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胸のカタナはケルンで鐘を鳴らす その2

 針井純。


 好きなアイドルは広末涼子。若い頃より女優をやっている現在の方が彼の好み。洋楽はQueenやJustin Bieberくらいしか知らない。好きな映画ジャンルは、宇宙で戦争をしないSFなら大体は含まれる。ただしグロテスクなハプニング要素があるものは気分や作品の質によって評価が分かれる。


 両親は数週前に離婚寸前にまであったのだが、なぜだか家族の旅行が行われるヘンテコな家庭に生まれる。家庭状況の為か、大学進学は国公立を狙ってはいるものの、難易度の高さに怯えつつある。それに古椅子の学力を考えれば、同じ大学に進学するためにも、それなりに勉学に努めないといけない、そんな危機感も少々。


 昔から誤解の受けやすい行動が多かったためか、周囲には距離が置かれ、友人や話し相手も少なかった。といっても、針井の行動に直接的な暴力などは滅多になく、先の波速にした行為と似て、未遂に終わるとか、またイジメに関与していたという噂や、学校のイベントや部活動の妨害などである。ただ、直接的な暴力があった場合は反撃のためにそれに含まない。


 しかし、古椅子礼という気が置けない友人の存在により、性格が捻くれるとか、社会のレールから外れるような真似もそこそこに、日常を過ごしていた。 

 

 古椅子との付き合いは、彼の人生を大きく変えた。


 針井がゲームセンターのクレーンゲームの腕が上達をしたのも、よく古椅子とやるため。針井がアメコミヒーローの漫画や映画に興味を持ち、ついでにクリストファー・ノーランの映画を見るきっかけになったのも、古椅子がアメコミのファンだったから。名古屋の地下鉄に精通しているのも、よく古椅子と遊びに行くからだ。そして、自身の初恋でさえ、相手が古椅子に好意を抱いていると知れば、彼はその相手から退いた。自身の色恋で古椅子に後ろめたさを感じてほしくなかったからだろう。ちなみに、その相手はいつぞやの三野ではない。もっと言えば、2人は共通して年上好きなフェチだ。


 針井は古椅子に感謝を忘れたことがあまりなかった。針井は自己評価が低い性分で、古椅子がどう思っているかはともかく、やはり古椅子は問題児の針井に同情して付き合っていると思い込んでいる。そして針井よりもっと他に親しくすべき人間がいると思っている。だから、針井は進んで古椅子を立てる行動もしている。


「いやぁ、しかしだなぁ……。これは……」


 時は流れて学校が終わった放課後。場所は古椅子の自室。ジャスティスリーグやジョーカー、それにスパイダーマンなどのポスターが壁一面に広がり、タンスの棚にはA4サイズのアメリカンコミックがずらりと並ぶ。


 針井は黄色を基調にしたヒーローコスチュームを着ていた。胸のあたりに黒のビックリマークがあり、そのカラーリングは警告標識のようだった。マスクとコスチュームは別れてはいるものの、ボディのコスチュームは背中にステルスチャックが付いており、上半身と下半身がつながっている。生地はポレウレタンで、針井が手足を動かすとか、繊維を引っ張ってみると、ゴムのような伸縮性があった。


「ダサい」


「あはは。まぁ、小学生の頃に作ったものなので。実は、隠れて作っていたんです。お恥ずかしながら今頃に公開する形になりましたが」


「小学生って……」


 針井の身長は170前半。それがピッタリとこのコスチュームに合うとなれば、古椅子の小学生時代は彼と同じ身長になる。針井は190cm以上ある古椅子の顔を見上げて、少々の劣等感を感じ、「はぁ」と小さなため息をついた。


 しかし、その劣等感以上に、このマスクとコスチュームを纏う羞恥心の方が上回っていた。


 機能性や伸縮性に文句はない。マスクも湿気や温度の高い日は苦労させられそうだが、やはり手足が自由に伸びてサイズも過不足なしに収まっているのだからそれなりに快適だ。


 だが、ヒーローのコスプレをしているだけでも十分に羞恥的な上、制作費をケチったB級映画のお粗末ヒーローのような姿だとしたら、それはもう胸を張って人前に姿をさらす理由などない。


