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肉体の籠(後編)

あの日、私の止まっていた時が動き出した。

私の涙をぬぐってくれたのは彼だった。

私の世界に光が差し、

私の罪を背負って桜が散った。

あの日、私は彼に恋をした。





私の時は止まっている。

体外的にも体内的にも。


私の家は古い退魔の一族だ。最近は外との交流も少なくなったようで、

私は必要時以外にそとへ出してもらえない。

必要時というのは、敵と戦う時のことだ。

私は一族の最終兵器で捨て駒だ。奇妙な力があった私は、一族の手により不老不死のからだにされた。

何度でも使いまわしができるように。

人と交わらず、老いもしない。

私の時は止まっている。


何度か目もわからぬ春がまためぐってきた。

庭の桜を見て、不意に私は泣いた。

過ぎた時が悲しくて、散る桜がうらやましくて、

そして彼は私の涙をぬぐった。

まるで初めからそこにいた様に彼は現れた。

「もう泣かなくていい。

 その時はまもなく訪れる。」

「あなた誰?」

「桜花 羽木戸。

 まあ、僕にとって名前なんてたいして意味のないものだけどね。」

「それは私も同じ。

 兵器として生まれ、兵器としてしか扱われない私にとって、名前なんて意味がない。」

「そんんことはない。君は神無月 撫子。

 名前とはものの存在を決定づける因子だ。君が何もないと言うなら、名前は大切にしないといけない。

 そんな曖昧な自己では彼に取り込まれてしまう。

 あと三日ほどで彼がここに来るはずだから、よく考えておいてくれ。」

よくわからない言葉を残し彼は空間に溶けていった。


私は・・・、「神無月 撫子」。

自分でさえも忘れていた名前をどうして彼が知っているのか。

撫子とは誰であったか。

確かにそれは私であったはずなのに、その認識はひどく希薄だ。


撫子・・・それはたしか、私が産まれてすぐの頃の名だ。

神無月家頭首の四番目の子供としてうまれ、

母がいて、兄姉がいて、ごくあたりまえに暮らしていた。

親類の画策で父が失脚するまでは。


・・・驚いた。あの日までは私にもあたりまえの生活があったのか。

そのころの記憶はとても遠い。

だが、あたたかい。

このぬくもり、そしてこの思いを守っている限り、

私は「神無月 撫子」であると言えよう。




準備は整った。白鳥 雪にも十分な力を付けさせた。

今夜、神無月家を襲撃する。




屋敷内が騒がしい。

誰かが侵入したようだ。

この家を襲うということは、神無月家がどのような家であるか解ったうえでの襲撃でということだ。

確かに、全盛期ではないにしても、異端管理署では真音生寺家(しんしょうじ)に次ぐ第二位の家柄であるのだ。

その本部に攻め込もうというのだから、なかなか骨のある奴がきたものだ。


・・・騒ぎの音が近づいてきた。

「お嬢様。出動のご命令が出ました。すぐにお願いします。

 我々の手には負えません。さあ、早くk・・・ぅごはぁ・・・」

伝令に来た男が口から血を吐きながら崩れ落ちた。

その後ろに人影があった。

「君が神無月 撫子か?」

何とも言えぬ違和感があった。なぜなら、めの前に立っているのは、桜花 羽木戸そのひとだったからだ。

「僕と一緒のきてもらおう。道を開くために君の力が必要だ。」

違和感がさらに強まる。

「その力は君には不必要だ。僕がより良く使う。なに、ここで物のように扱われているのなら、僕に使われる方がその力も意味がある。

さあ、来てもらおうか。」

ああ、やっと違和感の正体が掴めた。

「あなた誰?」

「桜花 羽木戸。世界を救済する式の魔術師。

神無月 撫子。僕についてきてもらおう。」

「却下。あなた優しくなさそうだから。」

「なっ・・・!」

「私は羽木戸と一緒にいく。」

「羽木戸だと・・・!?

