Gif県の太陽 その2
針井と翠が道を進む。針井はとにかく、辺りの小人へ指示を出し、熱の冷却と酸素の生成に努める。しかし、予想以上の高熱に針井はなかなか骨が折れているようで、たまに「そこの小人くん。そこと結びついて」とか「いつもお世話になっているね。ちょっと頼むよ」とか口に出す。翠はなんだかおかしく思えて、それを聞くたびに微笑を見せた。
針井はとにかく分子の運動が活発な方がわかったので、そちらへ翠を案内させる。といっても、針井の都合上、走ったりできないらしく、常に歩いているためになかなかカナの下にたどり着くのには時間がかかった。
「いたな」
「……うん」
すべて平地になっているため、プラズマが多く出ている空間は視界でもよくわかる。視線の先では、雷のように青色波長が辺りに拡散している。それを見た針井は、まるでよく雷が落ちることで有名なマラカイボ湖の雷のようだと思った。
「カナ!」
2人がもっと進んだところに、人影が見えた。2人はすぐにカナの姿だと確信した。
「翠ちゃん……? 翠ちゃん!」
悲壮感たっぷりだったカナは、翠の声を聞くや否や、大きな声で反応を見せた。顔色はほとんど嬉々溢れるものである。
しかし、すぐにこの場所が危険だと感じ、
「だ、ダメや! ここにいたら危ない!」
「大丈夫だよ。ジュンくんもいるから」
「はーい」
「なんや……おったんか。チッ」
「舌打ちするなよ……。せっかく助けに来たのに」
いつものような茶番なやり取りだったが、しかしカナは冗談ではなく、半ば本気の舌打ちをしたらしく、針井は少しテンションを落とす。
「でも、春野が来たら、お前も少しは落ち着くと思ってな」
「余計なお世話や!」
針井の言葉に対し、カナは強く非難した。
「来るなら、翠ちゃんだけにしてや! ほんまそこが気を使えてへんねん! お前の顔なんか見たくもないのに!」
「か、カナ? 無理言っちゃダメだよ……。ジュンくんがいないで、私がここまで来れるわけないじゃん……」
「知らん! 知らんシランシランシラン! 男なんて嫌い! プライドは高いくせに暴力で女の子を従えるし、無能のくせに女の子の活躍の場所を奪う! いつも女の子を騙して利用して、乱暴することばかり考えているんや!」
「カナ……。すべての人がそうだと思っちゃダメだよ。さっきも言ったじゃない。ジュンくんやレイくんはいい人だったでしょう?」
「それは翠ちゃんがいたからや! でも! 翠ちゃんが死ぬって思ったとき、孤独になると、やっぱり全部男が悪いって!」
「私を傷つけたのは、女の子だったよ」
「でも、あの子だって汚い男に命令されたに決まってるやろ! あの子だって、本当は誰も傷つけたくないんや! でも、でも、男が全部命令したから、したからなんや!」
__暴論のくせに事実なのは草生える
針井はあまりに突飛な考えをするカナに対し、ここまで偏った考えをするものなのかと驚愕を隠せなかったが、しかしあの忍者たちの正体を言い当てたことに対してはなんのジョークかと感心してしまう。
「全部、全部悪いのは男なんや! エンジンニアなんかが銀行強盗したのも、ハエ男が学校に来たのも、気色の悪い男たちがジャスコで銃を乱射したのも、翠ちゃんを傷つけたのも、全部全部全部男が悪い悪い悪いんや!」
カナは興奮が高まり、余計にエネルギーを発散し始める。針井は焦りと高温分子の対処に顔を青ざめていたが、翠だけはカナを心配し続け、「カナ、ジャスコじゃなくイオンだよ……」と小さく呟く。針井はこんな時でもよくやるもんだと思ったのである。
「じゃなきゃ、流里先輩は、援助交際なんてしない! あたしを愛していたのに、あたしの孤独を埋めてくれたのに! 悪い男に騙されたんや! 悪い男に唆されて、ついに引き際が分からなくなって、脅されたから!」
「カナ……。流里先輩のことは、全部終わったことなんだよ……。Gif県に来て、カナは別の生き方をするでしょ? なら……」
「嫌だいやだいやだいやだ! 忘れたくない……かわいそうな女の子を忘れられないんや! この世の全部の男が消えればええんや!」
カナは余計に混乱し始め、ついに針井も会話の内容を聞き流して高温の処理に追われた。カナの金切り声だけがなんとなく感知できる程度だ。ただ、カナは翠としか会話がしたくないと思っていた針井は、むしろ邪魔をするつもりがなかったため、好都合であった。
しかし、カナの怒りは針井に向いた。カナは顔を涙で濡らし、とにかく男に罵倒したいばかりのことばかり思っていて、