「これ、マジで来て街を歩くのか?」


「はい。ちょうど電気と黄色でイメージにも合いますし」


 正直のところ、針井は信じられないくらいコスチュームがダサいと思っていた。これを着るくらいなら全裸に泥を肌に塗るほうが幾分かマシなくらいだ。彼は最初に一言、「ダサい」と明言したが、古椅子を思ってなんとか一言だけの「ダサい」で済ませた。しかし、本当はもっと「ダサい」と言ってやりたかった。しかし我慢した。それも必死に抑えて。


「味があっていいかもしれんな」


 味なんてあってもツラいだけである。白米にイチゴのシロップを付けたところで美味しいはずがない。


「はぁ……。自分的にはやっぱりダサいと思いますが、ジュンさんは割とイケるんですね」


 針井はコスチュームを破り捨てようかと思った。


 すべての世界が崩壊すればいいと心から願った。


 目の前が真っ暗になりそうだった。


「もういいよ。それで? こんな平和な街に何か巨悪でもあるのか?」


「巨悪と言いますか、強盗の常習犯です」


「強盗と言えば……」


 強盗の言葉には針井も少しくらいには聞き覚えがあった。ニュースでもしばし逮捕に困難している強盗がいると騒がしいからだ。


「はい。今、Ichのンゴヤなどで盛んに活動をしている強盗……通称、エンジンニア。彼は銀行やコンビニで金目のものを袋に詰めると、例え警察に包囲されていても出口から堂々と姿を現し、銃弾を体で弾いてそのまま走って逃げます。時には追ってきた警察官を素手で殺害するパワーと残忍性があり、フライアン(ナガノから来たハエ人間の愛称)のようなナガノから来た知的生命体ではないかとも憶測されています」


「普通にドエライ案件だが」


「ええ。ジュンさんなら倒せるんじゃないかと」


 針井はそれこそ猫探しや万引き少年の補導など、レベルの低い案件を紹介されると思っていた。そして、それならばわざわざ変装する意味などない、と難癖をつけてこのコスチュームを脱ぐ算段を立てていた。


 しかし、強盗退治をやるとすれば話は別だった。コソコソと穏便に事を終えることは難しく、必然的に注目を浴びる可能性がある。


 ヒーローのプライバシーは重要だ。日常生活が困難になることや、私生活で闇討ちの心配など……理由は多くあるが、特にプライベートな友人や家族の身を守る役割がある。恨まれているヴィランに家族を人質にされたら大変だ。ヒーローはコスプレ趣味でマスクをかぶり、ホモっぽいタイツを履いているわけではない。


 それならば、まぁ、百歩譲って、やっぱり万歩譲って、コスチュームを着る動機にはなるな、と針井は念じるように納得した。


「まぁ、話は分かった。確かにエンジンニアは凶悪だよな。しかし、そう都合よくこの町に強盗をしに来るか?」


「可能性ならあります。これを見てください」


 古椅子はPCのインターネットエクスプローラーでエンジンニアの情報をまとめたサイトやネットニュースの記事などを並べた。そして、まずエンジンニアが犯行を行った場所がまとめてあるサイトを最大化し、画像をディスクトップに表示する。


「現在、15件の強盗に成功しているエンジンニアですが、古い事件から新しくなるにつれ、どんどん襲撃現場が北になっています。ほら、つい最近なんて、Ichのにゃん山市です。どんどんミナミ町に近くなってきています」


「確かに……。だが、それくらいなら警察も読んでるんじゃないか? だから警備も強くなる。俺がエンジンニアなら、むしろ南下して警戒が薄いだろう銀行を襲撃するね」


「ええ。普通はそう考えますが、エンジンニアは違います。彼は、自身の力を試したがっている節があります」


 古椅子が新しくPCを操作して、別のウィンドウで用意されていたサイトを最大化する。


「例えば、ンゴヤ市で行われた銀行襲撃のエピソードですが、彼はわざと警官隊の銃弾を浴びて、銃弾がなくなるまでその場に立ちはだかりました。そして近くのパトカーを軽々と持ち上げ、そのまま投擲」


