10.悪役女王は爆発する
三列目の一番右端にいたのは、まだ七歳であろう、俺様騎士、テオだったのだ!
見間違えるはずはない。だって将来イケメンになるのがめっちゃ想像できるくらいかわいいんだもん!こんなかわいい七歳児見たことないよ!
あ、でも貴族名簿にテオは載ってなかったからな⋯⋯。何か事情があるのか?と思っていると、私の質問の意味をようやく理解したらしい子爵の顔が怒りに染まっていく。
えっ?!そんなに怒ること?!申し訳ありません、と、とりあえず謝っておこうとしたら、子爵は使用人さん達の列に入っていき、テオの前で立ち止まった。
「庶民の子供風情が!! 誰が私の息子であると名乗ってよいと言った!! ふざけるな!!」
子爵の手が振り上げられる。テオの方は逃げようともせず、目をつぶって、ただひたすらに耐えていた。
こんなの絶対に許せない。
先日ミシェルに教わったばかりの転移魔法を使って子爵とテオの間に移動した。
私の頬に衝撃が走り、体ごと横に吹っ飛んだ。どさっと体が床に打ち付けられる。
お父様ががたっと椅子から立ち上がる音が聞こえた。
こちらに来ようとしているであろうお父様を手で制し、自力で立ち上がる。自分の子供に向かってあれだけひどい言葉を放った上に、ここまで容赦なく暴力をふるえるなんて、どれだけ非情な人なんだろう。私の中で何かが切れる音がした。
まだ唖然としている子爵と、私がしたことが信じられないと驚いているテオの間に再び立ちはだかり、大きく息を吸って、叫ぶ。
「あなたみたいな自分の子供さえ大切にできない人間が、領民のことを大切にできるはずがない!! 領政について語る資格だってない!! 領主になる以前に、人として最低だ!!」
はー。言いたいこと言うって気持ちいいなー。怒らせちゃったらまずいんだけど、言っちゃったよ⋯⋯。
切れた唇から血が流れてきた。錆っぽい味が口いっぱいに広がる。パンパンに腫れたほっぺたもビリビリする。これがテオの美しい顔に起こらなくてよかったと心底思った。
再び子爵をにらみつける。子爵もだんだん私が言ったことの意味を理解したらしく、さっきと同様、顔が怒りに染まっていった。
「この小娘が!!!」
手が振り上げられたけど、私は子爵の目を見据え続けた。お父様が止めに入ろうとしてるけど間に合わないだろう。一発も二発も大して変わらない。さあ、来るなら来い!
「こんな夜分に何をなさっているのですか」
いきなりサロンに冷ややかな声が響き渡った。お母様だった。めちゃくちゃ怖い声だった。
お母様、今この人頭わいちゃってるから危ないよ!お母様にまで被害が及んでしまう!どうしよう、と思っていると、子爵の動きが止まった。
「これは、その、あの⋯⋯」
子爵がしどろもどろに答えた。あれ、お母様の超冷ややかボイスで落ち着いちゃった?あの声の恐ろしさは普段のお母様から全く想像のできないものだったからなぁ。
「ランドルフ子爵、こちらに部屋を用意させましたので早くおやすみになられたらどうですか」
お母様が恐ろしい冷ややかボイスのまま続けた。怖⋯⋯。
「あ、あぁ、そうさせていただきます⋯⋯」
なんか子爵が丁寧語になってて笑える。そーとー怖かったんだろうなー。ざまーみろ!
