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世界の中心で“I”を叫ぶ者たち

 部屋の蛍光灯から、弾くような音がした。何か大きなものが親愛なる小人たちとぶつかって、光を放っている。


 俺は小人へコンタクトを取ってみる。小人とは妙にウマが合い、意気投合した。俺が、蛍光灯の中で走っていて辛くないのか? と尋ねると、彼らはとりたてて何も応えなかった。しかし、俺が「少し休んでみろよ」と提案をしてみると、彼らは大人しくそれに従って、動きを止める。そして、蛍光灯から光が消えた。


 俺は部屋にあったパソコンで、蛍光灯について調べてみた。


 蛍光灯。真空中のガラス管に水銀を封入させて、内部に電流を流すと水銀と電子がぶつかって紫外線を発生させる。紫外線に蛍光物質が当てられ、それが光になる。蛍光物質によって、光の色が変わるらしい。


 俺は、光の消えた蛍光灯の電子が静止した状態であることを知っていた。理由を証明するのは難しい。なぜなら、俺からしてみれば、目の前にいる友人が動いているか止まっているくらいに明白な事実であるからだ。小人は「your friendly neighbor elf!」なんて言いながら、俺に彼らの存在と状態を教えてくれるし、その上、俺がお願いをすれば、イヤな顔を一つせずに従ってくれる。


 彼ら親愛なる小人たちによれば、小人はどこにでも存在しているらしい。蛍光灯の中だけではなく、パソコンの中や電気類とは無縁の本やペン、消しゴム……とにかく物質のほとんどや人体。様々な物質の中にいる小人たちは、まさに縁の下の力持ち、それに寡黙な働き者らしい。俺にはまだ仲良くなれそうにない。いつか話しかけてみたいものだ。


「おいおい、ジュン。暗い部屋で何をやっているんだ?」


「ん? ああ。ごめん。何でもないよ」


「おいおい……まさか入学式で何かやったのか?」


「まさか」


「ならいいがな。ああ、ちゃんと明日の準備をしとけよ」


「ああ、ええっと……」


「おいおい! 旅行に行くのに、そんなボケっとした顔してるなよ。俺はスッゴーク楽しみにしていたんだがな! 家族全員の旅行! キョートだぞ、俺は今から楽しみではち切れそうなのに」








 キョート府の清水寺を大きく下り、国道一号線と合流する交差点。道は車が密集していて、渋滞を作っている。交通巡視員が申し訳なさそうに指示を出したりしているが、ドライバーたちは思い通りにならない信号機を見ては少しイライラしたり、気に食わないと言いたげな表情をしていた。


「ゴラァ! なに詰まっとんねん!」


タクシーの運転席の窓から頭白髪を少し生やす細い男が頭を出して叫び始めた。白髪男の目立った行動に、交差点にいた歩行者などは一斉に注目し始めた。


「トロトロしとるんちゃうぞボケェ! 誰のおかげでキョート観光できると思ってんねん! 他所もんは俺らに感謝して道を譲れや!」


 周囲の観光客はクスクスと白髪男を冷笑する反面、古臭い建物で饅頭なんかを売っている地元の人間はウンウンと頷き、納得したような顔をしている。


 交通整備の人間がオロオロと白髪男を止めに入るが、彼の機嫌は人に文句を言われたくらいで溌溂さを衰えるほどにヤワではないようで、向ってきた人間と口論をし始める。たまに、怖がっている周りの観光客に罵詈雑言を向け、そのたびに子供が泣きだす。


「ダメだヨ。オジサン、オチツコ!」


 若くて金髪の外人が説得しにかかると、白髪男は血管を破裂させるほどに怒り狂い、


「他所もんが京都人様に指図すんなやァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 白髪男は車を大きく方向転換させ、外人へ向って車を突進させた。周りの観光客は一斉に悲鳴を上げる。しかし、恐怖で誰も白髪男を止めることはない。


「死ねっ! 死ねっ! どうじゃ! これが京都1000年の重みじゃぁ!!!」


 外人は約一トンのタクシーに何度と引き裂かれ、意識が薄れていく。白人や黒人は黄色人種と違って筋肉の発達が比較にならないために、軽い自動車事故くらいでは怪我なんかしないだろう。しかし、流石に数十キロで動く自動車の衝撃を何度と頭に直撃させれば、意識を保つのは難しい。


「おい、待て。京都人だからって殺人が許されるのかよ」


 暴走車の横から、針井が声をかける。


「愚問じゃヴォケ! 俺らは歴史の中心だぞ!!! 文句があるならてめえも歴史の重みを食らいやがれ!!!!」


 と言っても、キョート人が歴史の重みといったタクシーはせいぜい一トン程度。それに、トヨタのクラウンであるために、どちらかと言えばIch県トヨタ市の重みと言っても良い。


 白髪頭の男はまた方向を変え、咎めた針井を轢き殺そうと助走をつけて突進し始める。60、70キロと車は加速する。その際に、いくつもの観光客やそこらにあった罪もない車をなぎ倒す。


「死ねぇええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ボンッ!