「えげつね。人間とは思えないわ。確かにナガノの生物かもしれんな」


「闘いを楽しんでいる、と考察しているサイトも多々あります。ならば、むしろ彼は狡猾な真似なんかせず、誘うように北上してくるでしょう。というか、彼はお金を巻き上げますが、それを使うことなく捨てます。食って遊びたいときは、力で店員を脅すんです」


 古椅子はいくつかのサイトを針井に見せ、自身の推測の確実性を証明した。針井はもちろん、古椅子が用意したサイトとは他のサイトにも立ち寄り、別の考察や情報なども探ってみるが、古椅子の理論を崩すほどの内容はなかった。


「それで、もう一つ問題がある」


「どの銀行を襲うかでしょう? それも大方の対策はしています」


「えぇ……。張り切り過ぎだろ……」


「いえ、自分は何もしていないのです……。ただ、やはりエンジンニアの話題性もあって、彼がGif県のミナミ町にある銀行に張り付いている人たちがいるんです」


「はぁ? それは妙な嗜好を持っているヤツだな。というか、仕事は大丈夫なのか」


「いわゆる、ネットニュースの記事や配信サイトの収益でお金を得ている人じゃないでしょうか。それに、普通の新聞紙や雑誌の記者などもいますね」


「あー、なるほど。見えてきたぞ。つまり、そいつらがTwitterとかで『リツイート』や『イイね』、仕事にしている場合はリアルタイムで掴んだ情報をアフィリエイト収入にするため、エンジンニアの襲撃情報を発信してくれれば、俺たちはリアルタイムでエンジンニアの情報を獲得できるのか」


「まさにそれです。しかも、エンジンニアは闘いを楽しむタイプ、多少遅れても彼と対決することはできるかもしれません」


「すっげーよく考えてるな」


「どうです? ジュンさんがヒーロー、自分はそれを支える椅子の男です」


「……」


 随分と楽しそうだな、と針井は苦笑した。実際は、前に出て戦いたいだろうに、自分にヒーローの座を譲ってくれたのだろうか、と針井が推測すると、幾分か、それを無碍にしてはいけないと思った。



___________________ΩΩΩΩ____________________




 Gif県ミナミ町のとある銀行にて、300キロを超えるATMが宙に放たれ、銀行の出入り口の自動ドアを破壊した。ガラスの割れる高音と、ATMが地面にバウンドして重く低い音の連続が鳴り響く。咄嗟の出来事に人がパニックを起こして、悲鳴を上げながらそこらに散らばった。


 そして間もなく、武装した2,3人の機動隊たちが吹き飛ばされて、ATMと同じように出入り口から飛んで行った。


「弱い」


 エンジンニアは退屈そうに声を漏らす。


 彼は2メーターにもなる巨大な体に、ボディービルダーも体負けな恰幅や猛々しい腕や脚の筋肉。まさに巨漢である。彼の体はブォン、ブォボボボボボン、などと爆発のような音が鳴り、彼の背中から薄茶色の煙が放出されている。


「出たっ! エンジンニア!」


 野次馬たちが一斉にスマートフォンで写真撮影を始めた。彼らは興奮が止まないようで、危険な生物が知覚にいるのにもかかわらず、ワイワイとはしゃぐ上に、中には自撮りの背景にエンジンニアを入れる者までいた。


「なんだ、コイツら……」


 エンジンニアには彼らの行動が少しも理解できず、呆れた顔で写真に収まった。野次馬の中には、エンジンニアに笑顔を求める者もいたが、彼は大きな石を投げつけて黙らせた。そいつは頭がなくなったが、顔が潰れたのでどんな顔をしているかわからない。


「まぁいいさ。どうせ片手で捻り潰せる雑魚の群れだ」


 糞に群がるハエでも見るような目で、エンジンニアは野次馬から目を逸らした。


 パパパパパッ! パパパッ!