子爵がそそくさと部屋を出ていくと、使用人さん達もぞろぞろと出て行って、サロンには私達家族三人と、テオが残った。子爵が出ていった途端、テオが口を開いた。
「あ、あの⋯⋯。僕のせいで、申し訳ありませんでした⋯⋯」
なんでこの子が謝るんだろう。悪いのは子爵なのに。
「どうしてあなたが謝るのですか? あなたはなにも悪くないです。あなたに怪我がなくて本当に良かったわ。こういうときは、ごめんなさい、じゃなくて、ありがとうって言われた方が嬉しいです」
テオが驚いた顔をした。美少年ってどんな顔してもかわいいな⋯⋯。一応女の子である私が霞みすぎて見えなくなるレベルだ⋯⋯。
「あ、ありがとう⋯⋯?」
か、かわいーーーい!!抱きしめたいけど変態認定されたくないからがまんがまん⋯⋯。
「テいきなり名前で呼ぶところだった。名簿にもないのに知ってたら変質者になっちゃう⋯⋯。
「僕は、テオ⋯⋯⋯⋯」
テオはここまで言って固まってしまった。テオの代わりに、私が言い切る。
「テオ・ランドルフね。私はエイミー・オートモンド。これからよろしくお願いします」
そう言って手を差し出した。
きっと、乙女ゲーム内でランドルフを名乗っていたから、この名前が嫌いなわけではないだろうと思ってそう呼んでみた。テオは、少し驚いた後、照れくさそうに笑って、おずおずと差し出した手を握ってくれた。かわいい。
「よ、よろしく⋯⋯」
お互い握手したまま制止してるとお父様が間に入ってきて手をバリッとはがした。なぜだ、お父様⋯⋯。美少年との交流を楽しんでいたのに⋯⋯。
そして、いつもの優しい口調に戻ったお母様が口を開いた。
「テオくん。あなたのお部屋も別で用意しておいたわ。疲れたでしょうからゆっくり寝てちょうだい。もしかして、一人で寝るのは怖かった?」
「いえ、大丈夫です。あの⋯⋯、あ、ありがとうございます⋯⋯」
「あらかわいい。どういたしまして。我が家だと思ってくつろいでちょうだいね」
テオを三人で部屋に送り届けたので、私も部屋に向かおうとすると両親に止められた。
「うちには癒しの魔法が使える人がいないのよ。ごめんねエイミー。もし痕になるようなことがあれば⋯⋯」
癒しの魔法が使える人なんて、この国中を探してもほとんどいないんだから当たり前のことなのに、両親は悲痛な面持ちになっていた。
「だいじょうぶです。私はまだ若いからそう簡単に痕にはなりませんよ。それに痕になっても後悔することはありません。ああすることが、一番正しい選択だったと思うので。勲章みたいなものになりますね」
にこやかにそう告げた。両親は顔を見合わせて苦笑した。
「なんだか、エイミーならそう言う気がしていたよ。確かに、あれは立派な行動だったね。私は誇りに思うよ」
「エイミーは最近すっかり変わっちゃったわね。もちろん、良い方に、だけど」
皆でおやすみ、と言い合って、私は部屋に戻った。これから攻略対象の一人と同じ屋根の下で暮らす⋯⋯。ヤバい!どうにかフラグをへし折っておかないと⋯⋯。
とにかく、まずテオについて、思い出せることをまとめておこう。
ストーリーがはじまった時、テオは俺様っぽい口調ではあるんだけど、どこか全てを諦めているような雰囲気を漂わせていた。セリフにもどーせ、とか、俺なんて、という卑屈ワードがたびたび登場するから、この人は本当に俺様キャラだったっけ、と何度も確認した。でもストーリーが進んでいくと、テオはちょっとぶっきらぼうに、ときに強引に、ヒロインを助けていく。
そんなある日の晩、ヒロインが眠れなくて城の庭のお気に入りの場所に向かうと、そこにはすでにテオがいて、好感度が一定以上あるとイベントが起きる。月明りを浴びながら佇むテオを見て、テオがどこかに消えてしまいそう、と思ったヒロインが、テオの服の裾を握りしめながらこう言うのだ。
「騎士団長様、あなたはどうしてそんなに寂しそうなのですか⋯。あなたはいつも私が困っているとき、悩んでいるとき、そばにいてくれましたね。私には⋯。あなたが必要なんです。だからどうかどこにも行かないで。ここに、私のそばに、いてください」
