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ふたつの爪(前編)

:1

寒さが骨にきしむ夜、路地の隅っこで俺はゴミ貯めにうずくまっている。ウジムシにでもなった気分だ。いや、それならまだ救いがあるだろう。有無をいわずただ潰されるだけの存在。なんとも簡潔で、それでいて美しい命のともしび。潰されるためだけに生まれ、天命をまっとうし、果てる。混じりけのない洗練された命の拡散。ああ、それでさえ美しいと思える。価値があると思える。それなのに俺は自分には価値が見出せないでいる。まあ、それも当然か。なんせ俺は生きたことがないのだから。

冷え切って血の通わない体、熱の通わない体。それでも俺の心臓を動かし続けるひとつの熱。マグマのように赤々と燃えている。静かに。ただ静かに心の奥底にうねる感情。それは、母という女に向けられた憎しみという名の想い。



・・・いつ爆発してもおかしくない。

   でも、この(にくしみ)には、価値があるのだと思う。



:2

私がまだ小さかったころ両親が離婚した。

私は父に引き取られ、母親というものを知らずに育った。



中学三年の秋。塾がえりの夜道を私は一人で歩いていた。気づいた時には道の前後を数人の男達にふさがれていた。

帰途についた時にはもう深夜だった。父は泊り込みの仕事で帰ってきて居なかった。汚れた体を洗う。けど、どんなに洗っても起きてしまった事実は洗い流せない。

父には相談しなかった。とても忙しい人であったので余計な心配を掛けたくなかった。

その後のことはあまりよく覚えていない。全てにいっぱいいっぱいだったのだろう。その後の私の記憶は病院のベットの上から始まる。傍らにあったのは、毛布に包まれた何かと、父のとても冷めた目だった。

私は高校には行かず働きだした。生きるためだ。父とはもう絶縁関係にあった。娘の汚れが許せなっかたのだろう。しかし、それは私も同じ。“それ”を見る度ににあの日の忌まわしい記憶がよみがえる。私はできるだけ“それ”を無視した。事あるごとにまとわりついてきたが、今はもう、それもない。徹底的に無視することに決めていたいたからだ。

あの日から十年後、私はある人に拾われた。その人はとても優しく、暖かかった。私はその人と結ばれることになった。結婚の障害になると思われた“それ”は私の目の前から消えていた。いつの間に消えたのか私には分からなかった。



・・・でも、そんなのはどうでもいい事だ。




:3

ある朝めを覚ました。

屍のように生きている俺は何か目的がない事には起動しない。だが、今日に限ってはその目的が自分にも分からない。光に誘われるように通りに出て行く。そこに理由があるのだろうか。句宮(くみや)百貨店前、大通りをはさむ公園のベンチに腰掛ける。いまだ目的の分からない俺はそのまましばらく座り続けた。・・・どれぐらい過ぎただろうか。かすむこの目では時計だって見えやしない。いや、そもそもそんな物を確認できる知能はとうに失われている。俺を動かすのはたった一つの想い。母という女に向けられ・・・



目の前を一人の女が横切った。



見つけた。ついに見つけた。長年探し続けたあの女だ。

全身に熱がよみがえる。

まずは目、今ははっきりと見える。次に肺、のどが焼け付いたように熱い。呼吸をするのはこんなにもつらいものだっただろうか。口元は三日月のようにゆがみ、全身は快楽(よろこび)にふるえている。血管に血がめぐりしびれたように痛い。その痛みが俺に告げる。

“俺は生きている”と。俺は思う、生きるからには課せられた天命があると、それが何か俺は知っている。

殺せ、ただ殺せと俺に告げる。報復せよ、ねぶり殺せ、復讐せよ、犯しつくせ。これが俺の生きる意味なのだとするなら、まっとうし、果てよ。なんと美しい命の輝きか。俺には今価値がある。嬉しくて仕方がない。楽しくてしょうがない。笑いが止まらない。

この衝動に任せたまま、さあ、狩りをはじめよう。



・・・衝動とは受動的な感情だ。じゃあ、俺自身はどこに行きたかったのだろう?

   今となってはもう思い出せない。



:4

人と動物(ヒト)の違いは情動に生きるか、衝動に生きるかだと思う。俺は“オレ”に命じられるまま行動し、ヒトになった。理性を捨てた人間は人間以上の能力を行使できる。その力をもってすれば、道具を持たぬ人間を狩ることなどいとも簡単であった。

一瞬で肉塊に変えてやった。どんなに謝ったとしても絶対に許さないと思っていたが、そんなヒマさえ与えない。手を血に染め絶叫した。楽しくて快楽(たの)しくて狂喜(わら)ってしまう。この力があれば、母と名が付くものすべてをも殺せるのではないか?そう思った。

でも、そんなのはただの慢心だった。

圧倒的な性能の違い。人が人間から解離した姿とはこんなにも恐ろしく、美しい物なのか。“オレ”はただのきたない人間だったのだ。涙が出てくる。悔し涙なのか、それとも別の何かか、“オレ”には分からなかった。



・・・俺は悲しい。愛ゆえに“人”は憎むのだから。

なんだか18禁小説みたいになってしまいました。嫌いな人はごめんなさい。この後こんな描写が増えるとおもいます。お気づきかもそれませんが、前後編となっているもの以外の話はほとんど繋がっていません。フランの狂喜に魅せられたものより。

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