 と大きな衝撃が加わる音がした。しかし、それは針井が吹き飛ばされた音ではなかった。


 突進してきたタクシーは針井の周囲からやって来た電撃に吹き飛ばされた。タクシーはそのまま回転しながら宙を舞い、八つ橋を販売していた古臭い建物に突っ込んで、そのまま建物は倒壊した。


「大丈夫ですか?」


 針井が外人に手を差し伸べた。


「ク、クレイジー……」


 外人は目を丸くしつつも、針井の手を借りて立ち上がった。


「Thank you,タスカッタ」


 外人がにっこりと笑い、握手を求める。針井がそれを握り返すと、そのままハグをしてきた。やはり白人は屈強な筋肉と高身長のためか、硬いものに包まれるような錯覚をした。それでいてアメリカ人は気性ゆえか嬉しい気持ちでいると動きも溌溂とするので、暴れ馬に乗ってるみたいに針井は揺らされた。


「そーりー。彼ら、京都人は自分が世界の中心だと思っているんだ。日本人の恥部だね」


「Don‘t mind ! デモ、ミジメだね、キョートジン。セカイの、チュウシンはアメリカなのに……」


「……」


 針井は少し違和感を抱いたが、考えるのを止めた。


 野次馬たちが事態を面白がって、車が突っ込んで崩れ落ちた建物を撮影しはじめた。針井は、彼らが車を吹き飛ばした自身に興味を持ったら敵わないと考えて、コソコソとそこから抜け出した。外人はニコニコと手を振ってそれを見送った。


「しかし……」


 凄いことが出来るようになったものだ。と針井は少々ながら心が震えた。


 針井は試しに、小人に話しかけて、適当な空中を走って欲しいと頼む。すると、ビリビリッ! と光と音が流れる。小人が空気中の分子と衝突をして、光や音を立てているのだ。針井は走ることを命令したが、その『速度』を指定するのを忘れていたため、放電は次第に強くなり、針井は慌ててそれを止めるように伝えた。


 針井は「すげえー」なんて感想を言う。まるで適した語彙がわからないようだ。


 しかし、彼は小人の正体くらいは大体察していた。おそらく、電子。宇宙に無数ある素粒子の1つ。古来より、雷や静電気として人間は存在をなんとなく認識していたが、研究が進むごとに様々な場所に遍在していることがわかり、さらに人類の発展に大きく影響した。特に物質はこの小人たちが手を取り合うことによって構成されている。


 なぜ、俺はこんなことが出来るようになったんだ?

 

 昨日から、旅行の電車の中でさえも、針井はそればっかり考えていた。思い当たる節は、カバにリンゴを与えたあの瞬間だけだった。しかし、それにしてもあまりに荒唐無稽だ。カバにリンゴを与えて、電子と仲良くできるならば、動物園は超クリーンな人間発電所と化している。と、針井には原因がさっぱり見当もつかない様子である。


「あそこで、キョート人が騒ぎを起こしたらしいぞ。大丈夫だったか?」


「ん? ああ。大丈夫だよ」


 しばらく小人たちと会話し、意識もそっちばかりだったために、知り合いが話しかけてきて少し驚いた。


「車が吹っ飛んでたぞ。スリップでもしたのかな」


「さぁ……まぁキョート人は運転も荒いから」


 針井は取り繕うようにごまかす。


「確かにな。アイツ等の運転は最低レベルだ」


 どうやら、事は何事もなく誤魔化せたようだ。針井が安心すると、そいつは得意げに口を開きだす。


「キョート人って陛下がキョートに住んでいない事、それに日本の首都じゃないことをスッゴイ根に持っているらしいぞ。たぶん、昔からキョートは凄い! キョートは歴史の町! と大人に教えられてきたから、今更時代に取り残されていることを受け入れたくないんだ。それに、陰湿な遺伝子を受け継いでいるから、性格もドンドン捻くれて他人を小ばかにしたようになる。排他的なところもそれを悪化の原因だ。ほらカリカック家やジューク家の話もあるだろう? 悪い遺伝子と悪い環境は邪悪しか生まないんだ」


