Gif県の太陽
「や、やっべぇ……」
カナの反物質による、エネルギーの暴走によって、彼女の半径数百メートル以上が真っ新な大地になった。針井は古椅子兄妹と翠を抱え、すぐにカナから離れようとイオンエンジンを人体がスピードに耐えきれるギリギリまで噴射したが、途中でエネルギーの波に追いつかれたため、小人たちの障壁を作り、身を守った。
「レーサン、翠。起きてるか?」
「うっ、うう……。大丈夫です……。それより、春野さんを……」
「わ、私は大丈夫……」
春野は血の流れる懐を抱えつつ、強がって見せた。針井はその虚勢に心を打たれつつ、彼女の生体電気を活性化させ、傷口のばい菌に対する免疫力や自然回復能力を高めさせる。どうにも、針井の治癒は一定の効果を得たようで、カナが死んでしまうと勘違いするほどの傷はみるみる塞がっていった。
「もしかして、ジュンくんが?」
「他人の体でやるのは初めてだからビックリしたけどね。とりあえず、安心だよ」
「ありがとう。……でも」
春野はもう見えないほど離れたカナがいる方に顔を向けた。
「まだ、カナはエネルギーが活性状態だ。アイツの心臓には、ストレスを抱えると傷のようなものが発生して、そこからエネルギーのジュースが漏れだす。それが許容量を超えると、外へ放出するしかなくなるんだ」
「……? 心臓? エネルギーのジュース?」
「なんか、俺にはそう見えるんだよ。抽象的な説明で悪いな」
カナの周りには、いまだにエネルギーの残滓が漂っている。まるで、核融合のエネルギーを辺りにまき散らす太陽のように、カナの周りにはコロナのようなエネルギー膜につつまれて、さらに、カナの中心部には体感でも感じるほどのエネルギーのうねりがある。
「すごい熱……」
「うん。カナの周りから出てるエネルギーが熱になっている。なにが凄いかって小人たちが熱で行く手を失い、空間内を高速移動してやがる」
「というと……?」
「プラズマ? なのかな」
「プラズマクラスタ……? うちにもほしいなぁ……」
「体にいいイオンなのでしょうか……」
3人は気の緩んだ会話をした為に、少しだけ心に余裕ができ始めた。
「ねぇ、カナを救うこと、できるかな……?」
「……できる。てか、何が何でも救うけどね。春野も、救いたいでしょ?」
「うん」
「じゃあ、すまない。本当にすまないが、手伝ってほしい。レーサンはよく頑張ったから、そこにいるか、もっと離れたところに避難してて」
「……はい。自分がいながら、このような事態に……」
「気にするな。むしろ、俺が来るまでよく時間を稼いでくれたよ。じゃなきゃ、そこでくたばってる妹と春野は救えなかったんだ」
「はい、誇りにします」
古椅子は気絶している妹の頭を撫でる。
針井は、自分を卑下せず、称賛を素直に受け取った古椅子に対し、どこか2人の中にあったコンプレックスが解消されたように思えた。しかし、すぐに思いあがった考えに思えて、すぐに考えるのを止めた。
「私、何ができるのかな……?」
「エネルギーはカナの心臓から漏れている。だから、カナが冷静になって、自分から心の傷を塞ぐしかないんだ。……たぶん、俺がカナと話し合っても、カナは余計に混乱するだろう。だから、春野がアイツを落ち着かせてほしい」
「……? わかった」
ほんの少しだけ、針井が悲し気な顔をしたのを翠は気づいた。しかし、それはちょっとだけ心に留まっただけで、それよりもカナの危機に対して覚悟を整えることにした。
「ただ、俺から離れないでくれ。中心部は高熱だ。俺が激しく運動している分子たちを小人の力で抑え、酸素も生成する」
「とにかく、ジュンくんから離れないことだね!」
翠はただのノリだったのか、それとも不安の現れからか、針井の手を取った。しかし、針井はそれを軽く払った後、
「いや、でも近づきすぎちゃダメだ」
「なんで?」
針井は言葉に詰まった。ただ俗っぽく、「女の子と手を繋ぐなんて恥ずかしい」と添えて、その場をやり過ごすのがいつもの彼のやり方だったが、カナを助けるために手を借りた翠に対する劣等感に近い感情から、彼は少し混乱状態にあった。
ただ、「春野が男と手を繋いでいたら、それだけでカナは気持ちを複雑にする」と正直に言うことも、アリに思えた。
「カナが、なにか攻撃してきたら、俺はお前を巻き込まないように盾にならないといけない。でも、手を取っていたりすると、動きがぎこちなくなる。ホントは、綺麗な春野と手を取りたいんだけどな」
「アハハ、こんな時に口説かないでよ」
「本音だよ」
翠は少しだけ違和感を思ったが、しかし「嫌いだから手を繋ぎたくない」という風ではないと感じ、少しの疑念を募らせるくらいだった。
針井は、カナの感情を察しない春野を見て、
__ああ、もしかしたら、春野はカナに恋愛感情はないのかもしれないな。
__仲の良い友達くらいで。
と、思った。
「それより、行こうか」
「うん!」