卒業式がやってきた その3
ミナミ高校の体育館。壇上には、『第45回 gif南高校卒業式』と書かれた垂れ幕が下がって、どうやら、ここでは高校の卒業式が行われているらしい。
しかし、正式な式典にもかかわらず、司会や壇上で堅苦しい文言を並べる人物はどこにもいなかった。代わりに、演台にて、針井瞬が一人いるだけである。
「プライネス ポルッツァイ ワーゲン ラングツェネ ブライベン♪」
針井瞬は演台で歌を鳴らす。気が狂ったドイツ語のような言語で、彼自身も、それの歌詞の意味は分かっていなかったが、歌とは楽しければそれで大体は良しとなるものである。
彼が見下ろせば、さっきまで整然としていた卒業生たちが、奇声を上げて暴れまわっていた。男も女も、生徒たちは皆がパイプ椅子などを手に取り、教師を囲ってリンチをする。たまに死体も見かけるが、おおよそ悲惨な状態で、特に気狂いの生徒が校長や教頭、それに生徒から恨みを買っていた教師の首を晒し首のように飾って楽しんでいる姿は、まるで倫理を失っているようでもある。
「ウーバー ガンツー フェアボーテン イッヒー リン ゲーゲン イェーデン アングリッフ グレシュタッテン」
針井瞬はそんな荒々しい卒業式の模様を見て、不快に思うどころか、むしろ歌の調子を楽し気にしていた。
そして、針井瞬はよほど上機嫌にでもなったのか、演台から階段を下り、その喧騒の中へ入っていく。喧騒の中は暴力の巣窟であって、そこに侵入することは危険極まりなかったが、彼にその暴力が及ぶことはなかった。
「よっ。中田。やってんねぇ」
針井瞬が中田という近々隆々の元・野球部員に声をかけた。彼は、半裸の女子生徒に馬乗りをして、彼女の首を絞めていた。
「随分、楽しんでるようだな」
「ああ」
「それ、工藤だよな。クラスで一番のギャル」
「ああ」
「好みだったの?」
「好きだ」
「へー。堅物のお前がねぇ……。随分と楽しそうなプレイをしているじゃないか」
「コイツが、受け入れなかったから……」
「へー。告白したけど、玉砕したんだ」
「……」
「だから殺したのか」
「ああ」
「いいんじゃないの? お前の行動、悪いとは思わないよ。だって、言うことを聞かない女なんて、殴って言うことを聞かせるべきだし。それが嫌なら、犯して殺すのも、男の矜持ってやつさ。ほら、女って頭弱いし」
「ああ」
「野球部で鍛えた腕っぷし、卒業式に実ってよかったな」
「ああ」
最後の返事だけ、中田は妙に嬉々としていた。工藤という少女を締める力が一層に強くなり、中田はそのまま工藤にキスをした。下手だけれど情熱的なディープキス。中田は一生懸命、愛を表現していた。
それを見て、針井瞬はますます機嫌を上々とする。
「ゲーゲン イェーデン アングリッフ ムス マン ジック アーレン♪」
古くなったラジオから出るような声で、また気狂いなドイツ語を続けた。しかし、明らかにさっきより針井瞬は歌うことを楽しんでいるのがわかる。
「死ネッ! 死ネッ!」
「おお、クラスで一番大人しくて、特進コースに行った飯田君。なんで、パイプ椅子で内藤センセの死体を殴打しているんだい?」
「コイツがっ! コイツが行きたくもない国公立の進路を進めたせいで! 俺は行きたかった大学に落ちた! 国公立なんか行きたくもなかったのに! 自分の勉強がおろそかになって!」
「そうか。ドンマイ。ちなみに、後ろで死んでる卒業生、全部、飯田君が殺したの?」
「こいつらは、授業中に雑談してたり、スマホゲーの音を鳴らして、授業を妨害した奴ら。言っておくけど、殺してないよ」
「わーお。いい奴だね、キミ。けど、耳から血が出てたり、喉を掻っ切られた跡があるよ」
「一生、雑談をしないように鼓膜を破り、喉を潰しただけだ。どうせ、こいつらは今後生きていたって、誰かに迷惑をかけて生きていく。なら、そうならないよう、俺は善の行為をしたんだ」
「いいね。リツイートしたい」
針井瞬は、飯田に向けてガッツポーズを向けた。しかし、飯田はあまり興味が無いようで、針井瞬を無視して内藤を傷つける作業を続けた。
「それにしても、良い日だなぁ」
彼は顔を少し上に上げ、体育館の全体を見渡した。地上は暴徒たちが己の根底にある欲求を満たすためだけに暴れまわり、誰かを傷つける。そして、空では、忍者が忙しなく駆け巡っている。
「おー。さすがハライ。ジュンも頑張れ。追尾機能があるクナイとかあるだろーやっちまえ!」
ハライは針井瞬の指示を聞くと、懐から2、3のクナイを取り出し、それを投擲。そのクナイは何かを追うようにクネクネと蛇行しつつ、突然、爆破した。爆破の襲撃で、体育館の天井の一部が破壊され、照明が1つ落ちてくる。照明は生徒のいくつかに衝突し、下敷きになった彼らは死んでしまったようだ。
「やべぇ! 忍者ヤベエ!」
「やっぱ、ジュンもやるなぁ。一筋縄じゃいかない」
針井瞬はのんびりと空を眺める。
暴徒たちの喧騒の中、男はパイプ椅子を一つ取り、そこに座る。そして、時たま空に向かって声援らしき声をかけてやるとか、何か指示をするとかしていた。
「どうよ、これが俺の作った卒業式だ」
針井瞬は、誇らしげにそう言った。
「弟に自前の忍者を襲わせるってのも、予定のうちなんか!?」
針井は声を大にして主張する。