「キョート人の専門家みたいなこと言うなぁ」


「人間観察が趣味だから。しかし、彼らを惑わしているのは、あの古臭いお寺だろうな」


 針井は導かれるように清水寺を見た。


「ああいう、自分が関わった訳でもないのに、キョートにあるというだけで自分も凄いと思わせるものがすべて悪いんだ。外人に人気なのはキョート人じゃない。歴史があるのはたった数十年生きているキョート人じゃない。シンボルがすべてを惑わすんだ。淫夢語録を喋る奴が面白いんじゃない。ホモビ男優が面白いんだ。それと似たように、彼らは勘違いしている」


 だから、ブチ壊しちまおうぜ。


 気が付くと、針井は清水寺の上空の雲を集めて、その中に小人をたくさん閉じ込めた。同時に、清水寺にその小人たちを誘導させる役割の小人たちを配置する。雲の中の小人は激しく動き回り、エネルギーを蓄える。

 

 そして、雷は清水寺を直撃する。それも通常より数倍の規模__おそらく5000GWは下らないエネルギーの落雷だった。


「キャーッ!」


 誰かが叫んだ声で針井はやっと事態を察した。


「あっ。俺なんかやっちゃいました?」


 冗談なんかを口にするが、冷静になるにつれ、針井は事態の重さを察し始める。


 清水寺は穏やかに燃え上がり、どこかが崩れ落ちたようたような重くて鈍い音がする。女子供の耳を引き裂くような高い悲鳴、若い男の怒鳴り声は現場の不安がどれほどか伺える。休みの日で賑わっていた清水寺の中からたくさんの人が雪崩のように下って来る。


「マズいな」


 観光で来ている一般人に罪はない。それが分かると、針井は救助しに行く決心がついた。


 しかし、いざ清水寺に向かおうとすれば、パニックで清水坂から下に流れていく群衆に逆らうことになる。大きな時間のロスだった。


「飛べそうな気がする。頼むぞ、小人たち」


 針井は空気中に少量あるキセノンへ陽気な小人を憑りつかせた。そのまま小人を加速させ、その推進力で針井は空中に吹き飛んだ。


「うわぁ!?」


 加減にミスがあったのか、思いの他に勢いよく吹き飛んだ。針井が下を見下ろすと、十数メーターは飛んでいるようだ。


「やばいやばいやばい!」

 

 と針井は焦って斜め下から突き上げるように陽気な小人による推進力を発生させる。すると、針井は大砲のような勢いで清水寺に突き進んでいく。


 これは、いわゆるイオンエンジンの原理である。陽イオンを作り、それを電界に放出。すると陰イオンは負の電極へ加速し始め、その反動で推進力を得る。(彼の場合は陽気な小人を作って、そのまま加速の命令を出しただけだが)これは人工衛星や宇宙探査機なんかでよく使われる方法で、燃料の消費も少なく、長時間の動作が出来る。


「おお、やっぱり逃げ遅れた奴がいそうだ」


 彼が空から清水寺を見下ろす。陽気な小人の操作も随分と板についてきて、揺ら揺らとしているがホバリングも出来るようになった。


 針井は売店で売っていたバットマンのお面をかぶり、怪我した女性や足の遅い老人を1人1人抱えて避難させる。火はすでに清水寺の全体を囲っている。彼は電子で火を払う方法だけは閃かず、針井はそのまま燃え尽きる清水寺を救うことをあきらめた。


「た、助けてぇ~」


 清水の本堂の脆く今にも崩れ落ちそうな柱の一つに、女の子が必死に捕まっていた。


 針井は女の子を陽気な小人の力で浮遊させた。そして、そのまま彼の手で掴んで支える。女の子は自分が安全になったことが分かると、にっこりと笑みを浮かべて、針井に感謝を述べた。


「おおきに、ほんまに助かったで。よそ者はみんな清水寺の危機やちゅうのに逃げ出して、ほんまに薄情やわ。君は見所があるなぁ。どこに住んでるん?」


「うーん、そだね。うん、ゴッサムシティー出身だよ」


「嘘を言わへんでもええで。君みたいに優秀な人はキョート人の他にいないやろ。優秀で心優しい遺伝子を持つのは、キョート人だけやもん。好き勝手に逃げたのはきっとオーサカ人やな。ほんま性格わっるいわ」



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