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卒業式がやってきた その2

「誰それ」


 と針井は質問すると、


「知らん。2、3日前に連れてきた子」

 

 と、そっけなく答えた。


「じゃ、ハライ。よろしく」


「はい」


 針井瞬の指示で、ハライと呼ばれた少女は真っ赤なタンクから出る液体を、ユリに吹きかけた。


「ひうぅ! な、なにこれぇ……いやぁ……」


 童女は明らかな拒否感を出すも、ハライは少しもその行為をやめることはない。


「準備できました」


 ハライがそう告げると、針井瞬は「俺にかかってないよね?」と確認。それをハライはきちんと肯定すると、「なら下がって」と一言。


「じゃあの」


 針井瞬が短く言うと、咥えていた煙草を大きく吸った後、そしてその煙草をユリに投げ捨てる。


 ボワッ!


 ユリのかかった液体は、勢いよく火を上げる。液体はガソリンだったらしい。瞬く間に火は広がり、大きく火柱を立てる。


「イヤアアアアアア!」


 ユリは高熱のあまり悲鳴をあげ、火から逃れようと暴れるように転がっていく。しかし、ユリの傍に火を消すような手段はなく、そして悲鳴を上げたことでよけいに口にガスが侵入することで死ぬ速度が高まる。考える余裕さえもなく、彼女はそのまま静かになった。


「ハライ。これ消して」


 炎の近くにいた針井瞬は、さすがの熱量に嫌気がさし、ハライへ指示。彼女は黙って消火器を使って火を消す。


 ハライが消化をしている間も、針井はとりたて何かを言うことはなかった。針井瞬は、針井の言葉を期待していたのか、2人は少し黙って向かい合っていた。


「エンジンニアやフライアンで起きたアレコレな事件も、すべて俺が黒幕していたよ。それに、波速輝夫のこともね。特に、フライアンの差別や波速のイジメなんかは、今見てみると理不尽だよな。京都人でもあるまいに、みんなあんなに排他的で根暗な救いようもない人種もあるまい」


「なんで波速くんの兄と名乗っていたの?」


「あいつは最初っからハエ人間にするつもりだったんだよ。あいつに限らず、ハエ人間にするつもりだった奴には軒並み俺が現実で不幸にしてやって、ハエ人間になったら理不尽な現実に対峙して暴れだすくらいのことをさせてやるつもりだったのさ」


 針井はハエ人間になったばかりの人間が、元から何かコンプレックスを抱えているようで、すぐに破壊活動をし始めた理由が疑問であったが、これを聞いて納得した。


「ま。湯豆腐の兄、って設定はどーでもいい。要は、アイツが嫌われに嫌われ、弁当を便所の中に捨てられるような日々を過ごし、今日の日、彼がイジメの主犯たちを殺害し、お前以外のクラスメイトを殺しまわるくらいのことをして欲しかったかな」


「レーサ……古椅子礼や倉石カナ、春野翠も殺すん?」


「殺すつもりだよ。今はちょっと違うけど」


「つまり……?」


「いやさ、ジュン、仲間にならん?」


 針井は「はぁ……」と驚いたのか呆れたのか、もしくはその両方を混ぜてこね合わせたような返事をしてみる。


「俺は、お前の本質が何か大体わかってるよ。糞ったれな母親と過ごし、現実にはマトモな人間がいない。マトモな奴がいないくせに、古椅子や倉石みたいな馬鹿はそんな現実でも綺麗語をほざいて生きている。お前にはちゃんとわかってるだろ? 倉石のやっていること、発言することは潔癖症が過ぎて、イカれた馬鹿だって」


「まー。アイツの意見ってマトモのようで気が狂ってるからな。ああ、いや、別にマトモなんて思ったことないわ。すまんな、カナ。お前を擁護できんかったわ」


「だろ? あの古椅子しか理解者がいなかったせいで、お前はアイツに依存しているんだよ。孤独を紛らわすため。本当は、お前は人間を一人殺すくらいの躊躇はない。けど、古椅子に対する恩義が忘れられず、分相応にも、アイツを助けようとしている。でも、それはお前には向かない。今までの活動を見て、俺は確信した。俺と来てくれ。お前は俺が認めるには十分に……気が狂った人間だよ。そんなお前となら、何か大きなことができそうな気がする。いや、大きいだけじゃない。そのイベントが終わった後、まだ祭りを終えたくない人間が集まり、永遠にその日のことを語りだすような……そんな事件を」


