胸のナマクラはただ悲鳴を鳴らす その2
「あああああ! ころしてやるろろろろろこここここ!」
エンジンニアキッズは獰猛な声を上げながら、確実に古椅子たちを捕らえて向かってくる。古椅子は、エンジンニアキッズの大声を聞くたびに、心臓が引き締まりそうな気持になりながらも、むしろそれを原動力に足の力を踏ん張った。
「なぁ! キミ! エンジンニアの子! たこ焼き好きか!?」
カナは愉快な声色で高ぶるエンジンニアキッズに話しかける。
「ころすころころろろおろろすす!」
しかし、無情にもエンジンニアキッズに声は届かない。声自体は届いているのか、それともノイズとしか思っていないのかは不明である。
「名前はなんていうんや!」
「あああああああああ!」
「なぁ、レーサン。あの子、名前なんて呼べばええんやろ?」
「知りませんよ!」
古椅子はさすがに堪忍袋の緒が切れた。リボルバーに弾をフルに充填すると、隙を見てエンジンニアキッズの足下へ銃弾を飛ばした。
「何してるんや!」
「折衷案や! 倉石さんが説得して失敗した分だけ、自分は発砲します! あと、呼び方は余計なトラブルを招かないよう、キミ、で固定がいいと思います!」
「パニくってレーサンまで関西弁になっとる……。けど、ちゃんと答えてくれるのがレーサンらしい」
「良いから、何でもいいから説得を!」
「せやな! なぁキミ! この後、たこ焼きパーティーするんやけど、一緒にどうや! 頭の固いジュンを弄って遊ぼうや!」
「うるさいうるさいうるさあああああああ!」
古椅子は微かに不機嫌そうな顔を見せつつ、可能な限り発砲をし終え、すぐにリロード。
「なぁ! 何かを壊したり、誰かを傷つけて何になるんや!」
「あばびびゅちゅふいうええええええ!」
古椅子、無言で発砲。銃弾が尽きる限り打ち込んだため、しばらくはエンジンニアキッズも行動を不能になったようだったが、すぐに復活して、また身の竦むような雄たけびをするのだった。
「レーサン! ちょっと静かにしてや!」
「明らかにあの子の方がうるさいでしょう!?」
冷静を装っていた古椅子も、カナとの口論によって、次第に乱れてくる。走りながら喧嘩すること以上に体力の無駄は、彼も承知の助だったが、しかしカナのペースに古椅子は巻き込まれつつあった。
「にぎっぎぎぎつぶぶぶぶ!」
「……!? そろそろヤバい!」
「なぁキミ! 世界は汚いな! ホンマそう思う! でも、でも、きっと誰かがキミを理解してくれる! あたしもそうやった! すべてを失ったとき、そこにはすいちゃ……」
カナが何かを言い終える前に、エンジンニアキッズの熱気がこもった掌が古椅子の背中の目前となる距離にまで近づいていた。
「ええい、ままよままよ!」
古椅子はカナを錘代わりにくるりと半回転、そのまま、エンジンニアキッズの額ど真ん中へと銃弾を発砲。これもまた、命中。
「うううっ!」
エンジニアキッズに今までの中で最もダメージが入る。鋼鉄に覆われていても、脳にまで響く衝撃は、生物である限り平然でいられないらしい。
「ふぉあふぉあふぉあ、ふぉああああああああ!」
しかし、エンジニアキッズは間抜けな声でそれに抗い、古椅子に飛び掛かった。古椅子の視界は、すべてがエンジンニアキッズに覆われる。
__ああ、終わった。ジュンさん……。最近、レーサンと呼んでくれるようになったのに、ジューサンと呼び返さなくてすみません……。
古椅子が現世での思い残しを心で清算し終えると、死の恐怖から目を閉ざす。
しかし__。
「おにいいいちゃあああああん! 羽奈はここにいるううう!」
激しい爆裂音。はじめこそ、まるで音が衝撃として襲い掛かってきそうなくらいの勢いに、カナは思わず目と耳を塞ぎ、そして身を固めて防御した。
「うらうらうららウラシャアアアアア! ゴホッゴホホホゥッ! 咽てまった……。よくもお兄ちゃんを殺したなぁああああ!」
「死んでませんよ」