「お前! 翠ちゃんから離れろや!」
「カナ、無理だよ……。ジュンくんは、私を守っているの」
『ジュン』ではなく、『お前』呼ばわりだったため、針井はカナに声をかけられたことに、すぐ気づかなかった。
「え、ああ。俺もそうしてやりたい。けど、目に見えないところに春野を生存させるエリアを作るのは、無理」
「使えない! ほっっっんま使えない奴やな! いつもなんでもできるみたいに格好つけるくせに、イザとなったらこれや! 死ね! 死んじゃえ! お前も、翠ちゃんを騙して悪い男たちで囲むつもりなんやろ! そして、またあたしから大事なもんを奪っていくんや! あああああああ、いやいあいあいや!」
カナは怒りのあまり、エネルギーの塊を針井の方へ放出した。カナとの会話に参加したことで、カナに意識を向けていた針井は、すぐにそれへと反応することができたため、翠を庇ってそれを受け止めた。
「おわぁっ!」
針井はエネルギーの塊を小人たちの障壁で受け止める。しかし、すべてを受け流しきれなかった余波が針井の肉体を襲う。気を抜けば吹き飛びそうな衝撃だったが、今、翠を孤立することはなにより避けるべきと考え、彼は余計に足に力を入れた。
「ジュンくん!」
盾になった針井を心配し、翠は膝を崩して息を整えている針井の肩を抱いた。
「大丈夫!?」
「う、うん。俺のことは良いから、アイツ何とかして」
「ご、ごめん! 本当にごめん! ……うっ!」
突然、翠は頭痛とめまいに襲われた。一瞬、視界が不安定になって、力も緩んだために、体勢を崩した。
「す、翠ちゃん! 翠ちゃん平気か!? ジュ、ジュン……お前のせいや! またお前が翠ちゃんを苦しめているんや! やめろや、やめてくれや! なんでお前たちはこんなことばっかりするんや! あたしたちが何をしたんや!」
カナはめちゃくちゃな推察しかしないが、しかし今回も本質を突いていた。春野の体調不良の原因は、針井が集中力を失ったことによる、酸素の欠乏。辺りにあった電子たちの指示が滞ったことにより、必要な分子の結合が不足した。ついでに、2人の周囲の温度もほのかの上昇し、それを感じていた針井はすぐに危機的な状況を認識し始め、急いで対応を進めた。
「す、翠ちゃん……死なないでや……頼む……頼むから……」
「聞いていれば、カナの言うことは無茶苦茶だよ! 」
苦しそうな顔で、翠は大きく叫んだ。
「ジュンくんは、カナを助けたいからここにいるんだよ!? それに、私を傷つけているんじゃなくて、守ってるの! というか、こんな風に辺りを滅茶苦茶にしたのはカナじゃない! カナの尻ぬぐいをしているんだよ!」
「違う! それは罠や! そいつが翠ちゃんを騙しているんや!」
「そいつって誰や! ジュンって呼べや!」
「なんで関西弁になっとんねん」
針井、冷静に指摘。
「そいつはあたしの顔を殴ったこともあるんや! そんなやつ、絶対翠ちゃんも乱暴される! あたしの言うこと聞いてや! なんで信じてくれないんや!」
「だったら、私もカナのこと殴る!」
「は!?」
針井は「おいおい、なんか凄いことになったぞ」と思いつつも、口に出さない。会話に参加をすると、やるべき仕事に集中できなくなるからである。
しかし、針井のだんまりはすぐに解かれる。
翠は針井の手を掴み、少し荒っぽい声で
「ジュンくん、アイツのこと殴りたいんだけど、できるかな?」
「えっ、無理。あいつ、体中がエネルギーの塊で、殴ったら手が溶けてなくなる」
「じゃあ、仕方ないね。ジュンくんが殴って」
「えっ、なにそれは……」
まったくもって不可解な論法に、針井は呆れて言葉が出ない。
「な、なにを言うとるんや翠ちゃん! 止めてや! そうや! お前、翠ちゃんを洗脳してるんやな! 卑怯やぞ! そこまで落ちたんか外道! 返してや! 翠ちゃんを返せ! なんであたしからそこまでして大事なもんを奪うんや!」
「ちょっと黙って。体重47.5キロでバスト82ウエスト56ヒップ80の倉石カナ。ちなみに、昨日、ジュンくんとお喋りしているとき、私が不自然にトイレに行ったのは、経血でナプキンが汚れた感触が嫌になったから」
「き、昨日は翠ちゃんの……あの日……。それに、あたしの3サイズを知ってるのは……」
「嫌なこと聞いたなぁ……」
「私は、洗脳されてないよ。第一、ジュンくんはビビりだから、私の生々しいことは言わせないよ」
「せ、せやけど……」
「そこは否定しないんか」
