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ジャスコは今日も大忙し その1

「ありがとうございます、ジュンさん」


「いや、こっちこそすまんかったな。うちの兄貴が」


 湯豆腐が去った後、一同はとりあえず事態を確認するために平和的に集まった。少し気弱になったカナ、それに好戦的な様子を隠す気がない羽奈、湯豆腐の洗脳が解かれた後も疲労がある様子の古椅子、そして、女子トイレに放り込まれてから消えていた翠の姿までそこにはあった。


「まったく……。あのエンジンニアモドキが出たって言うのに、馬鹿単純に突っ込んでいきやがって……。怪我がなかったからいいものの……」


「ホントだよ、2人とも、危なかったんだよ!」


「で、でも……。すまんかった」


「申し訳、ありませんでした」


 古椅子はともかくとして、カナですら反抗的な態度すら見せず、ただ単純に謝罪の言葉を放つ。そんなカナに違和感を抱いた針井は、すぐに羽奈が何かしたんだろうと察した。


「おい、羽奈。カナに何かしたか?」


「あたしが何かをしたかより、針井が今どんな格好をしているか心配して下せえ」


「こんのガキ……」


「ま、まぁまぁ……2人とも」


 針井は猥褻物みたいな恰好で、羽奈といがみ合った。そしてすぐ、翠が2人を仲裁し始めた。


「実際、一番賢しい行動をとったのは春野だったな。女子トイレでなんどとライン通話かけてきて、エンジンニアのことを詳しく教えてくれたよ。ラインの機能を使って、場所も正確に教えてくれたし」


「本当に、こんなことしかできなくてごめんね」


「誰かのためになったことに、貴賤もないよ」


 その針井の言葉を聞き、古椅子はほんの少しだけ反応を見せる。


「お兄ちゃん、どうしたんです? やい針井! キザったい言葉で女の子口説くんじゃねぇ! お兄ちゃんが困ってるだろ!」


「なんだよ。口説いて悪いか」


 針井が少し照れ交じりに言い返して見せると、翠はそれが少しおかしく見えて、「あはは」と笑っている。いつも斜に構えている針井のお茶目な姿が、すこしかわいらしかったのだろうか。


「なぁ、カナ。お前、目元、少し赤いぞ。どうしたんだ?」


 針井はカナの目元に擦ったような赤身と、くたびれたような顔のゆるみを見つけ、暗に涙を流した経緯を訪ねる。しかし、カナはそんな針井の心配を露にも知らないようで、針井の言葉に返答をしないようだった。


 そんな様子のカナに、針井は少し気を使いつつ、


「ああ、そういえば、今朝のこと、悪かったな。女の子を殴るなんて、ちょっとおかしいと思っていたんだよ。ただ、カッとしちゃってな。お前が正しいと思うよ。それに、母さんのことは、単に俺が思春期なだけでな。お前の説教、できるだけ実現できるようにするから」


「別に……。構わへんよ。……あたし、ちょっと喉乾いた。水買ってくる……」


 カナはそれだけ伝えると、彼らに背を向け、どこかへ去っていこうとした。そこにいた誰もが近場の自動販売機とは別の方を向いている彼女に対し、違和感を抱く。


「ちょっとカナ! ……私も行くよ!」


 翠は引き留めようと声をかけたが、すぐにそれを止め、早歩きで離れていくカナの後を追う。去り際に、「ごめんね! すぐ戻ってくるから!」と言葉を残すと、針井は「危ないから、何かあったら呼べよ」とだけ言い渡す。