古椅子が冷静に突っ込んだ相手は、彼の妹、古椅子羽奈だった。
彼女は、大の大人でさえ持つのに苦労しそうなアサルトライフルとサブマシンガンを2つも片手に収め、さらにそれを大笑いしながら乱射していた。器用にも、弾を切らせば、片手で、それでいて得意げにひょひょいとリロード。薬きょうがキャンキャンキャンキャン! と音を立てるのを聞いて、どこか楽しそうだ。
しかし、一般人が見れば、人間の皮をかぶった悪魔にも見えるだろう。
彼女の目標はもちろん、エンジンニアキッズ。鋼鉄の体を持つ彼も、さすがに一発でさえ十分に成人男性にとって致死量の銃弾の波を前に、立ち上がることすらままならなかった。
「な、なんやねんこれ……」
「2つとも、コルトです。M4A1とSMGの9mmですね」
「んなこと聞いてへんわ……」
カナは羽奈という気狂いの前では、借りてきた猫みたいに委縮した。リアルに野蛮な暴力の音は、平和主義者をぐうの音も出ないほど黙らせる。
「あ、もう空っぽ……」
そんな炭酸が抜けきった後みたいな声で、羽奈は2つの銃を捨てた。
「妹さん、ちょっと教育方針考えた方がええで」
「特別支援の先生が頑張っています。今年ですでに3人目ですが」
古椅子とカナは久々に、気持ちを同じにした。しかし、身内の病気ゆえに、古椅子はカナより一層に悲しい顔をしていた。
「ぐ、ぎゅううううぎゅるるるる……」
エンジンニアキッズは、まだうなり声を漏らし、立ち上がる。
「まだ起き上がりますか……いいですよ……あたち、また銃を持ってるんですよねぇ……。ひいひい言うまで耐久レースしまちょ」
「待った。羽奈。いつものM500を持っているんだよね。貸して」
「えっ……うぅぅぅ、あたちのエミュちゃん……」
愛娘を抱くようにしている羽奈から大きな拳銃と銃弾を少し奪い取ると、古椅子はすぐにそれを装填した。
「ちょ、レーサン! もう十分に痛めつけた子に対して!」
「黙っててください」
古椅子はそれだけ言い、エンジンニアキッズの足の指を何度と銃弾で削る。エンジンニアキッズはそれらしい悲鳴を上げたが、古椅子は何も躊躇することなく、そのまま続ける。すると、エンジンニアキッズの足の指は次第に摩耗していき、足が棒みたいな形になった。
「これでいいでしょう」
古椅子はちょうど、弾を切らしたタイミングで、羽奈に愛銃を返した。
「ひ、ひどい……」
カナは悲壮気な顔をしてそれを見ていた。
「ひどくありません。ほら」
エンジンニアキッズは、立ち上がろうとするが、右足の指がほとんどなくて、それを達成できなかった。何度と何度と、それをしようとするが、つるっ、と体勢を崩し続けた。
「彼の体は、強靭な鋼でできていますが、その分、重くて、体勢を崩すことは容易い。とくに半狂乱の子供ならば、足がマトモな状態でなければ、なかなか立ち上がれないでしょう」
「はえーすっごい」
「でも……」
「はい。今なら、近づかなければ、彼と冷静に話ができるはずです。……どうでしょうか。これが、折衷案や……です」
「……」
カナは複雑そうで、いやいや、心の底では、嫌になった気分ばかりだったが、しかし、それを大きく呑み込んで、口には出さず。
「……すまん。レーサン」
それだけ告げて、カナはエンジンニアキッズの元へ歩み寄った。
「やっぱり、やさしいんですね。お兄ちゃん」
「もっと力があれば、もっと良い方法がありました」
「なら、侍を止めず、続けていれば……。齢13にして次期侍頭領となる能力を持っていたのに……」
「良いです。過去のことなんです。それに、絶対殺害殺戮蹂躙主義の侍とは、肌が合わなかったんです。あと、羽奈は教育上悪いから、侍はまだ早い気がするからやめません?」
「嫌です」
羽奈は確固たる拒否をした。それを聞き、古椅子は大きくため息をしたと思えば……
古椅子の視界は、真っ白になった。
「やるね、古椅子くん。ジュンの力を借りずして、ここまでやるとはね」
真っ白な空間の中に、男が椅子に座っていた。