「まぁ、俺も兄貴と活動すること自体は嫌じゃないけどね」


「だろ? それに今なら後ろのハライを抱いていいぞ。俺の嫁1号だから」


「嫌だよ……。なんで兄貴のお下がりを抱かないといけないんだよ……」


「ははっ。なんにせよ、古椅子との縁を切れ。ジュンとアイツは永遠に平行線で、相反している。対して、俺とジュンは共通している。本質的に望んでいる行動すれば、古椅子は咎めるだろう。だが、俺はそんなことをしない。ジュンが本当のジュンになれる場所を、俺は作ってやる。女なんて殴ればいい。子供だって関係ない。自分が社会にいるべきでないと思ったやつを殺して何が悪い?」


 針井は少し考える。彼には、兄の言うことについて少しでも心当たりがあったらしい。


「確かに、レーサンと本音で語り合ったら、どっちかが根負けするまで反論の応酬をしそうだなぁ。カナなんて、今でもそれに近いことしてるし。春野くらいかなぁ。俺とシンパシー感じるの」


 針井は淡々と語りだし、針井瞬はそれに口を出さない。


「ただ、俺とレーサンって、別に喧嘩は滅多にしないんだよな。互いに遠慮して、自分が互いを傷つけないよう、パーソナルスペースみたいなものを探りあって付き合ってる感じ……。でも、それでも、俺はレーサンに冗談が通じたり、レーサンが自分の言葉で笑ってくれたりすると、俺はうれしい。理解できないと思った奴が、たまに俺と通じたと思ったら、案外それが面白かったんだ」


 針井が一呼吸を置いて、つづけた。


「俺、今の生活もけっこう好きだよ。カナだっていつも喧嘩ばかりだけど、仲直りだって割と早いし。あ、でも冗談とかギャグを言うと、それの点数を付ける癖があるんだが、それはマジ直してほしい。春野はいつも私服がきれいなんだよな。綺麗だし、普通に異性としてドキドキしちゃうよ。たまに家庭の闇をちらつかなければ、一緒にいて全然、苦じゃない。それに、何よりさ……」


「何より……なんだ?」


 流れるように喋っていた針井が、唐突に言葉に詰まりだし、針井瞬はつい口を開いて尋ねる。


「俺、カナのことが好きになったらしい。恋、なのかな? レーサンや春野とは違った意味で、アイツとはずっと一緒にいたい」


「はぁ!?」


 針井瞬は大きく口を開き、ビックリ仰天とリアクションを取った。彼の驚きの声はあまりの大きさに、スピーカーから大きな金切り音を発生させる。


「はっ……はぁ!? マジで理解できん! ハライ! お前は知ってたのか!?」


「し、知りませんでした……」


「えっ。もしかして、兄貴、ハライさんに俺を監視させてた? フライアンにクナイを投げた女の子に似てるんだけど……」


「そうだよ! フライアンにクナイ投げたのコイツ! はぁ……オイオイ、なんでお前、恋愛なんかしてるんだよ……しかも、ハライの洞察能力を超えた恋心を秘めやがって」


「えっ、いや、けっこう、あからさまな気も……。レーサンや春野あたりにはばれてると思ったんだが……。ほら、俺とカナの会話の量って意外と多いだろ?」


「意外も何も、2人はどちらかと言えば、異性間を全く見せず、ただの友人というような関係にしか思えませんよ。だから、2人の会話も多くて不審に思えません」


 いままで口を閉ざしていたハライが冷静に口をはさんできた。針井は少し意外に思いつつも、


「いや、まぁ、アイツと喋ってると、楽しくて時間忘れますからねぇ」


「春野はどうなんだよ。容姿ならそっちのほうがお前好みだろ。ほら、好きな芸能人、広末涼子じゃん。お前」


「えっ、だって春野って近くで見ると意外と綺麗で、いい香りもするから、一緒にいてドキドキするし。なんか俺なんかが喋っていいのかな、とか思っちゃうし」


「おい、そっちの方が恋心っぽいぞ」



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