「大丈夫ですかねぇ……」


 羽奈はやれやれと言いたげに彼女2人を見送った。


「どうせ、お前がほとんどの原因だろ」


「失敬な。煽りはしましたが、あのねーちゃんの気が触れてるのは確かですよ!」


「ったく……。てか、オイオイ。レーサンまで、どうしたんだ。しょぼくれてるってか……」


「そりゃあ、腰巾着のオメーと、羽奈マジプリティな妹が一緒にいるんですよ。内心では、「あー、針井の野郎が死んでくんねーかなー」って思ってるんですよ、ハイ」


 羽奈が得意げに口を滑らせていると、古椅子はその内容に少し癪に障ったようで、


「羽奈、いい加減にしなさい」


 と大きくはないが力強さを感じる低い声で、羽奈を制止した。調子づいていた羽奈は初めて、シュン、と落ち込んで縮こまる。


「なぁ、兄貴がなんか変なことを言ったか? そうだったら、気にしない方がいい」


「いえ、ただ……。そうですね、ちょっと、今回の、エンジンニアキッズとの戦いを、駄目だしされました。ほら、自分、まだまだ力不足ですから……」


「何を言うんですお兄ちゃん! お兄ちゃんが本気だったら、リボルバーだけで十分に足止させれたんですよ!」


 羽奈は興奮をした様子で説得してみせた。しかし、古椅子はどうにも納得しない様子で


「いえ。それでも、もっと冷静で、パワーのあったオリジナルなエンジンニアを、ほとんど被害を出さずに倒して見せたジュンさんには、適いませんよ……」


 古椅子の言葉はあまりにも自嘲的で、まるで世界で最も脆弱で醜い生き物を語るようだった。


「なぁ、羽奈。エンジンニアキッズ、って言うの? そいつとレーサンが闘った中で、被害を受けた人間って、いくついるの?」


「いねーです」


「オイオイ。なら、十分にすげえよ」


 針井は呆れた、と言いたげにリアクションをしてみせた。


「言っておくけど、俺がエンジンニアと闘った時、アイツが人質をとったことがあるんだ。けど、俺、正直に言って、助けるのが面倒くさいから、普通に見捨てたぞ。それに、その人質、なんJ民を思わせる猛虎弁使ってたし。正直、死んでもいいかなぁって」


「最低ですね」


 羽奈は心底から軽蔑し、侮蔑するような言葉を吐いた。


「お前の場合は、全員助けたんだろ? 女も子供も、なんJ民も。十分に、立派じゃないか」


「でも……。ジュンさんは、自分たちを守るために、傷ついてばかりで……。今だって、暴徒を相手にした後なのに、ここまで来てもらって……」


「なぁ、レーサン。止めてくれよ」


 針井は少し悲しげで、弱さを感じる声で古椅子の言葉を止めた。


「レーサンにも、俺に思うことがあるってのはわかった。ちょっとうれしいと思ったくらいだ。でも、俺はお前以上に、そしてお前より昔から、ずっとお前にコンプレックス抱いて生きてたんだよ。レーサンは背も高いし成績いいし、俺が好きになった女子が、お前のこと好きだったこともある。でも、それがどんだけ辛かろうと、お前と関係を止めたいなんて思わん。辛いこと以上に、お前といて楽しいからな」


「ジュンさん……」


「だから、お前も、何か思うことがあっても、できれば割り切って欲しい。俺のわがまま以上に何もないんだが、俺は、お前が離れたら、正直に言って、他に誰かと仲良くなれる気しないし。俺は人の心がわからん。さっきだって、カナのフォローをして見せても、まったく通じなかったんだ。だから、また俺を助けてくれよ」


「なーにが人の心が分かんないですか。人の心なんて、だれが完璧に把握してるんですか、って話ですよ。幼いころから諜報部員になるために訓練されたソルジャーに憧れた中学生か!」


「うっせ!」


 針井と羽奈がまた激しく口論をし始める。羽奈がキンキンと高い声で針井に突っかかり、そして針井も羽奈のペースに巻き込まれ、大きな声を出していたりした。そして、次第に羽奈が愛銃を手に取り始め、針井はオロオロと命乞いの声を零した。


「わかり、ました。すみません、心配をかけて……」


 ずっと針井の言葉を真摯に受け止め、心中での激しい葛藤にケジメをつけた古椅子は小さな声でそう答えた。


 しかし、ちょうどその時に羽奈が発砲をした為に、爆裂音に隠れた声は針井の元に届かなかった。


「アハハ……。楽しそうですね」


「おい! このガキを早く黙らせてくれ! ちょ、二発目はマズイ! レーサン! レーサーン!」


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