トイレットペーパー大戦争
「もうきたか! はやい! きた! クナイ来た! メインクナイきた! これで負くる!」
「馬鹿なこと言っていないで、早く撃ちなさい!」
2人の忍者が、古椅子兄妹を翻弄する。
古椅子たちが針井と離れ、ジャスコからだいぶ離れたということもあり、一同はなんとか危機は去ったと安心していた。あとは、針井が無事に帰ってくることを願うばかりだったが、ほとんどの者はそうそうに針井が負けるはずもない、と安心しきっていた。
しかし、全員がリラックスし、一度は武器をたくさん貯蔵している古椅子の家にお邪魔しようかと一同は話し合っていたころに、その忍者たちは現れた。とにかく、戦闘ができる古椅子と羽奈は忍者たちの足止めをし、たいして女子高生の2人は小さく固まって、古椅子兄妹の迷惑にならないようにしている。
やはり侍の2人より針井の方が頼りにされていた化け物たちとの戦いで、針井は到着時間に遅れてしまったんだが、ちょうど出てきた忍者たちとの戦いに何とか耐えているみたいだった。
「やっぱうぜぇ! こいつら絶対忍者だろ。……汚いなさすが忍者汚い!」
羽奈は怒り任せに銃弾を飛ばす。しかし、忍者たちは直線に飛んでくる銃弾の軌道を読むことは容易い。銃弾の数も乏しくなっている現状で、それはあまりに愚かしい行為であることを、古椅子は何度と咎める。対して古椅子の場合は、残り段数こそ妹よりかなり心もとないにも関わらず、確実に忍者が動きにくくなる泣き所を捕らえていた。
「羽奈! 銃撃戦において、もっとも重要なこと、わかるね?」
「圧倒的な火力ですね!」
「馬鹿を言いなさい! まずは安全地帯を確保。それが危うくなったら何を捨ててでも逃げる。次に、相手の利点を1つ1つ潰していくんです。この場合の、相手の利点は何ですか?」
「速い!」
「そうですね。しかし、飛び回る忍者の足を狙うのは難しいですね。では、やることは2つ。速いことの次にある相手の利点を潰す。または、速さを無意味にする」
「うーん……まぁ、その辺はお任せで」
「まったく……」
古椅子は力押ししか戦術を知らない妹と話が通らず、辟易するような声を漏らす。
__なっる~。あのデカブツボーイ、なかなか経験豊富だね
忍者の中の1人、ニチジツは納得する。
戦いの舞台は、住宅街。辺りには一般的な高さの住家と、人間の身長より少し高いか低いかくらいの塀や様々なオブジェ。
この中で、忍者の2人は家の屋根や塀を足場に2人を翻弄している。羽奈はどちらかといえばそこそこ腕のある乱射魔なために、忍者もうまく近寄れていない。だから多く動き回り、相手の弾切れを狙いつつ、隙を見て懐に忍び込むつもりだろう。
しかし、ほとんど目立った動きをしていないはずの古椅子は、忍者たちが最も厄介に立ち回れる足場を潰されていた。とくに、塀を足場にした中空のオブジェは軒並み破壊されていた。
「なんか、忍者たち、わりと単調に動いていますね」
「はいはい」
古椅子は呆れた風に返事をした。
__やるなぁ。これじゃあ、だいぶボクたちの動きが制限されてる。それに、よく動ける場所は特に。
忍者の1人、ツチもニチジツと同じように、古椅子の手腕に感心した。
「大丈夫ですか? 春野さんに倉石さん!」
「う、うん。大丈夫!」
「は、はよう終わらしてーや!」
2人は震えている様子で、とにかく後ろで固まっていた。
「カナ……平気?」
「も、もちろんや! レーサンにも耳がタコになるほど言われたで! あたしは、無茶しない! 無茶しないんや!」
「うん。よろしい」
翠はカナを抱きしめながら、頭を優しく撫でた。翠にはカナの鼓動が自分のもののように伝わって来て、自分が支えている限りは決して荒々しく暴走しないことを確信した。
__大丈夫、と信じますよ
翠に庇護されるカナを見て、古椅子は願うこと半分にカナの安定を確信した。もちろん、それは2人に危害が及ばなければ、の話であることを、聡明な彼は知っている。古椅子はグリップを握る手を強くした。
「良いですか? 羽奈。高度な接近術を知っている相手に対し、銃撃は遅い攻撃と思いなさい」
「なるほど。スペックを上げて対抗ですね!」
古椅子はまたため息をついた。脳が単細胞でできているような返事が、彼の力を緩めるようでもあった。
羽奈は兄の助言などお構いなしという風に、愛銃を連射した。銃を構え、照準を絞り、そしてトリガーを引く。そして、忍者たちは羽奈の動作を見て、銃弾の軌道を予測したうえで軌道を変える。また、手に持ったクナイで飛んでくる銃弾をはじくこともある。
__やはり……あの忍者たち、自分たちの動作を計算している……。
羽奈はともかく、古椅子は忍者たちの視線を読み取ることで、銃による攻撃がテレフォンパンチも良いところだとわかった。これでは、確かに羽奈のとにかく銃撃のスペックを上げて大量にばらまくという戦法も一理あるだろう。事実、当たらない銃弾も1つ当たれば重症だ。
しかし、銃の真髄はそこにない。古椅子は、それを何よりも信仰している。
__優位性という名のコインを奪え……。コインの数は平等じゃない……。しかし、こっちだけが持っているコインで、それを一つ一つ崩す。
「……ジュンさん! ジュンさんさえくれば、状況は変わる!」
古椅子はおもむろにスマホを取って見せ、片手で針井へメッセージを送る動作をした。古椅子は焦った様子で、スマホのキーボードを無意味に叩く。
