ジャスコは今日も大忙し その2
「カナ……待ってよ!」
無言のまま、行く手さえ分かっていないようにも思えるカナの背中を、翠は走って追いかけた。
「もう! 大変だったのはわかるし、ジュンくんとも気まずいんだろうけど、ジュンくんも謝ってるんだから、許してあげようよ」
「確かにそうやけどさ……」
カナの隣にまで接近した翠は、カナの横顔を覗く。なんとも悲しげで、複雑な思惑があるのは容易に察することができた。翠はそんな彼女を見ると、攻める気持ちを忘れ「仕方ないなぁ」と呟いて、
「カナ? せっかく、男のことも仲良くなれるようになったんだよ? 確かに、ジュンくんとは、お友達~って感じだし、レイくんは彼女もいるっぽい。けど、仲良くできるなら、それがいいんじゃないかな? ジュンくんなんて、抜群の相性だったじゃない。一緒にいて楽しかったでしょ? なら、少しくらいウマが合わなくて、不貞腐れるなんてもったいないじゃない」
翠はニコニコとした顔で、カナに説いた。これまでのカナの様子を近くで見ていた翠にとって、針井とカナの関係は、色こそ付いていないが、十分に楽しそうで、良いものとみていたらしい。
「別に、恋愛がしたくて、2人と付き合っていたわけちゃうし……」
「そうだよね。でも、カナは男の子に偏見あったし、やっぱり、ジュンくんたちと付き合っていって、そういう男に慣れるのは必要だと思う」
「でも、ジュンは……」
カナは思いを少しだけ言葉にしようとする。しかし、少しのところで本音が喉元でつっかえたような様子を見せる
「ジュンは、女の子を殴るような外道だったんや。でも、羽奈ちゃんは汚いことが人間だって……。人間は、食って寝て……、女の子に乱暴するようなことが、普通なんやって……。まるで、ジュンが普通みたいに……」
「カナ……。たぶん、それはちょっと曲解してるよ」
「誤解も何もない! あたしは、ジュンがちょっと変なのはわかってた。でも、それでも、ジュンを変えてやろうと思ってたのに!」
「カナ……」
翠は興奮状態のカナを抱きしめた。カナは翠の肌を感じると、上ってきた頭の地も、次第に収まってくる。
「辛いよね。カナは、正義感が強いから……。でも、大丈夫だよ。だって、ジュンくんは謝ったじゃない。本当に間違っていると思ってるなら、ジュンくんは謝らないと思う。少しだけでも、変わっているんだよ。カナのおかげで」
「翠ちゃん……」
「それに、カナの、そういうところ、私も好きだよ。危険なのは、もちろんダメだけど」
「翠ちゃんは、ずっと、あたしと一緒にいてほしい……」
「もちろんだよ」
翠は、カナが満足するまでその状態でいた。カナはギュっと強い力で翠を締め付け、彼女の髪から漏れる匂いを嗅ぎ、掌で肌を撫でる。
「もう大丈夫?」
「すまん。落ち着いたわ」
カナがそう言うと、翠は安心したように顔を緩める。
「カナ、少し喉乾かない? リラックスついでに良いと思うよ」
「せやね。……レーサンはもちろん、ジュンも頑張ったらしいし、少しくらい驕ったるか」
ふふっ、と翠は照れたらしいカナがおかしくて笑い始めた。翠に見抜かれた気恥ずかしさから、不満げな顔をした。
「あれ……? あの人、なにしてるんだろ」
翠が目に留まったのは、ちょうど自販機の前で固まっている男だった。薄着のTシャツに、短パン。とりたて、目に入れて違和感のない平凡さだったが、しかし自販機の前で何かをすることなく、ただ止まって、ドリンクの列を見ている様子は、少し異様に思える。
「どうかしました?」
自販機に用があった翠とカナは、気になるついでに男に声をかける。しかし、男は返事をしない。代わりに、シュー、ゴホーと、機械的とも思える呼吸音だけが響いていた。翠が恐る恐る顔を覗いてみると、その男に、顔がなかった。
「ひっ!?」
「な、なんやコイツ……」
2人は悲鳴のような声を漏らす。
その男には目が塞がれ、耳はなく、鼻は平べったい。まるでのっぺらぼうのような顔だった。といっても、実際は口元に薄く切れ線とかつて鼻があったところに2つの穴が開いている。そうやら、そこで呼吸を繋いでいるらしい。
「どうかしましたか」
隣から、男の声がした。
「こ、この人、おかしいんです……」
「か、カナ……この人たちも……」
カナが翠の指さした男の方を振り向くと、およそ十数名の男たちが並んでいた。そして、全員がのっぺらぼうの顔をしていた。
ニヤリ。とのっぺらぼうたちは笑う。自販機の前にいた男たちと異なり、唇だけは人間の形をしていた。しかし、中途半端に人間の形が残っている化け物の存在は、カナたちを余計に怯えさせた。
「キャァアアア!」
翠がカナを引っ張って、針井たちが集まっていた場所に戻った。