4.悪役女王はテンションを上げる
翌朝、両親と同じ時間に起きた私は、両親からのおはようのキスの嵐を浴び、朝食の前に身支度を整えようと部屋に一回戻ろうとしたら、今生の別れかと思うほど熱烈な見送りをされた。
この両親は今までは抑えてたみたいだけど、正真正銘の親バカだったらしい。ここまで露骨に愛情表現されると恥ずかしいような、くすぐったいような気持ちになる。部屋に戻るとミシェルが私を待ち構えていた。
「お嬢様、おはようございます」
「おはよう、ミシェル」
「お嬢様は昨晩、旦那様からご自身の出自についてお聞きになりましたか?」
なに、ミシェルも知ってたの!?でもこれ、言っていいやつかな⋯⋯?私の戸惑いを察したらしく、ミシェルが口を開いた。
「お嬢様が王女様であるという話です」
「えっ、ミシェルも知ってたの!? でもどうして⋯⋯」
「旦那様から魔術師団の諜報部と仕事をしていた話はお聞きになりましたか?」
「えぇ、聞いたけど⋯⋯」
「当時旦那様と一緒に仕事をしていた諜報員が、私だったのです」
えーーー!諜報員だったなんてすごくかっこいいんですけど!!!あれ、でも王都の魔術師団に入るだけでも大変なのに、そこで諜報員やってたってことはかなり優秀ってことだよね⋯⋯。
「なんでミシェルはこんな田舎でメイドをすることにしたの⋯⋯?」
疑問をそのまま口に出した。
「お嬢様、絶対笑いませんか⋯⋯?」
「善処するわ⋯⋯」
なに、そんなに面白い理由なのか⋯⋯。ワクワクしながらミシェルの発言を待つ。笑う準備、ОK!
「実は⋯⋯、お嬢様の成長を見届けたかったんです」
は??せっかく笑う準備してたのにポカーンってしちゃったじゃない!!
「旦那様の胸に現れた王女様、つまりお嬢様を見て、これまでに類を見ないほど強い魔力を持っていらっしゃると一目で確信いたしました。私は魔法や魔法道具の研究が大好きですので、こんなに強い魔力をお持ちの方に協力していただければ、きっと長年進まなかった研究も大きく前進するだろうと⋯⋯」
「つまり、ミシェルは私を使って実験したかったと⋯⋯?」
なにそれ、笑うとかの問題じゃなくて怒りなんですけど???
「いっ、いえ、そういうわけではありません!! もっ、もちろん、お嬢様の身の回りのお世話も楽しいですし! ただ、そうですね、少し、その、協力? えっと、お力添え? していただきたいというか⋯⋯」
私の怒りのオーラを感じたのか、いつも冷静沈着なミシェルがタジタジになってしまった。
でも、そんなに研究が好きなのに、今まで私のお世話ばっかりしてたから、全然研究できてなかったんだろうな⋯⋯。
きっと、ミシェルは私の正体を知ってしまったから、お父様に頼みこまれてここで働くことにしたんだろう。それを言わないのは、ミシェルなりの優しさなんだろうな。いつもそばにいてくれて、支えてくれたミシェル。実験台にくらいなってあげようじゃない。
急に私の怒りオーラが消えたのを感じたのか、ミシェルが不思議そうな顔をしている。ミシェルの優しさを無駄にしないよう、ちょっと上から目線でしゃべってみる。
「いいでしょう。ただし、条件があるわ」
ミシェルが息をのんだ。そんなに真剣そうな顔をして、なにをお願いされると思ってるんだろう⋯⋯?
「私が早く魔法を使いこなせるよう、指導してちょうだい」
うん、父上、母上を火事で殺した犯人や、主人公達と戦うかもしれないことを考えると、魔法はできる限り使えるようになった方がいい。私自身早く魔法を使えるようになりたいしね。しかも、そもそも魔法使えないんじゃ協力もできないじゃん。ってあれ、ミシェルからの返事がないな⋯⋯。やっぱり初心者に教えるのはめんどくさいよね⋯⋯。
「あの、ミシェル、やっぱりダメだよね⋯⋯」
そういうとミシェルがはじかれたように顔をあげた。
「お嬢様、本当にそのようなことでよろしいのですか!」
「そのようなことって⋯⋯。初心者相手に教えるのってけっこう面倒だよ」
そう、わたしはキャリアウーマン時代、パソコンでの資料作成方法を全く学んでこなかった部下相手に、何度も何度も資料作成の仕方を教えてきた。いちいち、~のボタンはどこですかー、だの、保存して送信するにはどうしたらいいんですかー、だの聞かれて、うんざりしていたのをよく覚えている。
「お嬢様に魔法を教えられるなんて⋯⋯! もちろん引き受けます!! わたくしが責任をもって、お嬢様を一流の、いえ、世界を滅ぼせるレベルの魔術師にして差し上げます!!」
ん、なんだか一瞬怖いものが聞こえた気がしたんだけど⋯⋯?
