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胸のナマクラはただ悲鳴を鳴らす その1

 エンジンニアの子供、つまりエンジンニアキッズが半狂乱に暴れだし、接近していた古椅子は、それを避けるために後ろへ飛び込んだ。


「な、なんや!」


 カナは思わず肺からすべての空気を吐き捨てるような声を上げた。


「え、エンジンニア……それと同じ、心臓部にエンジンを……」


 エンジンニアキッズは、どこにでもいそうな小学生程度の童子に見えた。半袖に半ズボン、サンダルと涼しそうで、動きやすそうな服装。それに、キャラクターものの服も、小学生らしさに拍車をかける。しかし、そのキャラクターモノの服は心臓の辺りで破れていて、代わりに武骨な50cc用の4ストロークが嵌め込まれている。


「こ、殺さないと! とにかく殺さないとぉぉ! オカアサアアアアン!」


 エンジンニアキッズは近くにいた古椅子に飛び掛かる。小さい体躯にも関わらず、近くにいた古椅子は、まるで重い鉄の塊が強大なエネルギーによって駆動したようなプレッシャーを感じた。賢しい古椅子は、すぐに先のエンジンニアのように、体は鋼鉄でできていることを悟った。


「すみません!」


 古椅子はエンジンニアキッズの足元へ一発、銃弾を放つ。もちろん、エンジンニアキッズの皮膚の下は鋼鉄で、それは大した傷にはならなかったが、衝撃でバランスを崩し、そのまま転げ落ちる。古椅子は、その空中でバランスを崩したエンジンニアキッズを紙一重でかわす。


「うずずずう、うぜぇ、うぜええええええこいつうぜええええ!」


「うざくてすいません!」


 古椅子は生真面目だが、エンジンニアキッズに印象を向けるように叫んで謝罪をした。


 そして、エンジンニアキッズの体がほとんど鋼鉄でおおわれていることを確信した古椅子は、そのまま銃弾を2、3ほど叩き込む。エンジンニアキッズは少しだけその衝撃にのけぞったが、すぐに威圧的に吠え、古椅子を殺そうと走ってくる。


__よし、意識が自分へ向いた!


 怒り狂うエンジンニアキッズと、野獣のような童子に怯えて逃げていく人々を見て、古椅子は思惑がその成果を得たらしい。できるだけエンジンニアキッズに注意を向け、周りの人間に被害を及ばせないことが、彼の思惑だった。


__しかし、これは難儀!


 古椅子はエンジンニアキッズから背を向けず、迎えるように対面しつつ、後ろ向きに走って距離を取る。しかし、エンジンニアキッズのパワーは人並み外れ、すぐに古椅子の後ろ走り程度では雀の涙ほどしか意味をなさなかった。


 古椅子は慣れた手際でマガジンレバーを外し、古い弾倉を落として新しいものにする。


 古椅子は銃をワン、ツー、スリーと発砲。しかし、エンジニアキッズの強靭な肉体は銃弾に慣れきってしまった。


「れ、レーサン!」


 カナが空になったガラスの瓶をエンジンニアキッズに投げつける。幸運というべきか不幸というべきか、そのガラスは見事にエンジンニアキッズの頭部に命中する、ガラスは切りつけるような高い音が鳴った。


「ど、どや……これでも中学生の頃はテニス部だったんや」


 倉石カナ、謎のアピール。古椅子は呆然とカナを見る。 


 カナは意図していたのか、大きな音にエンジンニアキッズは神経を逆なでされ、彼は完ぺきに敵意をカナに向けた。


「ちょっと! なんでこんなことを!」


「だって、だって、レーサン、し、死んじゃうやん……」


 __この人、やっぱり頭おかしい!


 穏やかな古椅子も、身を挺して守ったつもりの彼女が無理やり前に出てくるカナに対し、憤慨交じりにそんな感想をするのであった。


「お、おまえぇええ、おまええええ!」


 エンジンニアキッズ、古椅子を完璧に無視してカナに猛スピードで駆けていく。


「ま、待って! 話し合おうや少年! 話し合わんで暴力なんてろくな大人にならんよ!」


 カナは会話を試みるも、エンジンニアキッズは、オリジナルに比べて知能が低い。発する日本語も、ちぐはぐで、かろうじて内容が理解できる程度。そんな彼では、まさか行き当たりばったりな行動に出たカナとマトモに話し合えるはずもない。


「ころしてやるころすころさなきゃころしてやるべきころろろろろ!」


「ええい、ままよっ!」


 古椅子は決死の覚悟で飛び込み、エンジンニアキッズの足を掴み、その小さな体を転がす。エンジンニアキッズが倒れると、ドンッ! と大きくて鈍い音が鳴った。


「あ、アツゥイ!」


 エンジンニアキッズの脚は、まるで料理したばかりの鉄板みたいに高熱だった。古椅子は利き手の右手をすぐに離したが、手のひらの皮膚はダメージを負い、空気に触れただけで声に出したいほど痛みが起こる。


