ふたつの爪(後編)
:1
こわい。
誰だろうあの人。どうして追いかけてくるんだろう。
あの人はわたしたちを殺すつもりだ。
人気のない薄暗い路地。行き止まりだ。
ママは必死にわたしをかばう。あの人はとても楽しそうに笑っている。
でも・・・その目には悲しみの光がやどっている。
ママの叫び。
あの人の目がいっそう悲しみの色をおびる。そして、それは怒りの色にすげかえられた。
とびちる血。濃厚な死の香りは脳をしびれさせる。
事はすぐにすんだ。彼は笑っている。涙を流しながら。永遠の別れの儀式のように。母と、そして自分と。人を殺した人間はもう人ではなくなる。彼は人からヒトへ。
狩られる。
純粋なる恐れから、“ワタシ”は彼を狩ることにした。
結末はあっけなく、彼は血まみれで地に伏した。
「まダ・・・イきてル。」
トドメヲ。最後の一振りを。
「待て。」
誰も居なかったはずの所から突然声がかけられた。
全身の毛が逆立つ。
何故、こんなにも恐れるのか、私には理解出来ない。
リカイデキル。アノヒトハ、ツヨスギル。
「殺してはいけない。君の精神はその罪に耐えられない。
よもや、このような場に出くわすとは。なんたる幸運か。さて、話を聞いてもらおうか。
もし君がこの男を殺せば、君の理性は本能に食い殺される。君の本能は今、理性に因るコントロールを失った状態だ。ゆえに、このままでは大変危険である。幸い君は若く、精神は固まっておらず、軟らかい。よって、これから理性と本能を完全に切り離し、それぞれを独立させる。よいか?」
良く解らないが、そうしなければならないなら、構まない。
「良かろう。君の精神を二つに分離し固定する。
駆動式を発動。右手に“知”を左手に“素”を分かち、二極を抱合する肉体をかてに“素の精神”“知の精神”に分割。双方を定着、固定。」
そう言い終えると、彼の手からさまざまな形の文字が帯の様に連なって流れだした。
それが“私たち”の体を包み込んだのを見たのを最後に、意識が遠のき気を失った。
ママが死んだ。別に悲しくは無い。弱い者が、強い者に狩られるのは当然の事だとスティンが言っている。
テラルは何がしたいの?
私は復讐がしたい。人間ならそれが当然だと思うから。スティンは何がしたい?
ワタシは別に無い。だからテラルの好きにしていいよ。
そっか、じゃあ、行こうか?スティン。
ええ、行きましょう。テラル。
:2
データを整理する。
名前 句宮 散語
二つの精神を持つ程度の能力。私が偶然に見つけた能力者。覚醒人鬼を倒すほどの能力値に魅力を感じ、こちら側に引き入れることにした。彼女は知の精神と素の精神を持つ。知とは人間の理性であり、素とは動物の本能である。二重人格というのが分かりやすいと思うが、厳密にはそれとは異なる。二つは同時に思考し、それぞれ同じ人格から派生し、別の自我を持つ。二つの脳を持つというのが適当であろう。
彼女の利用法は無意識の海を観測する際の探索機だ。
生きたいという力の集合である無意識の海には、あらゆる生きる意味、目的が添加されている人間の精神では近づけない。だが、知能のある人間でなければ観測することは不可能でもあるのだ。ゆえに、この観測には彼女が適任だと考える。彼女が完全に分極した知の精神と素の精神を持つゆえである。
生物の生きようとする本来の力である素の精神は、無意識の海に潜る際に、まったく問題が無く、そして、人間の知能により無意識の海を観測する知の精神もまた同じである。人間の本能を素の精神と共に切り離され、失ったそれは、生きる意味、目的を持たない情報の集合体であるためだ。無意識の海の観測にこれほど適したものはほかにあるまい。
だが、現時点において彼女はまだ不完全だ。無意識の海の観測において二つの精神は完全に分極し、またシンクロしていなければならない。それは、観測の際、二つの精神の強力が絶対的に必要になるためだ。シンクロ率の向上において、こちらで特定の敵を用意し戦闘を通しての経験値を稼がせる方法を取りたい。完成後、神無月 撫子と引き合わせ、無意識の海の観測に乗り出したい。
:3
私はテラル。知の精神。戦闘の際は、相手の動きを見て、分析し予測する。
ワタシはスティン。素の精神。戦闘の際は、相手の動きを察知して、獣のごとく敵を切り裂く。
人間の頭脳で獣の体を駆使する異能力者。それが私たち。
今日の戦闘は新月の夜二時より開始。
敵は「熱を操る程度の能力」視界に納めた対象の熱を感知し上昇させ、発火させる。
戦闘の課題は、視界不明瞭時に敵が正確に攻撃できる場合の対処法。
暗い路地裏。戦闘が開始されてから4分16秒経過。飛び散る赤い朱液。腕を噛み千切られながら敵は叫ぶ。「、燃えろ!」遅い、まるで遅い。叫びから、発火まで0.6秒。人間の目では捉えきれないような速度で走り抜ける。次は足だ。左太ももを噛み千切り、さらに後方へ飛びのく。獣が獲物をなぶる様に徐々に肉を削いでいく。首を狙えば一撃であろうが、敵もさるもの、そこへの警戒はまったく怠らない。しかし、それが今初めて揺らいだ。敵が振り向くよりも速く首を噛み千切った。敵は人形の様に力無く崩れ落ちた。
まだまだ、私たちはもっと強くなれる。誰にも私たちを狩らせやしない。
誰よりも強いことが、私たちの生きる手段。
やっと更新できました。本当はもっと長くなる予定でした。その後の話は別で書きます。キャラ設定 句宮 散語 目はオッドアイで右が白で、左が赤。