3.悪役女王は出自を知る
いざテーブルにつくと、待ちきれなくなったお父様がまず口を開いた。
「エイミーの悩み事って、その、恋に関することだろう⋯⋯」
は???どうしてそうなった?お父様、顔を赤らめちゃってますけど、ガタイのいい(まだ三十代だけど今の私よりは)おじさんがそんなことしても可愛くないからね?
「その⋯⋯、今日は図書室で貴族名簿を熱心に見ていたそうじゃないか⋯⋯。いったい、誰がエイミーの目にとまったんだ!! 私より強くないと認めんぞ!!」
「あなた、そうやって駄々をこねないで。エイミー、どんなに身分が高い人でも臆しちゃダメよ。あなたはすごく美人だし出来もいいから自分に自信をもつのよ! 何なら私が一肌脱いで縁談を持ってきてあげるわ!!」
あのー、お二人とも、本人の話も聞かずに盛り上がらないでくれます⋯⋯?どの世界の親も娘の恋愛事情には興味津々なのか⋯⋯。縁談とかまだ考えられないけど、そのときには絶対ひと悶着ありそうだとげんなりしつつ、両親の期待を打ち砕くべく口を開く。
「違います。私はどの方にも恋していません」
そう言うとお父様の顔には安堵が浮かび、お母様の顔にはなーんだ、つまんないのーという表現が浮かんだ。
「じゃあ、悩み事ってなんなんだい?」
私は大きく息を吸って、答える。
「最近、気になる夢を見るのです。炎に包まれた部屋の中に私は寝かされていて、たくさんの人の悲鳴が聞こえてきて、逃げようとしても手足が思うように動かず、それも叶わない。そんな私を誰かが抱き上げてくれるところで夢が終わるんです。この夢がどうしてもただの夢とは思えなくて⋯⋯」
そう言った途端、両親、そして料理を運んでいたミシェルが完全に固まってしまった。
もちろん、そんな夢は見ていない。夢で見たことにして、王家の方が亡くなった火事の記憶があるということをほのめかしてみる作戦だ。何もなかったら変な風に思われずに、大丈夫、ただの夢だよーって終われるからいい作戦だと思ったのに⋯⋯。想像してた反応と違うんだけど⋯⋯。
「ど、どうしたのですか⋯⋯」
と不安げに尋ねる。なにやらお父様とお母様がテレパシーのような魔法を使って話をはじじめたようだ。うそ、なんかカッコイイ!私も習得したい!!!
「エイミー」
「ひゃい!!」
ヤバい、変な声がでてしまった⋯⋯。
「あとで私の部屋に来なさい。ミリアーナと一緒に待ってるから」
ミリアーナとはお母様の名前だ。ちなみに、お父様の名前はオーギュス。
部屋に来いってことは大事な話をするってことだよね⋯⋯?
「はい、わかりました」
その後は誰も口を開かずに食事を終え、皆そろって席を立った。私は一度部屋に戻るよう言われたので、自室で一人悶々としていた。
ヤバい、どうしよう、もし、もしも女王様だったら、乱立する死亡フラグと魔力封じられるフラグと戦わないといけないとか無理なんですけど!!それに絶対人殺しにはなりたくない!!
いや、待てよ、大事な話があるからってそうと決まったわけじゃない。もしかしたらこの家は一回火事にあったことがあって、その修理にお金がかかったから今、うちが貧乏になってしまってるってことかもしれない。
いや、きっとそうだ!そんな話はほかの使用人さん達の前ではできないよね、うん。その話しかないじゃないか、と自分に言い聞かせる。
そうやって無理矢理自分を納得させたとき、お父様付きのメイドさんが私を呼びに来た。お父様の部屋に向かうべく部屋を出る。部屋を出るときミシェルが何か言いたげな顔でこっちを見ていたけど、それにかまっている余裕はない。
きっと、いや、絶対、貧乏の理由についてだよね⋯⋯。そう思いながらお父様の部屋のドアをノックする。
「失礼いたします」
えいっと気合を入れてドアを開けた。中で難しい顔をしたお父様と泣きそうな顔をしたお母様が待っていた。私に顔を見るなりお母様がさらに泣きそうになった。
「やっぱり言うのはやめましょう! この子が知ったら⋯⋯」
「いや、そういうことを含めてエイミーに伝えよう」
そうお父様が言って話を切り出してきた。
「私たちはエイミーに黙っていたことがあるんだ」
うん、貧乏の理由だよね、と思っていないと逃げ出したくなるような空気になっていた。
「エイミーは七年前の国王陛下夫妻と幼い王女様が亡くなった事故を知っているね」
「はい」
きっと同じ年にうちでも火事が起きたんだ。そうじゃなきゃ、私は⋯⋯。
「それは、事故なんかじゃない、立派な殺人事件だった。王様とお妃様は宿泊されていた宿にかかっていた魔法にとらわれてしまい、身動きがとれなくなってしまったんだ。それでも、お二人は魔法をかけた術者にわからないよう王女様を宿の外に出し、代わりの遺体を用意した。だから、王女様は死んでなんかない、生きてるんだ」
お願いだからそれ以上何も言わないでと思ったけど、無情にもお父様の口は開かれた。
「それが、エイミー、君だよ」
心の中でピアノの一番低い音がボーンって鳴った気がした。人間、本当にショックを受けた時ってベートーベンの運命みたいなやつは流れないんだな、とか思って現実逃避しようと思ったけど無理だった。私は、私は⋯⋯。