「お嬢様! 朝食の時間がせまっています! ちゃちゃっとお仕度して行きましょう!」
やけにテンションが高いミシェルが鼻歌を歌いながら仕度をしてくれているのを見ながら考える。
女王様もこうして両親の気持ちを聞けていたら、きっとあんな風にはならなかったんだろうな。お父様とお母様が処刑されそうになっても謝らなかったのは、女王様のことを、本当の子供じゃないって思ったことがなかったからなんじゃないかな。早いうちに女王様が自分の出自を知ってたら、あんな悲劇は起きなかっただろうに⋯⋯。
ってあれ、そういえば私が女王様で、既に七歳の時点で自分の出自を知ってるってことは⋯⋯。
それって一番根っこにあった破滅フラグを意図せずへし折っちゃったってことじゃない!!!すごい!!私!!!よくやった!!!あとは身分がばれなければ破滅フラグは立たなくなる!!わーい!!テンション上がってきた!!
ミシェルと同じくらいハイテンションになったところでお父様とお母様が待つダイニングに向かうため、部屋を出た。
ダイニングに向かいながらこれからどうしようかと考える。
女王様になっちゃうのは破滅フラグをへし折るべく回避しなければならない。でも、女王様がどうして周りに王女だと知られてしまったかはゲームでは明かされていなかったはず。ちょっと製作側!!なんでそういう一番大事な情報をゲームの中に入れとかなかったの!!プレイヤーの誰かが転生しちゃった時のためにしっかり描いておくべきでしょう!!
はぁー、せっかく転生というアドバンテージがあるのに情報がなくっちゃな⋯⋯。でも、なんか一つ忘れてるような気がするんだよね。私ってどっか女王様っぽくないような気が⋯⋯って、あー!髪の毛だ!!おまけに瞳も!なぜ私の髪と瞳は金色じゃないんだろう?と思っているとダイニングに到着した。すでに席についていた両親がわざわざ席を立って、満面の笑みを浮かべて私を迎えに来た。
「エイミー! 会いたかったよ!」
「あなたがいない間、すごく寂しかったわ!」
いやいや?なんかめっちゃ久しぶりの親子の再会みたいになってますけど⋯⋯。
「いない間って⋯⋯。ほんの二十分くらいでしょう?」
呆れた感じでそう言ったら、両親の目が見開かれていった。あれ、なんかまずいこと言ったかな⋯⋯。
(オーギュス、どうしましょう! エイミーはこんなこという子じゃなかったわ! 昨日から変よ! 誰かに乗り移られているのかしら!)
(そ、そんな⋯⋯。よし、今から国一番の魔術師を呼んできて⋯⋯)
(私は国の中でもかなり優れている魔術師だと思います)
(おー! ミシェル、君がいたか! ではさっそく⋯⋯)
「三人とも。こそこそしているみたいだけどぜーんぶ聞こえてますからね? 誰かに乗り移られたわけではありません。本当はエクストリーム・エイミーになったからなのですが⋯⋯。そうですね⋯⋯。お父様とお母様がなんとなくよそよそしかった訳を知って、遠慮がなくなった、ということにでもしておきましょう」
三人ともポカーンとしていたけど、だんだん中身を理解してきたのか、ミシェルはまたえくす何とかなんて言って⋯⋯、と呆れ顔になり、両親は再び目を見開いていった。
「遠慮が⋯⋯」
「なくなった⋯⋯」
ん、これはヤバい雰囲気になってきたぞ⋯⋯。あとずさりしたけど後ろは壁だった。もう逃げ場がない⋯⋯。
もうだめだ、と思った瞬間、大泣きしながら両親が突進してきた。
「お、幼いエイミーが遠慮をしていたなんて⋯⋯ぐす、ぐずず⋯⋯。なんてかわいそうなことをしてしまったんだ!!」
「お父様!! 涙はいいけど鼻水! 鼻水だけはつけないでください!! いーやー!!」
「エイミー、ぐず⋯⋯、本当にごめんなさいね⋯⋯ぐずぐず⋯⋯。これからは今までの分も含めて私達にべったりくっついて、甘えてもいいんだからね!!」
「お母様、この状況からして、べったりくっついて甘えてるのはお父様とお母様の方な気が⋯⋯」
「家族の団らんもいいですがそろそろ席についてください!! 朝食が冷めます!!」
ミシェルの鬼のような声がダイニングに響き渡った。三人でピタッと動きを止め、そそくさと席についた。この家の家庭内強者はもしかして、ミシェルだったのか⋯⋯?