虎は目をつぶる
倉石カナ。オーサカにて、生を享受される。とりたて不幸な家庭でもなく、そして大きな不幸もなく、小さな幸せと不幸せをごちゃごちゃに混ぜつつ、約15年を生きてきたと言って、ほとんど過言はない。
しいて彼女の家庭を説明するならば、女性の強い家庭であった。
と、言うのも、カナの家庭は父と母、それに姉とカナの四人兄弟で、そして母もどちらかと言えば声の大きいほうで、父は寡黙な方だったために、女性主権的になっていたのである。特に、オーサカという地域性もあり、姉もカナも、学校などの家庭外では、盛り上げ上手こそ強いという考え方が育まれた。結果、カナは母を強く慕い、たいして父についてはあまり好意的ではなかった。
小学生の頃までは、カナは気の強い気質だったために、男の子ともよく交えて遊んだりしていた。運動神経も抜群で、鬼ごっこやドッジボールなど、体を動かすことも好きだった。
けれど、中学生のころから、カナは性を自覚し始める。
男の品のない話を毛嫌いするようになり、それでいて、男性は野蛮で下品で、いつもスケベな話をしているような奴、という認識を持つようになる。
つまり、性を自覚しつつも、それを汚らわしいと思っていた。
代わりに、女子テニス部に所属したことで、女性社会らしい価値観を持つようになった。
特に、フェミニズム思考の先輩に多く囲まれたことも、大きな要因になる。どこかの男がどんな下ネタを言っていたかとか、女の子にセクハラじみたチョッカイをかけたとか、オタクっぽい彼がアダルトブックを買っていたとか、そういった話でよく盛り上がった。話のオチに、決まって間抜けな男性がカッコいい女性に成敗されて、辺りは拍手喝采、みたいな空想さえ、事実のように語られていた。
結果、気づけばカナは男性不審を患うようになる。
一度、カナは男の子と大喧嘩をして、顔を殴られたことがあった。話の発端は、女子テニス部の後輩が交際の末に破局したという話をカナが聞きつけ、早とちりに男を詰問したことである。結局、特に2人に問題があったような別れ方でもなく、ただ性格の不一致を時間とともに察し始めたので、自然に破局、という流れだった。しかし、女子テニス部では男性を醜く扱うような、黄色い噂が跋扈してしまったのである。
その時のカナは、まさに鬼のような形相をしていて、直接的な暴力ことは無かれ、男の子の胸倉を掴み、突き飛ばすくらいのことはしていた。周りの観衆たちも、男の子をフォローする声も多かった。特に、事実を知っている人間は特に、である。
男の子は女子だからという理由で優しくしないといけない理不尽さや、そして今にも何か凶器を取って暴れだしそうなカナを制止させるため、右手を大きく振るった。その後のカナは悲惨さ極まり、声を一層大きくして暴力を咎めるが、中学生の時点で性差による筋力の違いに大きく怯え、泣きじゃくりながら男の子に罵詈雑言をぶつける。
この事件を経て、カナは男子に毛嫌いされるようになった。しかし、男子のキチガイ女だとか精神病者というような陰口を聞くにつれ、彼は男子をすべて京都人のような、劣悪で陰湿なイメージを強くするだけだった。
しかし、そんなカナにも、恋を知らなかったわけではない。
もちろん、相手は女性だけれど。
カナの恋人は、一つ年が上の女子テニス部の先輩だった。その先輩はカナの男性不審を冗長させた1人であり、女子からでさえ反感があったあの事件について、むしろカナを賛同する言葉をかけるような人物である。
2人の交際は、だいたい1年くらいだった。カナが中学2年生になったあたりで、2人は恋愛関係になり、春は2人で街へ遊びに行き、夏は祭りやプール、秋は最後の大会のために、2人は一層に部活に努めた。そして、冬になると先輩は受験にも関わらず、カナと遊び惚けたため、先輩は府内でも最底辺の高校に入学することになった。
カナは、それについて少し先輩を笑ったが、しかし先輩がその高校にいるのならば、自分も高校のランクを落とすつもりだった。しかし__。
2人は中学と高校で別れたことにより、少し疎遠になっていた。カナはそれに気づいていて、休日はしばし先輩を遊びに誘うものの、彼女は体のいい言葉でそれを断る。カナは焦燥にかられる。最も信頼し、彼女の思想を植え付けたその先輩は、カナの心の支柱にも近かった。特に、女子の先輩と交際していた事実が、男の子の嘲笑の対象にもなっていて、カナは学校に居場所をなくしていたのである。
しかし、間もなくして先輩が水商売をしている事実を知ってしまう__。