「私はその日、王様からの指示で魔術師団の諜報部の人と一緒にある事件を追っていた。いきなり自分の胸のあたりが光りだしたと思ったら、次の瞬間、腕の中に王女様がいたんだ。なにがあったのかと思って王女様と一緒に送られてきた手紙を読んだら、この子を育ててくれ、頼む、というメッセージと今回の火事は事故ではなく事件だということが書かれていた。その後、私と諜報部の人で火事について調べたんだが、事件だという証拠がでてこなかった。
このことは、エイミーが魔法学園を卒業してから話そうと思っていたんだ。でもエイミーが夢を見たことは、なにか王様からのメッセージなのかもしれないから、今、話すことにしたんだよ。黙っていて悪かったね」
そう言って、お父様は悲しそうな顔をした。私の心の大人の部分は、自分が女王様だったことにショックを受けていた。でも、まだ幼い部分は、違うことに対して、悲鳴を上げていた。それが、そのまま唇からこぼれ落ちていく。
「では⋯⋯、私は⋯⋯。お父様とお母様の本当の子供ではないということですか。王様に頼まれたから仕方なく私を育てたんですか。お父様とお母様に本当の子供がいないのは私のせいですか⋯⋯」
そう言うと涙があふれだした。その瞬間、お母様が飛んできて私を抱きしめた。
「確かに、私達は、あなたを生んだわけじゃない。でも、そんなことはどうだっていいことよ。私達は、あなたのことを、世界で一番愛してる。大事な、大事な、我が子、本当の我が子だと思ってる。それは、これから先、なにがあってもずーっと変わらないわ」
お父様もやってきて、お母様ごと私を抱きしめた。
「王様に育ててくれるよう頼まれはしたけど、それだけで子供は育てられないよ。そのころ、有名な医術師にミリアーナは子供を産むことができないと言われていて、子供を育てることを諦めていだんだ。だからね、エイミーが送られてきたとき、王様のことは悲しかったけど、それ以上に、エイミーがうちの子になってくれることが嬉しかったんだ」
そう言ってお父様はいたずらっぽく笑った。
「エイミー、あなたと過ごした日々は私達の宝物よ。はじめてしゃべったとき、立ち上がったとき、飲み物をこぼしてびっくりしていたとき、口の周りをいっぱい汚してにって笑ったとき、そして、はじめて悩み事を相談してくれたとき⋯⋯。全部、全部鮮明に覚えてるわ」
「今までエイミーに隠し事をしてたことを後ろめたく思うところもあったから、たまにぎこちなくなってしまったときもあったかもしれないけど、私達は、ずっと、エイミーを愛してきたよ」
「「エイミー、私たちの子供になってくれて、ありがとう」」
今度は嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなくなった。どこか距離を感じるときもあったけど、私はちゃんと愛されてきたんだな⋯⋯。
お父様とお母様は、私が落ち着くまで、ずっと抱きしめ続けてくれた。そうして私が落ち着くと、お父様がポケットから古びた封筒をとりだした。そして、私にそれを差し出す。
「これは、王様とお妃様がエイミーに遺してくれた手紙だよ」
わたしはそれを、そっと受け取って、丁寧に丁寧に封を開けた。手紙にはこう書いてあった。
「愛するエイミー・ノスタジアへ
ようやく、ようやくこの手に抱くことのできた我が子と、こんなにも早く別れなければならないと思うと、胸が張り裂けそうです。本当は、私達の手で、大切に、大切にあなたを育てたかった。でも私達がここであなたと一緒に逃げれば、私たちが生きていることが敵にばれて、きっとまたどこかで襲われて、殺されてしまうでしょう。
だからエイミー、あなただけを逃がします。一緒に生きることができなくてごめんね。でも、それでも、あなたには生きてほしいのです。
今回の事件で私達を襲った敵は本当に強大です。魔力が驚くほど強いだけじゃなく、知恵もよくまわる。私たちは今回の陰謀が起きることに気づくことができませんでした。あなたが生きていることを知れば、きっとあなたを殺そうとするに違いありません。だから、一生名乗り出ずに、静かに過ごした方がいいかもしれない。
でもエイミー、あなたが正統な王位継承者であることも確かです。あなたが正しいと思う道を、進みたいと思う道を進みなさい。でもだからって、私達の復讐をしようなんて考えてはだめ。そんなことをされても私達はちっともうれしくありません。
あなたの両親は、あなたがどんな道を選んでも、ずっと応援しています。最後になってしまうけれど、私達がいつまでもあなたを愛していることを忘れないで。あなたの幸せを願っています。
あなたの両親 モーガン セシル」
せっかくおさまったのに、また涙があふれてきた。幸せな涙だった。
「エイミーは四人の親に、こんなにも愛されているんだよ。これから先、なにがあっても私達はエイミーの味方だ。四人にとって、エイミーはずっとずっと、最愛の我が子なんだよ」
そう、お父様が言ってくれた。
「ねえ、オーギュス、今日は三人で寝ましょう」
これから先、どうやって生きていこうか、破滅フラグへの対処はどうしようか、なにを目指していけばいいのか⋯⋯。考えなきゃいけないことがたくさんあったけど、私はこの晩、久しぶりの両親のぬくもりに包まれながら、静かに眠ることができた。