「早く逃げて!」


「で、でもレーサンばっか闘って……。話し合えばきっと……」


「何を言ってるんですか! 倉石さんが話し合ったところで何になるんですか!」


「レーサンもこの子も子供なんやで! なんで殺しあうんや!」


「自分の銃はゴム弾です! どっちみち、この子は死にませんよ」


「君が死ぬんや! レーサンが死んだらあたしは悲しいんや!」


「そ、そんなの……」


 古椅子に、カナの言葉がわからないでもなかった。しかし、非常時にそれは全くのあだ花事である。事実、エンジンニアキッズにカナは何度と語り掛けても、まったく動じていないのだから、古椅子にとって、話し合いという選択肢は全くない。


「カナ! レイくん! こっち!」


 翠が2人の中に割って入ると、そのまま彼らの服を引っ張って、エンジンニアキッズから離れるように逃げ出した。


「は、春野さん!?」


「翠ちゃん、あの子はまだ、もしかしたら話し合えるかも!」


「文句は言いっこなしだよ! あんなのどやったって適いっこない! でも、話し合いも通じないよ!」


 古椅子は、春野の言葉に反論ができず、ただ黙った。しかし、カナは違った。むしろ、大きく駄々をこね、蛇口を捻ったみたいに文句の言葉を吐き捨てえる。


「ダメや! あの子をあのままにしたら、あの子はただ暴れるだけのかわいそうな子になるんや! あたしだけでも助けなきゃあかんのや!」


「何を言ってるの! そんなことをしたら、カナまで死んじゃうよ!」


「どっちにしてもあの子が死んじゃうやろ!」


「倉石さん! 頼みますから冷静になってください!」


 古椅子はきつくカナは叱責した。古椅子も心のどこかではカナと同じ潔癖な解決を望んでいたが、しかしそれを必死に抑えている彼にとって、その感情むき出しなカナの姿は見ていて憎々しかった。


「いやぁ……なんで見捨てなきゃいかんのや……。おかしいよ……おかしいってこんなん……。なんでGifに来ても、こんなに汚いことばかりなんや……」


「カナ……」


 春野は少し躊躇したが、古椅子は冷静だった。自分の力不足を認め、それよりもエンジンニアキッズがカナを刺激して、防衛本能か反物質の力を暴走させることを防ぐことに専念した。


「ごめんなさい……自分が力不足で……」


 古椅子は小さく呟くように謝罪するが、絶対にカナをエンジンニアキッズの元へ行かないように、右肩にカナを乗せ、腕で囲うようにして彼女を固定した。実は、今の不安定な精神状態のカナが暴走しないか、古椅子は心臓がバクバクだったが、それでも不安を表に出さないよう努める。


「アアアアアアア!」


 3人は随分とエンジニアキッズから距離を取ったつもりだったが、それでも彼の雄たけびに身が竦んだ。古椅子と翠は、できる限り後ろを見ないよう一心不乱に走り去るが、古椅子に抱えられたカナは、姿勢的に真後ろの光景が目につき、エンジンニアキッズの姿に涙を誘われた。


「かわいそうや……。きっと、あの子も孤独なんや……昔のあたしみたいに」


「……」


 古椅子は何も言わない。


「あの子、おかーさん、って言うてたんや。きっと、お母さんに会いたいんやろうな……」


「……」 


 古椅子は極力、耳を傾けないようにする。


「あたしには、おばあちゃんがいるけど、たまにオーサカの母ちゃんが恋しくなるねん。あの子なんて、何があったかわかったもんちゃう。お母さんが死んだのかもしれん……」


「……」


古椅子、ちょっとイライラしてくる。


「あたしだけでも、理解してあげなきゃいかんのに……。なんでこんなに世界は汚いんや……」


「ああああああ! わかりましたよ! こうすればいいんでしょう!?」


 古椅子は振り返り、傷のない左手から予備のリボルバーを抜き取ると、片手で球を装填し、エンジンニアキッズに向けて発砲。聞き手は右手で、それでいて片手での操作にもかからわず、それほど時間を取らなかった彼の手際は称賛に値するだろう。


「うぐぐぐぐ、おまえええええ! さっっっぅきからああああ!」


 エンジンニアキッズの意識がこっちに向いたのを確認し、古椅子は続いて、隣で走っている翠をエンジンニアキッズの死角の方へ突き飛ばす。たまたま、その先が女子便所だったのは、幸運なのか狙ってだったのか。


「翠さん! 賢明な行動に茶々を入れてしまい、申し訳ありません! 翠さんだけでも、女子トイレの窓から逃げてください! 運よくここは一階なので、たぶん大丈夫です! さらばです!」


 そう言い残し、古椅子はさっきまでより明らかに速い足取りで、エンジンニアキッズから逃げ出す。


「よっしゃあ! レーサン、あたしはキミを信じてたで!」


「よっしゃも何もありません! ここまでやったんですから、絶対に話し合いを成功させてくださいよ!」


「ノープログラムや!」


「あああ……!」


 呆れておかしな声が出始める古椅子。


「もう知りません! 来い、エンジンニアキッズ!」


 古椅子はできることならファイティングポーズと共に、その強大で適いっこない鉄の子供と対峙したかったが、しかし危機的状況の今に足を止めることは何よりも愚行と考え、とりあえずは必至の駆け足をするだけだった。


 エンジンニアキッズは翠が隠れている女子トイレを通り過ぎた。


 まぁ、これで翠は安心だ。


 しかし、自身の身だけは安心できない古椅子だった。



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