どこか疎外感のあった針井だったが、そんな彼を翠はカナのいる方へ引っ張った。
「来て、ジュンくん」
「お、おう」
少し強引に前に出る翠に対し、針井はカナがまたエネルギーの塊を放出する心配した。カナは少しオロオロしていて、大きな拒絶をしそうにないが、それでも針井は緊迫の気を持っていた。
なんとか安全に2人はカナの前に立ち、翠は針井の手を放す。
「さ、ジュンくん。カナを殴って」
「ファッ!? マジでやるん?」
「お願い。子犬みたいなペットだって、叱ることでトイレの場所を覚えるんでしょ? 今のカナは言葉の通じない獣よ。さぁ男らしく拳で語って」
「いやいやいや……」
やっても構わないが、さすがに強引すぎるやり口だと針井は訴える。
「な、なんでや……。翠ちゃん、何でそんなことするんや……」
「カナが間違っていると思うから、だよ。男の人が全部悪い、都合の悪いことは全部、男の人が悪い。そんな考え方は、女の子でも正しいと思っていないよ。勝手に、理解者だと思わないで」
「翠ちゃん、翠ちゃんだけはあたしの味方だって! 一緒にいてくれるって!」
「うん。一緒にいるよ。でも、私は私で、カナのために、カナが悪い、って言わせてもらうよ。それが、一緒にいるってこと。私が言う、一緒にいるってことは、依存じゃないの。汚い部分も共有するんだよ。それが、本当の友達でしょ?」
カナはぐうの音もでない。
その翠の言葉は、かつて男性と関わることから逃げ、先輩に依存に近い形で交際していた過去を否定しているようにも聞こえるが、しかし、カナはそれが間違っていることを、薄々気が付いていたらしい。何かを言っても、また翠に叱られると思った。
「でも、喧嘩はちゃんと仲直りしようね。ずっと友達でいられるように、ちゃんと。それで、また仲直りしたら、一緒にたこ焼き食べるの。もちろん、ジュンくんとレイくんも一緒に」
「うぅ……。なんでや……なんでこんな辛い目に……。ここの街を破壊したの、全部、あたしのせいなんやで……。あたし、多くの人を殺しちゃったんや……。全部、あたしが悪いなんて……」
「そうだよね、責任、感じちゃうよね……。辛くて、誰かのせいに思いたかったんだね。でも、私とジュンくんは、ちゃんとカナが殺したんじゃない、ってそこだけはわかっているから」
翠は針井へと視線を向け、同意を促す。それに気づいた針井はすぐに言う。
「ああ、わかっているよ。……もし、お前がそれに責任を感じるなら、俺がもっと多くの人間を殺してやろう。そんで、もっと鬼畜な人殺しになって、ずっとお前の傍にいて、お前が「人殺し!」って罵倒するのを何度も聞いてやる」
「そんなん……そこまでする必要なんてない……」
「そうか。残念。だったら、お前もずっと凹んでられないな」
「すまん……すまん、ジュン。あたし、ずっと酷いことを……」
「気にするなよ。辛かったんだろ? ……迷惑かもしれんけど、俺もお前の味方だ」
「クスッ。ジュンくんって、ツンデレ?」
「そ、そんなわけないだろ! こんな馬鹿カナなんて、どうでも良いけど、このままにするのは悔いが残ると思っただけだからな! 勘違いするんじゃないぞ!」
「なに照れとんねん。あたしは翠ちゃん一筋やで。期待すんなや」
久しぶりに、カナは笑顔を見せた。顔は涙とそれを擦った後でいっぱいだったが、そのくすぐるような笑顔だけは、いつも通りだ、と針井は安心した。
「そうなの? じゃあ、私たち3人は、実らない恋心を秘めた三角関係だね」
翠の一言に、その場に静寂が訪れた。
針井は少ししてその意図に気づき、そして遅れてカナも理解したくない感情とともに理解をした。
「ファッ……、まずいですよ……」
針井はそれだけを言わないといけない気持ちになりつつ、すぐにカナの脳に電気を流し、後遺症が残らない程度に失神させた。
「おっと……」
針井は倒れるカナを支えた。
「えっと、気絶させて大丈夫だったの?」
「いや、パニック状態でそうしてたらヤバかった。でも、今はわりと穏やかになってるから。次第に、心臓の割れ目も塞ぐと思う。悪い夢、見なきゃいいなぁ……」
針井がどこか義務的に報告を終える。針井は翠の顔を見ることができず、2人の間に気まずい雰囲気が流れる。
「……えっと、さっきの会話、冗談をいう雰囲気だったよね」
針井は恐る恐る質問をした。
「え、ああ……」
翠も突然、カナを気絶させたことに驚いていたらしく、どこか落ち着きがなかったが、すぐに冷静になって、
「どっちだと思う?」
可愛らしく笑って見せた。