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エガオのブッキー

作者:
掲載日:2019/06/01

 これは、私が経験した、本当にあったお話です。


     ※


 とある高校に、

「Hey! みんなのブッキーだヨ!」


 樋熊芽吹って名前の女の子がいました。

 高校から知り合ったこの女の子、とにかく笑顔が眩しいことで有名で、高校じゃちょっとした有名人でした。

 悪い意味で。


 彼女は、陰でいじめの対象でした。

 実際、私は樋熊芽吹さんが苦手でした。

 悪い人じゃないんだろうなとは思っていましたが、とにかく鬱陶しい。

 いつも笑っている人で、こっちの事情を一切憚らない人でしたから落ち込んでいる時にこっちに笑顔を向けられると、私を笑っているんじゃないと分かっていても気分を悪くしました。


 落ち込んでいる時に笑うんじゃねえよ、ですよ。

 だから、樋熊芽吹さんはいつも一人でした。

 所謂ボッチですね。

 好き好んでボッチと絡むようなもの好きはいない。そのうえ、陰でいじめられている。

 でも、いつも笑っている樋熊芽吹さんはボッチでもいじめられていても、一切気にせず、むしろ嬉しく思っているようでした。

 当時はとても不思議に思っていました。

 でも、今思えば、それも当然のことなんだろうな、と思いました。




 私はある日、見てしまったのです。

 それは高校からの帰り道、母親から祖父母の家を訪ねてから帰ってくるようにと言付けを受けて、隣町の外れ、地名は忘れましたけどとにかく薄暗い場所を歩いていると、頻りに誰かを怒鳴りつけている声が聞こえたのです。