ヒロインよくここまで言って自分がテオのこと好きだって自覚しないなーなんて思った。
まあそれは置いといて、そう言われたテオはこう返す。
「俺にはここ以外いる場所なんてないよ。だから大丈夫だ、どこにも行けない。それにしても、俺が必要だなんて、お前、面白い奴だな」
乙女ゲームの鉄板、「面白い奴」キターー!なんて思ったけど、次の瞬間表示されたスチルが素晴らしすぎて、そんなことは一瞬で忘れて悶絶した。
青い月明りに照らされて、今まで見たことないほど甘い笑顔を浮かべたテオが、ヒロインの頬を両手で包み込む⋯⋯。
あぁ、思い出すだけで鼻血が出そう⋯⋯。
その夜をきっかけにテオはヒロインに本気で惚れ、ストーリーがどんどん甘くなっていく。テオの俺様度も爆上がりしていく。のちにテオの過去が明かされるイベントが起きるのだが、テオの過去は⋯⋯。
両親からも疎まれて育ったテオは、魔法学園に行けばきっと自分を必要としてくれる誰かが現れるはずと思い、十五歳になるのを楽しみにしていた。
そして魔法学園に入ったが、ろくに人と話したことがなかったテオは学友達に品のない話し方をする奴だ、と思われ、誰からも相手にしてもらえなかった。それならば得意だった剣術に磨きをかければ少しは相手にしてもらえるだろうと思い、学園にいる間ずっと努力を重ねていった。学友達はそんな姿を見ても、こんなに一生懸命になるなんて品がない、とバカにするばかり。テオは次第に誰かと関わることを、誰かに必要とされることを諦めていった。
卒業後に女王様によって騎士団長に抜擢されたときは、ついに自分が必要とされたのか、と喜んだけど、女王様に「何か不審な動きをすればすぐに首が飛ぶからな。心して務めよ」と言われてしまい、自分は全く信用されていない、すぐに首を飛ばしてもいいと思われている、必要とされていない存在だったんだ、と落胆する。
それでも城が、家にさえ居場所がなかったテオの、唯一の居場所となったからとにかく務めは果たそうと思い、心を殺して仕事ばかりしてきた。そんな中でヒロインと出会い⋯⋯。
という感じだった。
まぁまとめると、ヒロインがはじめて自分を必要だと言ってくれたから好きになった、という感じか⋯⋯。まとめちゃうとつまんなく聞こえちゃうけど、その途中の紆余曲折とかその後がたまらないんだって!!!
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
それはいったん置いとこう。脱線禁止。まず、なにをする必要があるか。もちろん、私は女王様になるのは回避するからあんまり関係ないんだけど、でも万が一、万が一のときがある。リスクマネジメントもキャリアウーマンとしては、しておかないわけにはいかない。
そうなっちゃったら全力で破滅を回避するけど、「マジカルレボリューション!」のエンディングを考えると、攻略対象達はヒロインに恋をした方がいい。だってハッピーエンド以外を迎えられると私は死ぬ。死ぬよりは追放の方がまだましだから、万が一が起きた場合はハッピーエンドを迎えてもらわなきゃならない。
そのためには、テオをはじめて必要とする人がヒロインじゃなくきゃいけないよね。ということで、私はテオを必要としちゃいけない。
うーん、テオは剣術が得意って言ってたから、もしかしたら剣術がテオより上手だったらどんな時もテオを必要としないんじゃないかな⋯⋯。
暴漢が襲ってきたときも、「テオ、後ろに下がって。私が相手をするわ」って言っても自然だし、魔獣が襲ってきたときだって魔法は私の方ができるはずだから、後ろに下がらせても問題ない!!これだ!!これで行こう!!
あぁ、やるべきことが分かってすっきりしたー!明日から剣術頑張ろう!志を新たにして、私は眠りについた。
ここまでこの作品を読んでくださって、本当にありがとうございます。
この作品も10話目を迎えましたが、日に日に増えていくブクマ、ポイント、PVなどにいつも励まされています!!ありがとうございます!!
そろそろこの作品の略称を考えたいと思ったのですが、"悪女の足"が一番に思いついた私はおかしいでしょうか……?(笑)
これからもよろしくお願いいたします!!