「……春野さん! ジュンさん……エレボルからメッセージとか来ていません!?」
「! ……こ、来ないよ! LINEは既読すらつかない!」
突然の質問に翠は焦ったらしく、少ししどろもどろに答えた。
「忙しいらしいですね……。なら、それを見越して戦術を立てるだけです」
「が、頑張って!」
翠による、取り繕った返事。
__ジュンは、まだシュン様と卒業式をしているっぽいね
と、古椅子の様子を見て、ツチはそう憶測を立てる。
__案外、こっち側についかカモ。てか、拒否したらきょーせーでハライやココロと戦闘だもん。いくらジュンジュンでも、あの2人と闘ってラクではないよね
ニチジツに関しては、ツチよりももっと楽観的である。しかし、卒業式で行われることを知っていた彼女にとっては、そう考えるのも不思議ではない。
しかし、それは古椅子の罠。
実のところ、古椅子は後ろポケットでスマホが3度のバイブレーションを鳴らしたことによって、針井がこちらへ向かっていることをすでに察していた。針井は急ぎのようになると、短い文を連投する癖があった。これは、長く付き合った古椅子のみが知っている。
一度、古椅子が焦った演技をしながらスマホを取り出したのは、針井がどんなメッセージを送ったかを確認するため。それも、画面を忍者たちの視界に入れないよう、慎重さと大胆さを含む動作で。
そして、LINEに書き込んだ内容は、別段、針井に向けたSOSだけではない。もちろん、位置情報は書き込んだものの、そのほかは針井に古椅子、翠にカナが所属するグループに向け、『針井がこちらに来ることを悟らせるな!』というメッセージを送ったのである。
針井がこちらに来ることを忍者に知らせてはいけない理由は、主に二つ。
1つは、忍者が無理やり短期戦に持ち込むことを封じるため。
実のところ、銃の他に武器のない古椅子たちにとって、接近戦も熟知している忍者たちとゼロ距離で闘うことは、かなり恐れるシチュエーションだった。これに関しては、半分暴走していて、何をするかわからない羽奈が愛銃を連射することで、かなり牽制してくれるため、彼女たちは無理に突っ込んでこない。しかし、『針井が来ることによってすぐにでもミッションをクリアしなければいけない』と思ってしまえば、彼女たちも断腸の思いで突っ込んでくるだろう。
2つ目は、針井の不意打ちを成功させるため。
もし、『針井がすぐにやって来る』と相手が思った場合、彼女が思考するパターンは2つ『すぐにミッションをクリアしなければならない』か『一度引き、体制を整え、次の不意打ちを待つ』である。前者は前述したとおり。しかし、後者の場合は前者の選択より最悪かもしれない。なぜなら、忍とは多種多様な戦闘経験を持ち、もちろん暗殺にも長けている。ここで彼女らを逃し、準備を整えた彼女たちを再び迎え撃つことは、針井がいても難しい上、プライベートに戻っても彼女らの影を心配しなければならない。ならば、古椅子は少しでも針井の到着を待ち、できれば落雷かなにかで2人を戦闘不能にしてくれことが理想の形だった。
わざわざ目立つように翠へ『針井は来ないか?』と尋ねたことも、暗に『演技に付き合え』と釘を刺す意味があった。もし翠がスマホを取り出し、針井がすぐに来ることを安堵していれば、忍者たちはそれを察するだろう。古椅子は、それも案じていたために、速いうちに手を回したのである。そして、カナは縮こまってスマホを見る暇がないことも織り込み済み。
__ジュンはまだ来ない。なら、ボクらは着実に攻める……。
__ジュンジュンが来ないなら、焦るヒツヨーはナシ!
忍者2人は、見事に古椅子の術中にハマっていた。
そして、古椅子も忍者の様子を見て、自身の罠に獲物がかかっていることを確信。決して余裕のある顔を見せず、銃撃で忍者たちと付かず離さずの距離を保たせる。
__これで、忍者たちが使えたはずの優位性の2つが落ちる! なおかつ『ジュンさんの到着ををゆっくり待てる』という優位性を密かに獲得……。
__もう一つ、あちらが狙うだろう優位性があるとすれば……。
このまま、古椅子の思惑が続けば、この戦闘は無事に終わったことだろう。
しかし、現実というのは難しい。
__ま、ちょっと驚かしてみよっかな
ニチジツは明晰な頭脳を持っていない。だからこそ、エキスパートの忍者にも関わらず、古椅子の戦術にも見事にハマった。
しかし、彼女の『気まぐれ』が発作を起こしたことが、彼にとって小さな不幸だった。
ニチジツは羽奈の銃撃を避けつつ、隙を見てクナイを投擲した。
「!?」
古椅子は目をパカッ! と大きく開いて驚きつつ、それでも銃弾でそのクナイを弾いた。
「ウワーオ! デカブツ君、これも銃で防いじゃうんだ! さっすが、次期頭領筆頭!」
ニチジツが楽しそうに笑いつつ、再びクナイを投擲。古椅子は苦しくもそれをいくつか弾く。羽奈も「うわああ! ヒキョー! ヒキョー!」と叫びつつも弾こうとするが、かするくらいが精々で、むしろ弾を多く消費した。
「おーっと、アタシばっかり構ってて良いの?」
弄ぶようにニチジツが言うが、古椅子はほとんどそれを聞く暇がなかった。
ノーマークにしたツチが数歩だけ足を蹴れば古椅子たちの目前に来るだろう距離にいた。
「いっただきー!」