに分かったよ」

『···数十km···相変わらずマスターは異常』


俺も常識はある程度は理解しているつもりだ。しかし、仙気を操る俺にとって、数十kmなんて俺のスピードならあっという間の距離だ。

それに、このくらいの感知能力がなければ、ここでは生きては行けない。


そんな事を考えていると、いつの間にか目的である人物がいる場所に到着していたので、俺は木の陰に隠れながら様子を伺う。

すると、燃える様な真っ赤な髪に、まだ年若いとも取れる騎士らしき姿をした女の子が、黒ずくめを身に纏った者達に追われていた。


「これはどっちが悪いかは明白だな」

『女の方だね』

「いやなんでだよ!?どう見ても黒ずくめの奴等だろ!(小声)」


オリビアの余りの的外れな答えに、思わず小さな声で叫ぶという器用な事をしてしまう。

そしてその女の子が逃げる最中(さなか)、一瞬だけ見る事が出来たその少女の顔に俺は驚愕した。


「はぁ〜、これは面倒な事になりそうだ」


俺がこれから起こる面倒事を予感する様にそう呟く。

すると、その言葉に直ぐにオリビアが食い付く。


『マスター、知り合い?』

「いや、前に聞いた事があるってだけだ。···だけど、あの赤い髪に対称的な青い目は間違いないな」

『だれ?』

「エスファルト帝国の第一皇女、ルクシア・オルテット・エスファルトだ」


俺はオリビアに詳しく説明した。

帝国の第一皇女は生まれ付き高い魔力を持ち、俺がまだ王国の武家を追放される前には、既に姫騎士と呼ばれていた天才だ。だが…


「流石の姫騎士様でも、複数の刺客を一度に相手にするのは無理、か」

『姫騎士なのに情けない』

「相変わらずお前は毒舌だな。でも確かにここに逃げたのは馬鹿だな。この森のことを何も理解してない」

『···来た』


するとオリビアがそう呟いた刹那。

大地が揺れる様な地響きを鳴らせながら、何かが凄まじい速度で姫騎士と刺客達に向かって行く。

そして近付くに連れ、その生物が正体を表す。

それは―――全長10メートルは下らない巨大猪、インパクトヘビィボアだった。


「うわっ、まさかの大物引きやがった。普通の倍はあるぞ」

『姫騎士は運も情けない』

「流石に否定出来ねーわ。···でも―――この森に俺がいた事だけは運が良かったな」


それだけ言うと、俺は乗っていた木から一気に飛び降り、姫騎士の目の前に着地する。


「っ!?誰だ!?」

「そういうのは後だ。少し失礼するぜ」

「きゃ!」


そして俺は姫騎士を抱きかかえると、姫騎士の小さく可愛い悲鳴を聞きながら、すかさず横に向かって大きく飛ぶ。

―――刹那。


ブモオオオオォォ!!!


そんな雄叫びとともに、インパクトヘビィボアから凄まじい衝撃波が前方に放たれ、後ろにいた刺客達を一瞬にして肉塊へと変える。

あれこそがインパクトヘビィボアと言われる所以だ。


「ふぅ、あれは知らないと結構きついからな。怪我とかないか?」

「········」

「え?あれ?」

『マスター、姫騎士が失神してる』

「···まじかよ」


見てみれば姫騎士がぐったりと気絶していた。

いや、確かに直撃しなくても結構な衝撃だったけど、まさか気を失うとは思わなかった。でも…


「俺達にとっては好都合だな」

『ん、あれを使わないとあいつは面倒』


俺は姫騎士を片手に抱え直し、ゆっくりと自然体でインパクトヘビィボアに近付いて行く。


「グゴ?」


それを見たインパクトヘビィボアは、意味が分からないと言うように声を上げる。

そしてインパクトヘビィボアの目の前に辿り着いた瞬間―――俺は剣を振り抜いた。


◇◆◇◆◇◆◇


sideルクシア


何か地響きの様なものを感じ、私は目を覚ます。

まだ上手く働かない頭で目を開くと、そこには見渡す限りの自然が広がっていた。


「ここは···?」

「ここは“魔の大森林”だ」

「っ!?」


まさか言葉が帰って来るとは思わず、体をビクリと震わせる。

そして声が掛かった方向を見て、私は固まった。

そこには一人の男が立っていた。

歳は私と同じ18歳くらいだろうか?美しい銀色の髪を持つ凄まじく正端で整った顔の青年。その少し細見にもみえる体躯は一切の無駄なく鍛えられ、完成された芸術品を彷彿された。

物語に出てくる英雄や王子が目の前に現れたと思った程だ。


そして同時に私は男の言葉で思い出す。

魔の大森林…そうだ!私は刺客に襲われて、この何人足りとも生きては帰れない魔境と呼ばれる、魔の大森林に逃げたんだ。

だが、それでも刺客が追って来て、それから…


「っ!?あの化け物は!?」


私は意識を失う前、刺客を一瞬にして肉塊へと変えたあの巨大な猪を思い出して声を上げる。

その答えはまたしても目の前の男から伝えられる。


「化け物?···ああ、インパクトヘビィボアなら俺の後ろにあるぞ?」

「なにを!?···っ!?」


そして私は男の後ろを見た瞬間、息を飲む。

そこには頭を失った、先程凄腕の刺客達を瞬殺した巨大な猪の死骸があった。

そこで初めて私は、目の前の男の違和感に気付く。

何故こんな所にまだ青年とも取れる男がいる?この首を失った化け物は何だ?この男は―――何者なんだ?

そして震えだす体を押さえ込み、声を紡ぎだす。


「お前は何者だ?」

「ん?俺はアルスだ。お前は姫騎士だろ?こんな大物に見つかるとか、運が悪かったな?」


男から帰って来る軽い返答に、思わず力が抜けそうになる。

何なんだこの男は。


「私の事を知っているのか?」

「その赤い髪とそれに対称的な青色の目は、姫騎士の特徴だろ?赤髪に青目なんてそう居るもんじゃないしな」


なるほど、確かに私の赤髪と青目は珍しい。そのうえ武にも秀でていた為か、私は何時しか姫騎士と呼ばれる様になっていた。

そこまで考えた所で、私は目の前の男を見据える。


「どうかしたか?」

「あの巨大な猪は、お前が倒したのか?」

「ああ、俺が斬った」


そして男は私の質問にそう答えるが、私にはどうしても疑問を捨てきれなかった。


「嘘だな。お前からは魔力を全く感じない。あれは魔力なしで倒せる存在ではない」

「まあ、確かに魔力が高い者ほど強いってのは常識だもんな」

「ならば―――」

「だが、魔力だけが全てとは言わせない。魔力という万能な力があるなら、それ以外の力があってもおかしくないだろ?」


私はこの男が言っている事が理解出来なかった。

魔力こそが強さの象徴なのは常識。この男が言った通りだ。しかし、男は魔力以外の力があるという。

もし、もしもだ。この話が本当ならば、私はまだ、帝国を救えるかも知れない。


「お前は、本当に魔力以外の力が使えると言うのか?」

「ああ、魔力がない俺だからこそ使える力だ」


そしてこの男―アルスは、迷いなくそう答えたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