 何事かと思い、遠回りにはなるけど好奇心には抗えず、ほんの少しだけ身を乗り出してみました。

 無精髭を生やした中年男性と同じ高校の制服を着た女の子。

 女の子は樋熊芽吹さんでした。

 そして、その相手が樋熊芽吹さんの父親であるというのは直感で分かりました。

 怒鳴っているのは父親、怒鳴られている樋熊芽吹さんはいつもと変わらず笑っています。


「だから何が可笑しい!」

「パパ!」

「いつもいつも笑いやがって不気味なんだよ!」

「きゃ!」


 一瞬、何が起きたのか私は私の目を疑いました。


「ホント! 気味悪いんだよ! この!」


 父親が笑っている樋熊芽吹さんの腹部を蹴ったのです。


「アハハ! 待ってよ、制服汚れちゃうと明日先生に何があったか聞かれちゃうヨ」


 ならばと、父親は強引に樋熊芽吹さんの上衣下衣剥ぎ取りました。

 露わになった白雪のような穢れのない柔肌が傷つけられる様を見せられて、私は居たたまれなくなり、その場から逃げてしまいました。

 父親の暴力が、怖くなったのです。




 翌日。

 樋熊芽吹さんは普段通りに登校してきました。

 笑顔もいつも通りです。

 いえ、いつも通りどころかいつもより笑顔が眩しいとすら思いました。


「ねえ、樋熊さん」

「お!? マユち!」


 私の本名は田中麻友、だからマユち。

 ちなみに樋熊芽吹さんとはこの時が初会話だったりしました。


「少しいい?」

「もちろん!」

「あ、……」


 困りました。

 話しかけたはいいものの、昨日のことをどう切り出せばいいか全く考えていなかったのです。


 困った末に私は、

「昨日のこと、えっと、大丈夫でした?」

「もちろん!」


 表情を崩さずに笑顔で答えてきました。


「だって、ブッキーがいるって、いてもいいって認めてくれるんだヨ!」


 樋熊芽吹さんは笑顔で恐ろしいことを言いました。


「みんな、ブッキーを認めてくれる、それってどんなことよりもいいことだヨネ!?」

「う、うん、そうだね?」

「いじめられても、暴力を受けても、それは私自身が、ブッキーがいるっていう証明だから、ブッキーはどんなことがあっても耐えられるんだヨ!」


 不気味。

気味悪い。

 私は頭の中で何度も、何度も昨日聞いた言葉を復唱しました。

 確かに、そうだ。

 彼女は、樋熊芽吹さんの笑顔は常識から考えて異常なほどに不気味だと初めて認識しました。

 いじめられて、虐待されて笑顔でいれる人が正常なはずがない。

 その日から。

 樋熊芽吹の笑顔が、怖くなったのです。






 私はそれから徹底的に樋熊芽吹を避け続けました。

 それどころか、いじめに加担するようにもなっていました。

 それも全て樋熊芽吹の笑顔が怖いゆえの選択でした。

 季節が移ろうその間、やはり樋熊芽吹はひと時も笑顔を絶やしませんでした。

 年が明け、久しぶりのクラスに樋熊芽吹の姿はありませんでした。

 樋熊芽吹がいないことにクラスメイトは気付きはすれど、それを不思議に思う人は誰もいませんでした。




 その夜。

 私は不気味な笑い声で目を覚ましました。

 暗がりの部屋、一人です。

 笑い声が聞こえるはずがありません。

 ですが、確かに今さっき、聞こえたのは笑い声でした。

 今、笑い声は聞こえません。

 私は胸を撫で下ろし、これが気のせいであってほしいと願って横になりました。


「ハハ! ハハハ!」

「っ!?」


 私はむくりと起き上がり、周囲を見渡しました。

 やはり誰もいません。


「ハハハ!」

「ハハハ!」

「ハハハ!」


 ですが、何かいます。

 間違いない。

 笑いは止みません。

 怖くなった私は、部屋の明かりを点けました。


「誰か、いるの?」

「ハハ!」

「っ!?」


 それが返事のつもりだったのでしょうか。


「ハハ!」

「ハハハ!」

「ハハ!」

「ハハハ!」


 いくつもの笑い声が私の耳元で輪唱してくる感覚はお世辞にも良いとは言えません。


 私は咄嗟に両耳をふさいで、声を遮断しようと試みますが、

「ハハ!」

「ハハハ!」

「ハハ!」


 笑い声は止みません。

 それどころか、声は更に大きくなる一方。

 背筋が凍るとはこの感覚のことを言うのでしょうか、私は初め何かの病気を疑いましたが、待てよと、笑顔に心当たりがあるぞ、と。

 そこから全てが合点しました。

 ただ問題は、全てが合点しても不気味な笑い声は止まないこと。

 その夜、私は一睡もできませんでした。




 翌朝、学校に樋熊芽吹の姿はありませんでした。

 ホームルームの時間、教壇に上がった教師は残念そうな顔で樋熊芽吹の死を告げました。

 クラスが俄かにざわついた時、任意の事情聴取を行いたいという警察官が来ました。


     ※


「以上が私の知っている全てです」

「ご協力ありがとうございました、田中麻友さん」


 私が話し終えると気さくな警察官は次の生徒とすぐに話し始めた。

 時間がないのだろう。

 警察官も大変だ。




 その翌々日、地元紙の朝の朝刊で県内某高の女子生徒が自殺したとの記事が小さく載せられていた。

 大々的に報道しないのかと疑問にも思ったが、どうやら保護者・高校・県教育委員会の三者の思惑が合致したらしく、大々的な報道は控えるらしい。


 記事によると『女子生徒は小学校時代に母親を亡くしてそれ以来、無職の父親と二人暮らしだったらしい。父親は鬱病を患い、精神を病んでいた。女子生徒は父親からの無視に耐えられず、承認欲求に燃えた。そのために笑顔を絶やさなかった彼女だったがそれがアダとなり、気味悪がられ学内でのイジメに発展した』、と。


 記事には自殺したとあるが、なぜ自殺したのかは書かれていない。

 少なくとも他社からの承認のためなら何をされても良いと答えた樋熊芽吹が、ただイジメられて暴力を振るわれたから自殺したとは考えにくい。

 自殺ではないだろう。

 なぜなら、噂によると自殺発覚の翌々日、父親が行方を眩ませたらしいからだ。現在、警察が行方を追っているが、警察も薄々これが自殺でないと気付いているのだろう。


「……?」


 記事の最後には、こう書かれて締め括られていた。


『笑顔を信じた少女の儚い夢であった』


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