 機動隊の一人が短機関銃を鳴らす。しかし、弾は彼の頭部や胴体にどれほど被弾しても、彼は少しのダメージを受けなかった。 

 

 短機関銃の弾がなくなると、エンジンニアは勝ち誇るように笑い、そして機動隊の一人を握りつぶした。拳の大きさすら人間の者とは思えないほど大々的である。


「凄い、やはり凄い! 凄いぞ! やはりKATANAのバイクは最強だったんだな!」


 エンジンニアが恍惚と吠えていると、彼の頭上から落雷のような放電現象が現れた。落雷はエンジンニアの全身を焼き、大きな衝撃による高い音と、高熱でエンジンニアが焼け、鋼鉄の体は赤くなり湯気が出る。


 無敵を誇ったエンジンニアも、流石に堪えたのか、無言のまま立ち尽くしている。大きな体のせいか、まるで敵の矢を一身に受けた武蔵坊弁慶による弁慶の立ち往生のようにも見えた。


「え、エンジンニアが……」


 野次馬の誰かが声を出す。まるで死んでしまったかのような姿に、驚きを隠せないでいる。


「死んだか? 頼む、重症程度で済んでくれよ……殺したら気分悪いし」


「なんだお前」


 空に黄色いコスチュームを着た男がいた。もちろん、彼こそが針井である。彼は自動車の免許もなく、まさかバスなんかを使うほど悠長に移動もしていられないので、空を飛んで古椅子の自宅から現場に駆け付けた。もちろん、あんな姿で路上に出たくなかったという理由もあったが。


「だw だっせwwwwww」


「なwんwだwそwの格w好w」


「草」


「馬鹿じゃねぇの?(嘲笑)」


 野次馬たちが針井の姿を笑う。そして、黄色いコスチュームを撮影し始めた。誰も宙を浮いていることに驚かず、笑いこけながらしつこくスマホのカメラで画像を保存、中には動画を保存している者までいた。


「くっそ……羞恥プレイだ」


 顔は見せないが、針井は明らかに顔を真っ赤にしていた。自分自身ですら、今の顔がどんな形をしているかわからないくらいに混乱している。


『す、すいません……。やっぱりダサかったですよね……』


 マスクの耳の辺りに付けた安物の通信機から、古椅子の申し訳なさそうな声が聞こえる。


「そんな落ち込むな……。うん、俺は好きだよ。いや嘘だけど。でも、ほら、俺はお世辞が言えるくらいには好きなんだ。安心しろよ」


 針井はつい、ぽろっと「嘘だ」と本音が出てしまったが、機転を利かせてフォローに回っる。おそらく、古椅子は針井の行動によってそれなりに救われただろう。もちろん、そんなわけがない。


「あっ、何だあれは!?」


 野次馬から驚くような声が出る。針井も「何だ、何だ」とエンジンニアの方を見ると、彼の心臓の辺りに、妙なオブジェの露出に気付いた。そして、それは「ブォン、ブォボボボボボン」と連続した爆発音を放ち、それによって彼の背中から灰色の煙が出ているようだ。


「あれは、エンジン……?」


 察しの良い誰かが呟いた。そう、彼の心臓に埋め込まれていたのはエンジン……。それも、直列4気筒エンジン。そして、彼の背中から出る煙の正体は、エンジンによって発生した排気ガス。事実、彼の背中には大きな出っ張りがあり、よく見ればそれはマフラーだった。


「俺はドイツのケルンに衝撃とエンジン音を鳴らす男。快刀乱麻にして麗らかなデザイン。エンジンと隣にある者……俺の名前を呼ぶがいい、エンジンニアと!」


 なんだ、コイツ。


 呆れる針井をよそに、野次馬たちは大笑いをしながら写真を撮っていた。


 ちなみに、黄色い猥褻物みたいな針井とエンジンニアのツーショットは、Twitterのトレンドに乗るほどに人々の中で話題となった。




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