また奴か。抑止力の分際で・・・。

奴の手に渡るとやっかいだ。

雪!こちらへ来い。次の相手はここにいる。」


血のにおいをまといながら、少女がひとりこちらへ歩いてくる。

息遣いは獣のように荒い。オッドアイで左目は紅く、血走っている。

が、右目は氷のように冷たく、何の感情も無い透き通った白。

「あなたが次の敵・・・。

わたしたちを殺すの?なら、わたしがあなたを殺す。」

戦いの前の興奮からか、ほおは蒸気し、呼吸はさらに荒くなっていく。

だが、その声は感情が無く、無機質でどうにも矛盾している。


・・・なんでもいい。

とにかく今することはこの子を倒すこと。

部屋の片隅に立てかけてある刀を持って庭に出る。


暫しの静寂。

この子の息遣いだけが聞こえる。


彼女が大勢を低くして驚異的なダッシュで間合いを詰めてきた。

すこし驚いたが、刀を使う者にとって間合いを取る事など簡単だ。

半歩さがり、居合の要領で鞘から抜き、切りつけた。

しかし、

読んでいたとばかりに、私の間合い数mmのところで直角に跳び、私の側面から叩き込んできた。

刃を盾に防ぎ、刀で牽制しつつ距離をとる。

が、再び彼女に目をむけた時にはすでに間合いの内まで距離を詰められていた。

そのまま走り抜けた彼女によって横腹をえぐられた。

噛み千切られたらしい。彼女の口元は血でよごれている。

なんとも原始的な攻撃だが、それゆえ速い。

間合いを詰めたのは獣のごとき瞬発力によるものだ。

スキあらば、またたく間に襲われる。この娘はケモノなのだ。

なるほど、以前戦った「覚醒人鬼(ビーストマン)」か。

理性を捨て去り、獣のごとき身体能力を得た者たち。

しかし気になるのが、先ほどの横への跳躍。

あれは刀の動きを読んで、なおかつギリギリまで引き付けてからの回避であった。

あの動きが覚醒人鬼に可能なのであろうか?


・・・まあ、そのような能力だと思っていれば何のことも無い。

また、することににも変わりはない。

体の損傷は、腹の肉をえぐられただけで、戦闘に支障はない。

まあ、わざとなのだ。

彼女がここをもって行ったのは。

より長く、より刺激的に生の実感を得るために。

彼女は言っているのだ、本気で来い。私を殺してみろ、と。


ああ、あなたが憎い。

あなたは全力で生を感じている。私は何もないのに・・・。

これは嫉妬。

私は今や物ではない。

彼が愛を、彼女が憎しみを教えてくれた。

それらで満たされたこの体、ただ熱く、ただ熱い。

あなた達に感謝しよう。私はようやく人にもどれた。

人がひとを殺すことを殺人という。

その罪を背負い、生きて生きたい。



だから、全力で殺してあげる。




今日もいつもの訓練。

今回は「建物の構造を理解した上での合理的かつ迅速な戦闘」がテーマ。

最近わたしたちは強くなりすぎた。

今回の訓練だっていたって簡単。テラルが練ったプランをスティンが実行するだけ。

ほら、ほんの十分で終わった。

ん、羽木戸が呼んでる。新しい敵だと。これは訓練に含まれていないはずだ。

つまり、羽木戸の予想外の敵が現れたということ。そして、それが羽木戸の手におえない相手であるということ。

・・・おもしろい。しばらくぶりになるだろう。この命をおびやかす程の相手は。

それはわたしたちに生の実感を与えてくれるどろうか。


なんだか拍子抜けだ。

対峙した時、スティンが「何か」を感じた。だから全力で向かったのに、相手はまったくやる気が感じられない。人形みたいなやつだ・・・。

ならば死の影を見せてやる。


ほら、乗ってきた。

先ほどまで虚ろだった瞳に生気がやどりはじめた。

さて、ここからが本番!!


・・・。

・・・・・・・。

・・・?

なにが起こったのだろうか。

あの人が何もないところで切るまねをしただけで、わたしたちの体が切り刻まれた。

体には無数の刀傷。遠くなる感覚。傷はただ熱く、意識が沈んでいく・・・。

どこへ?


死へ・・・。


「いやだ、いやだ!死にたくない。わたしは生きるんだ。テラルといっしょに!

テラルともっといきていたい!」


「いやだ、いやだ!殺して。こんな痛みには耐えられない。

スティンにこんな痛みをあじわってほしくない!」




ふたりは涙を流しながら叫ぶ。

そして、ここにきて二つの違いは決定的だった。

だが、ふたりは互いが互いのため、両極はここでシンクロした。

皮肉にも羽木戸はこれを防ぐべく用意した彼女によって。

また羽木戸は自身のシナリオとは逆の道によってそれは完成した。

幾度となく繰り返されてきた終末。

それがまた廻るときがきた。

ふたりの羽木戸、彼らが対峙するとき、新たな序章へ向けてのラストダンスが演じられる。

めぐりめぐる彼の物語。

終わらない1999年の夏。

世界という式に取り込まれた式の魔術師に救いはあるのだろうか。






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